夢中文庫

彼女にヒールは似合わない

  • 作家藍川せりか
  • イラストまろ
  • 販売日2015/09/30
  • 販売価格300円

レディースシューズブランドで働く紗弥加は、高いヒールのパンプスを履いて後輩社員を容赦なく怒るので鬼の武藤と呼ばれている。しかし本当の紗弥加は、いつもスニーカーを履いて甥の面倒を見る優しい女性。そんな本当の自分を隠して会社の中では悪役として振る舞う紗弥加の元に、他社から引き抜きでやってきた有能社員の小笠原が興味津々で話しかけてくる。彼の事を苦手だと思って避けているのに、脚のモデルをしてほしいと言われ、会議室の中でスカートの中に手を入れられて押し倒されてしまった! その上あろうことか彼に借りを作ってしまい、「俺と一晩付き合って。もちろんそれなりの意味を含む感じで」と言われてしまって――

 タイトスカートからすらっと伸びるふくらはぎ。そしてきゅっと締まった足首に視線を落とすと、足の甲まで美しく見えるように計算し尽されているイタリア製の上質なエナメルを使用したネイビーのパンプスが艶めいている。
 十五センチほどあるポインテッドトゥパンプスのヒールは、色っぽい大人の女性へと変身させてくれる極上のアイテム。
 私はそのパンプスに足を入れて、毎朝仕事モードへと変身する。
 いつもの私は隠して……。
「山田(やまだ)さん。……で、どうするの。なぜこんなに売り上げが上がっていないのか考えた? このままじゃ、他店に追いつけないわよ。今月こそは目標クリアするんじゃなかったの?」
 銀座(ぎんざ)にフラッグシップ店を構える、レディースシューズブランド『Diamond(ダイヤモンド)』のスーパーバイザーとして働いている武藤(むとう)紗弥加(さやか)は、問題のあるショップ店長を会議室に集めて、懇々(こんこん)と問い詰めている最中だ。
「申し訳……ございません」
「謝って売り上げが伸びたらいいんだけど、そうはいかないからね。具体的にどうするか考えて。それが店長の仕事でしょ?」
――山田さん、ごめんね。こんなにキツいこと言っているけれど、あなたならきっとできるって分かっているから言っているんだからね。
 私の目の前でシュンと肩を落としている山田さんを見て、申し訳なく思いつつも、追い込むような言葉を浴びせていく。
 スーパーバイザーである私は、こうして売り上げの落ちている各店に注意したりアドバイスしたりする仕事をしている。私も店長時代はこうして先輩方に問い詰められたものだ。私が直接ショップに行って販売することもあるけれど、今は売り上げの管理がほとんど。優しくしてしまってはスーパーバイザーとしての威厳がなくなってしまうので、こうしてキツい言葉を言うようにしている。私が店舗に行くと、現場の空気がピリリとするぐらいじゃないと。
「じゃ、山田さん。しっかり考えて一時間後までに報告するように」
「一時間後ですか!?」
「時間をかけたら出てくるというものでもないでしょう? しかも今月は、あと十日しかないのよ? ゆっくりしている暇はないはずよ」
「は、はい……」
 そう言った私は、会議室から出て扉を閉めた。
――はぁ、キツく言いすぎたかな……。でもあの店は、近くに競合店も出来て、このまま売り上げが落ち続けたら本当に大変なことになるのよ。だから、分かってほしい。
 そう思って溜息をついた瞬間、扉の向こうから山田さんの声が聞こえてきた。
「はあ? マジありえないんだけど。武藤さんって見た目もだけど、発言も全て鬼そのものだよね。あの上から目線なんとかならないわけ?」
「鬼の武藤だから仕方ないよ。自分のこと、女王様か何かだと思ってるんでしょ」
 き、聞こえてるから……。
 私はこの役職についてから、あまりにもキツく責めたてるので〝鬼の武藤〟と呼ばれて、ショップスタッフたちから恐れられている。恐れられているだけならいいのだけど、もっとストレートに言うなら嫌われている。
 もともと『Diamond(ダイヤモンド)』でアルバイトしていた私は、社員雇用してもらって店長になり、驚異的な売り上げを上げてスーパーバイザーまで昇格した。いつも努力を惜しまずやってきたし、何よりも『Diamond(ダイヤモンド)』の靴が好きな気持ちは誰にも負けない。
 今の新しい社員にも、同じ気持ちを持ってほしいから、ついつい熱くなってしまいがちなんだけど……どうやら彼女たちには受け入れてもらえず嫌な上司となってしまっている。
……それでも、私が悪役となることで彼女たちの反発心を煽って売り上げが伸びるのであれば、本来の目的は果たされるからいいのだけど。

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