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年下カレは獣シェフ見習い

aimirui02s
  • 作家逢見るい
  • イラストnira.
  • 販売日2012/12/21
  • 販売価格200円

「…ねぇ、好きです凛子さん。いつになったら、ちゃんと男として見てくれるんですか?」
――こじんまりした人気フレンチレストランのシェフ、凛子は29歳。みっちり仕事を仕込んで育てたイケメン大学生バイトくんには、子犬みたいになつかれて、めったやたらと求愛されまくりの毎日。「本気でもないのにいい加減、年上をからかうのはやめて欲しい」そう思っていたところに、年齢的にもぴったりの取引先担当者から、本格的なお誘いが…。30歳の誕生日を目前に、そろそろ冷静に考えようとしていたら、イケメンバイトくんがいきなり獣に変化して――!?王子様キャラな年下バイト&恋愛には不器用な女性シェフ。二人の甘~いラブコメ物語、フルコースで召し上がれ♪

「~~痛っ」
流し場に溜まった泡だらけの水の中から手を引きぬいて、わたしは顔をめた。
中にはランチタイムで使用した食器や調理器具などが、油ものとそれ以外のもの、ガラス、などと分別されてつけられている。
それらを洗う最中、あやまって指先を、包丁の刃先で傷つけてしまったようだ。
慌てて濡れた手を拭い傷口を見れば、左手の人差し指の腹に、縦に細くじんわりと、赤い血が滲んできている。
傷は浅いけれど、しばらくはピリピリと痛むだろう。料理人になってもう何年も経つというのに、まったく、どうかしている。それもこれも、きっと彼のせいだ。
「うわっ、凜子さん、大丈夫ですかっ!?」
騒がしい声に顔を向ければ、ホールと調理場を行き来し追加の食器を運んできていた小川が、ぎょっとした顔をして、指先をおさえているわたしを見ていた。
「切ったんですか!?」
「少しだけ」
頷けば、わたし以上に慌てた様子で食器を調理台に置くなり、こちらに向かって猛ダッシュで駆け寄ってくる。
たいして広くはない調理場だ、けれど床はデッキブラシで洗ったばかりだから、濡れていて滑る。下手したら転んでしまいそうなものを、お構いなしに駆け寄ってくると、小川はガシッとわたしの手首を掴んだ。
「見せてくださいっ」
「浅いから、大丈夫」
「大丈夫じゃないですよ」
見かけによらない力強さに、握られた手首が熱い。
心臓が、ドキリと音をたてる。
チラチラと小川を隠れ見れば、余計にドキドキと、脈拍は速まっていった。
「何で切ったんですか」
「包丁」
「ああ、そりゃ切れ味のいい……」
わたしの手をすっぽり包んでしまう、大きな分厚い手。長い指に、ほんのりと桜色な形のいい綺麗な爪先。
苦笑いをしたときに出来る片方だけのえくぼに、くりっとした二重の大きな瞳。目を細めると揺れる長い睫毛に、筋の通った鼻、肌理の細かい肌。

小川裕樹、わたしより八つも年下の二十二歳、大学生。
シェフであるわたしの弟子であり舎弟であり、バイトである。
「あーあ、痛そう」
「~~!?」
それは、一瞬のことだった。
痛そうだと顔を顰めた後で、掴んでいたわたしの指に唇を寄せて、小川はそのままパクッと、口内にわたしの指先を銜えこんだ。
「なっ、ちょっ……と」
ちゅぱっ、ちゅっ。
音を鳴らしながら口の中で、指先を転がされる。
生暖かい粘膜が指をきゅっと締め付けたかと思えば、小川の分厚い舌先が、血液を滲ませるわたしの傷口を、スッと舐めあげていく。
「やっ……っ」
口の中から指を引き抜こうと力を籠めれば、それ以上の力で抑え込まれてしまう。
見上げれば、下からすくうようにわたしを見る小川の視線とぶつかって、わたしはカーッと、肌を上気させていった。
柔らかな栗色の前髪がサラリと垂れて、端正な顔の半分を隠してしまう。普段は子犬のようなつぶらな瞳をしているくせして、今の小川は、何だか獣みたいな目をしていた。
「小川、ほんとに……っ」
やめなさい。そう言う前に腰を攫われ、視界が反転する。
「―――ッ」
ガシャン――。
調理台の端にまとめてあった皿が、振動で揺れて音をたてた。
気がつけばわたしの身体は調理台の上に押し倒されて。まるでまな板の上に置かれた食材のように硬直し、一体何をされるのかと、黙ったまま小川を見上げることしかできない。
「っ……」
ちゅぱっ。
小川の口内からゆっくりと引き抜かれた指は、ふやけて赤くなってしまっていた。
そんなわたしの指を大事そうに自分の指に絡めると、小川はわたしの身体の上にのしかかるように身体を寄せて、唇が触れあいそうなほど近い距離、ふっと細く甘い笑みを浮かべる。
「ねぇ、凜子さん。少しは、意識してくれました?」
「…………」
「俺のこと」
伏せた目で、わたしをじっと見つめる小川の顔が、近づきすぎてぼやける。
「ねぇ、好きです凜子さん。いつになったら、ちゃんと男として見てくれるんですか」
吐息のような切ない囁きが、胸に響く。黙ったままでいるわたしに苛立ったように、小川は繋いだ手に唇を運ぶと、ちゅっとキスをして、そのまま甘く、わたしの指を噛みしめた。
「ねぇ、凜子さん……」
「アンタまた! シェフになんてことしてんの!!」
「~~~~~!!!!!」
ビクゥウウッと跳ね上がった小川の身体がわたしから離れて、ぴしっと背筋を伸ばした。
遅れて身体を起こせば、調理場の出入り口で腕を組み仁王立ちをしている、真理子ちゃんの姿があった。

真理子ちゃんは今年大学を卒業したばかりの元ホールアルバイトの現社員で、小川とは前々からシフトがかぶっているせいか、それとも年齢差や立場的なものなのか、どういうわけか、小川より強いらしい。
「ああ、シェフ。株式会社Raisinの山下さんがきましたよ~」
「わかった」
店のシェフが調理台に押し倒されているのを目撃したというのに、小川を叱りつけるなりけろっとした顔をして、真理子ちゃんは言う。
わたしもなんて言うことのない顔をして頷くと、乱れたシェフエプロンの裾をパンパンと払ってから、調理場をあとにした。
事実、なんていうことはない。こんなことは、日常茶飯事だった。
毎日毎日、小川からの求愛は、かれこれ半年近く続いている。
栗色のふわふわな髪に、すらっとした長身、アイドルみたいな甘いマスク。そんな美青年が、三十路間近で男勝りなわたしなんぞに、本気で恋をしているとは思えない。
いい加減、からかうのはやめて欲しい。心臓に毒だ。
わたしがどんな思いで顔に出さないように、態度に出さないようにしているか、知らないくせに。

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