夢中文庫

自立女子が愛されてふにゃっとした件

  • 作家朝陽ゆりね
  • イラスト白峰早菜
  • 販売日2018/01/09
  • 販売価格300円

瑛子は父親の不倫がきっかけで男性不信に陥り、男に頼らず一人で生きていくと心に決めている。そして夢はパッチワークの店を持つこと。だから残業も厭わず引き受ける。が、さすがに無理がたたって飲みの席で爆睡してしまう。目が覚めたら見知らぬ部屋――ここは? と思っていたら、なんとここは社内でも人気のCMクリエイター、楢崎輝恭の部屋だった! どうしよう……そんな瑛子に輝恭は言う。「交際しようって誘ってるんだけど。俺、お前のこと気に入ったから」えええ……そんなこと急に言われても困る! 自立女子・瑛子、大ピンチ!?

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名取(なとり)瑛子(えいこ)は目の前の空席を見て一段と不機嫌になった。
(来ないじゃない、もう!)
 女子は一人でも多いほうがいいの! と懇願され、行きたくもない飲みの席につき合わされてやって来たというのに、空席があるのがどうにも気に入らない。それがこの場の主役のものだというのだから怒りは収まらなかった。
 広告代理店で派遣社員として働いている瑛子は、やはり少々立場が立場なので社員から頼み込まれたら断り切れない。ここのスタッフたちは話のわかる人たちばかりだから無茶なことは言われないが、終業後のお誘いはなかなかしつこいものがあった。つまりみな遊び好きなのだ。
(給料、いいもんね)
 派遣の時給も良く、太っ腹な額をくれるので、社員の給料はさぞいいのだろう。
 そして今日はクリエイターたちの仕事がひと段落したからと内輪で打ち上げをすることになったのだ。しかもこの会社の花形クリエイターが珍しく参加するという。
 楢崎(ならざき)輝恭(ききょう)──「輝恭」と書いて「ききょう」と読む、まるで可憐な乙女のような名前の敏腕クリエイターは、ここブライト・エージェンシーの看板クリエイターの一人だ。父親も有名なCMクリエイターだったと聞くので、蛙の子は蛙と周囲は囁いている。
 背も高く、イケメン。撮影現場で俳優と間違われることも多々あると評判だ。三十二歳でいまだ独身。当然、狙っている女子はわんさかいる。社員はもちろん、取引先、モデル、女優、などなど。
 だから男に興味のない瑛子からしたら、なにも自分が嫌々参加しなくても、いくらでもやって来る女がいるはずだ、と思うのだ。それを押して来たというのに、肝心の楢崎輝恭が来ないとは。
 はぁ、とため息を落とし、目の前のウーロン茶を飲む。アルコールは飲めなくはないものの、頭が痛くなるので控えている。さらに夜はパッチワークに勤しみたいのでいつもの調子をアルコールで変えることが嫌だった。
 パッチワークは瑛子が将来店を持ちたいと思っている大切な実用を兼ねた趣味だ。ネットサイトでもけっこう人気なので自信を持っている。
(帰りたい)
 社員ばかりの中に一人だけ派遣で、入って半年ほどが経つけれどあまり周囲と馴染んでいないためなんだか落ち着かない。ぽつねんと置いてきぼりになっていてみじめな気もするが、そんなことよりも時間がもったいなくて仕方がない。早く帰ってパッチワークがしたい。ここ二週間、仕事が忙しくて残業三昧で、帰りが遅くて趣味に勤しめないからストレスが溜まっている。
 この会社、金払いは良いのだが、広告代理店という業種のためにフレックスタイムを導入していて、頼まれる仕事、納期が見事にバリエーションに富んでいる。よって九時五時と定められている瑛子の就業時間などあってないようなものだった。
(どんなに前夜遅くなっても、私にはフレックスタイムはないからね!)
 と、思いつつ、仕事に勤しむ毎日だ。が、そんな労働環境を担当コーディネーターに訴えることはしない。理由はもちろんパッチワークだ。将来、自分の店を持ちたいので時給のいいこの会社はありがたいし、残業してきっちり払ってもらえることは神の恵み的に思えてくる。
 とはいえ、先月から少々オーバーワークになっていることも事実。そもそも瑛子は産休中のスタッフの一時的補充であったが、入って三か月ほどがしたら別のスタッフが妊娠し、調子がずっと悪くて休みがちになっていた。さらに小さな子どもがいるスタッフが連日子どもの発熱によって遅刻や早退をすることが多い。それらの仕事の影響をほとんど瑛子が一人でかぶる形になっていた。
(パッチワーク……もうすぐ完成なのに。うぅん、それ以前に、寝たい……)
 時計を見たら八時。用事ができたと言って立ち去ってしまおう。そう思ってカバンを手にした時だった。テーブルの脇に長身の男が立った。
「おー! キキョウ! 待ってたぞ!」
 見ると俳優バリのイケメンがニコリともせずに声をかけた男の言葉に小さくうなずいている。
 楢崎さーん! お疲れ様ですー! と黄色い声を上げている女たちをよそに、瑛子はため息を落とした。
(帰るチャンス逃した……)

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