夢中文庫

あなたは星のとりこ~ひそやかに乱れる束縛の夜~

kumanomayu02_s
  • 作家熊野まゆ
  • イラストまろ
  • 販売日2016/01/25
  • 販売価格300円

「嫌じゃ……ありません」天文台を有するホテルでフロントスタッフとして働く殿村亜紀はひとつ年上のテクニカルスタッフ、椋本恒生に片想いをしていた。彼は亜紀が新人のころの指導係だった。就職してから三年が経ったいまも、恒生とは仲がよい。しかし亜紀はあるトラウマから、なかなか彼に想いを告げることができなかった。そんなとき、後輩スタッフである今仲星梨が亜紀の背を押す。バレンタインデーの夜、意を決して恒生に長年の想いを伝える亜紀。すると、思わぬ告白を受ける。「縛るのが、好きなんだ。物理的な意味で」――星が瞬く静寂の夜。恒生の秘めた激情がふつふつとあふれ出す。豹変と束縛、そして執愛のストーリー。

1.星のとりこ
一日の業務を終え、職員通用口から外に出る。見上げるとそこには満天の星空があった。つめたい風が肌を刺して吹き抜け、スカートのすそと、それから茶色いショートヘアを揺らす。
山の頂上であるここは街中よりも多くの星にまみえることができる。瞬く星は美しく、ため息で目の前が白くかすんでも、手の届かないところで悠然と輝き続ける。
いまはこの星空が憎らしい。
愛しいひとを、とりこにしているから――。

山のうえに立つ天文台ホテル・マノークでフロントスタッフとして働き始めて三年。
素敵な先輩、かわいい後輩に囲まれ、日々の業務は厳しさもあるが特に不満はない。
だからこれはただの強欲。
星の話ばかりする彼に一方通行の想いを寄せてヤキモキしてしまうのは、ただのワガママ。
「――亜紀(あき)さん?」
名前を呼ばれてハッとする。無意識に好きなひとを目で追っていた自分に気がつき、殿村(とのむら)亜紀はぐるりと顔を思い切り動かして、長机の向こう側に座る後輩を見た。視界の端には、休憩室から出て行く男の姿が映っている。その男が完全に見えなくなってから、言う。
「ごめん、なに? 星梨(あかり)ちゃん」
「……亜紀さん。告白、しないんですか?」
職場の後輩である今仲(いまなか)星梨はごく真面目な顔つきで訊いてきた。
亜紀は肩をすくめて口を尖らせる。
「……だって、恒生(こうせい)さんには恋人がいるじゃない」
「ええっ!? そんなの、初耳ですよ」
「あのひとは、星のとりこだから」
「………っ」
いかにも「なんだ」と拍子抜けしたような表情を浮かべて星梨はうなだれた。
「はあ、びっくりしました……。亜紀さん、本当にこのままでいいんですか?」
「そりゃ、どうにかしたいわよ。星梨ちゃんとオーナーを見てると、ホント幸せそうだから、いいなあって思うし」
「わわ、私の話はいいんですってば……」
瞬く間に頬を赤く染めてうろたえる後輩を亜紀はほほえましく眺めた。
黒いロングヘアーをうしろでひとまとめにしている、真面目な容貌の彼女はこのホテルのオーナーと、もうずいぶん長いこと付き合っているらしい。ごくたまに、ふたりでいるところを見かけるが、お互いを大切にしている雰囲気が漂っている。
心から愛し合っているのだと思う。星梨はあまり自分の話をしないが、結婚は間近だろう。挙式にはぜひ出席して、あわよくばブーケをゲットしたいものだ。
亜紀はあきらめたようにフッと微笑した。
「――とにかく、恒生さんが星ばっかりなのは本当じゃない」
ぽつりと言う。すると星梨は首をかしげ、困り顔になった。
亜紀の想いびとは職場の一年先輩である椋本(むくもと)恒生。天文台ホテルの星空ツアーを担当するテクニカルスタッフだ。
とにかく星が大好きで、業務時間外にも天文台で望遠鏡をのぞいている。そんな姿を何度も見たことがある。恋人がいるという話は、いまのところは聞いたことがない。
趣味に重点を置くひとにとって、愛だの恋だのは面倒なことだろう。
愛しいひとを束縛したくないと思ういっぽうで、もし付き合えることになったら絶対に夢中になってしまう。片想いのいまだってそうなのだから、間違いない。
(私ばかり夢中になって、でもそれが彼の負担になったら……)
きっと別れはすぐにおとずれる。
だったら、初めから告白などせず秘かに思いを寄せているだけのほうがいい。そのほうが傷つかない。
『おまえ、束縛しすぎ』
思い出すだけで胸がチクリと痛む。いままで付き合ってきた男性全員から言われたことだ。多少の言いまわしは異なったが、結果としてはすべて同じことだ。
そうするつもりなんてないのだけれど、相手を束縛してしまう。
気をつけようと思っていても、なかなか直すことができない――。
暗い表情になっている亜紀を気遣ってか、星梨が明るく切り出す。
「あ、そうだ。もうすぐバレンタインですよっ!」
「あー……。ええ、そうね」
「亜紀さん、チョコレート作りって得意ですか? 得意ですよね、お料理上手ですもんね! 教えてください。一緒に作りましょうっ!」
「ええっ?」
星梨の顔には「チョコレートを渡して告白しろ」と書いてある。
「む、無理よ……。手作りチョコなんて、それこそ重すぎ」
「そんなことないです! 椋本さん、亜紀さんがたまに差し入れでくださるお菓子をいつも美味しそうに食べてるじゃないですか。『また作ってきてくれないかなぁ』って、いつもおっしゃってます。――って、亜紀さんには言わないでくれって椋本さんには口止めされてたんですけど……」
星梨は眉尻を下げて亜紀のようすをうかがっている。口止めされていたことを話してしまったことに罪悪感を覚えているようにも見える。
「……それ、本当?」
信じられず尋ねた。星梨はこくこくと素早くうなずいている。彼女は恒生と同じテクニカルスタッフだから、彼と話をする機会が多い。亜紀をその気にさせるために嘘をついているとは思えない。そもそも星梨は口からでまかせの嘘をつくような性格ではない。
「そ……っか。じゃあ、まあ……。一緒に作ろっか」
告白するかしないかは別として、チョコレートは渡してみよう。
亜紀の言葉に星梨はパアッと表情を明るくさせた。
「ハート型に大好きって文字を入れたチョコレートを作りたいんです! 同じものを一緒に作りましょう、ね?」
「はぁっ!?」
告白はしなくても、という亜紀の心理を見透かしたような後輩の発言に驚く。
(この子、なかなかあなどれない……。でも、せっかくここまでお膳立てしてくれてるんだし)
当たって砕けてみるのもいいかもしれない。
「……ふられたら、やけ酒に付き合ってよ?」
小声で言ってみる。すると星梨はそれには答えず、満面の笑みを浮かべるだけだった。

***

(よし……っ!)
先輩である亜紀と別れ、休憩室を出た今仲星梨はひとりでガッツポーズをした。
(……でも、強引すぎたかな)
ふと思う。よけいなお世話なのだろうかと。
(ふたりとも想い合ってるんだから、きっと大丈夫……。幸せになってほしい)
星梨は廊下を歩きながら考える。なかなか進展しないふたりが、ずいぶん前から気になっていた。
亜紀が椋本に想いを寄せているのは明白だった。椋本のほうはどうなのだろうと気になってそれとなく探りを入れたことがあるが、結果は良好。彼の態度を見ていても、ほかのスタッフよりも明らかに亜紀を気にかけている。
彼が亜紀の元指導係というのもあるかもしれないが、それでもどこか特別視しているのが伝わってくる。女の勘というものが自分に備わっているのかは疑問だが、ふたりが両想いだと星梨は無条件に確信していた。
(どうか、ふたりがうまくいきますように……)
たとえ気持ちが通じ合っていても、うまくいかないことがあるのはわかる。ふたりのあいだには相手に想いを伝えることをためらう「なにか」があるのかもしれない。
その「なにか」まで聞き出すのはあまりにも無粋だと思うから、願うしかない。ふたりの幸せを――。
外の空気を吸うため、そして星を眺めるために星梨は裏口から外へ出た。
「……っわ!?」
思わず声を上げてしまったのは、外に出るなり抱きしめられたからだ。
「お疲れ様、星梨」
「……っ、葉月(はづき)くん」
鼻っ柱を押さえながら見上げると、そこには鳴沢(なるさわ)葉月がいた。星空を背景にほほえんでいる。
最愛のこのひとは本当に、星空がよく似合うと思った。
「なんだか嬉しそうだね。なにかあった?」
「あ、ええとね――……」
腰にきつく巻きついている彼の腕を気にしつつ、星梨は亜紀と椋本のことを話した。
「――へえ。星梨って意外とおせっかいなんだね」
「えっ……。や、やっぱり、おせっかいなのかな」
あわあわと口を動かす星梨を見おろし、葉月は静かに首を横に振った。
「ごめんごめん。星梨の厚意が『おせっかい』になってしまわないよう、僕も願うことにする」
「う……んっ?」
ホテルの制服のジャケットを優しげに、しかしどこか淫靡(いんび)さをにおわせる手つきで撫で上げられ、星梨は「葉月くんっ」と言葉で制する。まだ仕事中だし、いつ誰がきてもおかしくない。ふたりが立つここは職員通用口から数歩しか離れていない。
星梨の心配などまったく気にかけていないようすで葉月が首をかしげる。
「だって、その子の告白が失敗したら星梨はやけ酒に付き合わなくちゃいけないんだよね? ここのところすれ違いばっかりだから……。これ以上、星梨の時間を奪われたらたまらない」
わき腹を通ってのぼりつめてきた手が頬を覆った。
「……ごめんね、利己的で」
葉月が哀し気に笑う。
「ううん。……えっと、ありがとう。そんなに想ってもらえて、嬉しい」
キスの予感がした。またたきをした次の瞬間にはもう唇を覆われていた。ちゅっ、と軽く口付けられ、それで終わるのだと思って油断していたら、ふたたび重ねられ、どんどん深くなっていく。
舌まで割り入れられそうになったところで、星梨は両手でトンッと紺色のスーツのジャケットを押した。
「……っは、葉月、くん! これ以上は、だめ」

オススメ書籍

yukireno02_muchu

ナイショの関係~キスから始まる恋物語~

著者夕季麗野
イラストロジ

短大を卒業後、実家で花嫁修業をしながら生活を送る里桜。養子の里桜を本当の子供のように育ててくれた両親の愛に応えるように、敷かれたレールを歩いてきた。そんな里桜のもとに、両親が持って来たお見合い話。突然の話に里桜は戸惑い、血の繋がりのない兄・恭助に「お見合いする事になったの」と報告するが、その日から恭助の様子がおかしくなった。ギクシャクする二人の間に、里桜が戸惑ったのもつかの間。ある日、里桜は恭助の部屋で突然抱き締められ、唇を奪われてしまう。「俺は、悪戯でこんな事をしたんじゃない」真剣な瞳で囁く恭助に、里桜の心は激しく揺れて――。…二人の固い絆が紡ぎ出す、甘く切ない「ナイショの恋」の物語。

この作品の詳細はこちら