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奥手な二人の甘くてじれったい溺愛模様

  • 作家黒田美優
  • イラスト南香かをり
  • 販売日2018/7/24
  • 販売価格400円

高校受験の際、緊張のあまりバスに乗れなかった宵子に声をかけてリラックスさせてくれた男には、泣きぼくろがあった。それから数年。宵子はケーキ職人になり、カフェで働いている。担当は「本日のケーキ」。ある時、毎日通ってくれる客にも泣きぼくろがあることに気づく…。まさかね、と思いつつも気になってしまう宵子。ある日、宵子はうっかりその男の手にコーヒーをこぼすというミスをしてしまう。謝る宵子に男は八神と名乗り、宵子の作るケーキが好きだと言ってくれた。その日からなんとなく距離が縮まる二人……八神が人気のケーキ屋に一緒に行かないか、と誘ってきて――恋愛に疎くて奥手な二人の甘いて優しい溺愛ラブストーリー。

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一、心に残る優しい笑顔
 その日は私にとって大事な日だった。
 前日に雪が積もって、道路の端に寄せられていた。
 なのにその寒さや、踏みしめる雪の感覚よりも、とにかく不安だったことしか覚えていない。
 高校受験当日だった。
 それほど裕福な家庭ではなかったから、希望している公立高校ひとつにしか受験票を送らなかった。
 母は私立も勧めてくれたけれど、金銭的に通えるわけがないと思っていたので大丈夫と押し通したのだ。
 残念ながらそれほどかしこくなかったから、今日まで必死に勉強をした。
 しかし、どれだけ勉強しても、過去問を正確に解くことができても、プレッシャーには勝てなかった。
 受験会場である高校にバスで向かう途中だった。
 一番前で待っていると、目的のバスがやってきて、扉を開いた。
 けれど、足が動かない。
 後ろに並んでいる数人が不思議に思っているのが背中越しに伝わる。
 私の横を誰かが通った。動かない私にしびれを切らし、バスへ乗り込むのだろうと思った。
 けれど、その人は私の顔をのぞき込み、優しく声をかけてくれたのだ。
「大丈夫か? このバス、乗るんだよな?」
 その男性は答えない私に話しかけてくれた。
 なんとか、うなずくと男性は私の手を握った。
 突然のことで驚いているとそのままバスへ引っ張られる。
「はい。ここに座って」
 空いている席へ半ば無理やり座らされる。
「ありがとう、ございます。あの、私、緊張してて」
 向かいに立つ男性の顔もまともに見られず、窓ばかりを見て言った。窓に二つくくりで三つ編み姿の私が映っている。
「もしかして、受験生?」
 明るい男性の声に、うなずく。
「そうか。受験は、緊張するよな。……そうだ。手を出して」
「手……?」
 見上げると男性はカバンに手を入れて何かを探していた。
 茶色く染めた髪に、白い肌。切れ長の瞳の下には、いわゆる泣きぼくろというものがある。足がスラリと長く、ストライプのスーツを着ている姿はモデルみたいだった。
 こんなにかっこいい人と一瞬でも手を握ったのだと思うとドキドキする。
 男性は探し物が見つかったのか、顔を上げた。視線がぶつかって、私は慌ててうつむく。
「これ、よかったら使って。さっき手に触れた時、凄く冷たかったから」
 言われた通りに手を出していた私に渡されたのは未開封のカイロと、暖かそうな黒色の手袋だった。
「う、受け取れません!」
「あ、一応、この手袋は今日初めて使う予定だった新品だから、綺麗なはず」
「そういうことじゃなくて!」
 拒否したけれど、男性は強引にカイロと手袋を握らせた。
「受かりますようにってお守り。じゃあ、俺、ここで降りるから。受験、頑張れよ」
「あ、ありがとうございます!」
 笑顔を私に向けながらバスを降りていく。
 人を引きつける素敵な笑顔だった。
 彼のお守りのおかげか、私はそのあと学校へ入学することができた。
 それから何度もあのバスに乗るのに、彼に出会うことはなかった。カバンにはいつも手袋を入れている。ときどき洗濯して、ラッピングをし直す。
 だけど高校を卒業するころにはその習慣はやめてしまっていた。

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