夢中文庫

今夜オフィスで誘って

mizukinoa04s
  • 作家水城のあ
  • イラスト琴稀りん
  • 販売日2013/6/26
  • 販売価格300円

彩子のストレス解消場所はバッティングセンター。イジワルな先輩の顔を思い浮かべながらバットを振ることだ。ある日、一人屋上で昼食をとっていると、密かに憧れている上司の野村に声をかけられる。「こんなに青い空なら、バッティングセンターより気持ちがよさそう」という一言に彩子は頭の中が真っ白になった。予想通りバッティングセンターには野村の姿。野球経験のある野村がバッティングを指導してくれるという。素直に礼を言う彩子に「男はなんの見返りもなく女性に優しくなんてしないよ」と、意味深発言。それって本気にしていいんですか!?

ビュンッ! と空気を切り裂くような音がのすぐ横を通り過ぎる。手にしていたバットを大きく振り抜いた彩子は、かすりもしなかった自分に苦笑を漏らした。
すぐ隣のブースでは、スーツ姿のサラリーマンがバッティングセンター特有の鈍い打撃音を立てながら、ボールを前に打ち返している。学生時代に野球をやっていたのだろうか、お腹が出はじめた身体のわりにそのフォームはなかなかサマになっていた。
そこは繁華街の隅の雑居ビルに入った、昔ながらのバッティングセンターだった。設備はお世辞にもキレイとはいえなかったし、その他の目立つものといったら申し訳程度に置かれた電源の入っていないゲーム機、それから飲み物とカップラーメンの自動販売機ぐらいだ。
最近はスポーツを楽しむための総合アミューズメント施設も多いし、そういった場所のほうが機械なども最新型がそろっている。でもその分カップルが多くて、独り身の彩子としては肩身が狭かった。
その点ここは彩子のような独り身がふらりとやってきても特に気にするような人もいない。ストレス解消にはもってこいの場所だった。
彩子は都内のスポーツ用品会社「ハッピースポーツ」に勤務していて、週に何度か会社帰りにこの場所に一人で立ち寄る。
主に社内でのお局女子たちのイヤミに耐えた自分へのご褒美、ストレス解消だ。
彩子はふと今日のロッカールームでの出来事を思い出した。
「なんであいつってあんなに気取ってるのよ」
背中合わせに並んだロッカーの向こう側で、先輩女子社員、の甲高い声がした。
「男どもは美人美人って騒ぐけど、あれって化粧のおかげなんじゃない? ほら、いるじゃん、化粧落としたら誰? って奴」
「あーいるいる。社員旅行に行って、風呂上がりもバッチリ化粧してたりして」
そう言って笑ったのは、たぶん里沙の同期、だ。
どうやら二人は彩子が裏のロッカーにいることに気づいていないらしい。いつもなら昼休みにロッカーに戻って来たりしないのだが、今日はストッキングが伝染してしまい着替えに来ていたのだ。
里沙が彩子を嫌っていることは、前々から気づいていた。彩子は自分でもどうしていいのかわからないぐらい人見知りをするタイプで、初対面の人に対して緊張しすぎてしまい、ともすればそれは冷たい態度だととられてしまう。
どうやら里沙にもそう思われてしまったようで、愛想のない後輩として彩子のことをよく思っていない。
さらに今日はタイミングが悪く、男性社員に昼食に誘われ、それを断っているところを里沙に見られたのだ。最近支店から異動してきた営業の人で、里沙のお気に入りの男性社員。
「さっきだって、後藤さんにランチに誘われて、澄ました顔で断っちゃってさ。何様だっつーの」
やっぱりそれがお怒りの原因らしい。
里沙は出るに出られなくなり、二人に気づかれないように息を潜めた。
正直、ここまで言われるほど自分に非があるとは思えない。そりゃ多少人見知りで愛想が悪いのは認めるけれど、男の人が声をかけてくることまで阻止することなんてできない。
断らないで一緒にランチに行けば満足だったとでもいうのだろうか? まあそれはそれでまたいろいろ叩かれそうだけれど。
彩子は心の中で小さくため息を漏らす。結局二人がロッカールームを出ていくまで、彩子はその悪口を聞き続ける羽目になったのだ。
「まったく……そっちこそ何様だっていうのよ#!!%」
飛んできた打球に向かって思い切りバットを振り抜いた。今度は手応えはあったけれどっただけで、ボールは目の前で何度か跳ねてから転がっていく。
今度こそと思ってバットを構えなおしたけれど、機械はそれが最後の一球だったようで、それきり沈黙してしまった。
「もうっ!」
いつも当たりがいいほうではないけれど、今日は特にひどすぎる。でも学生時代バスケ部に所属していた彩子は、こうやって時々身体を動かす方がストレス解消になるのだ。
彩子は財布から小銭を取り出して機械の中に押し込んだ。

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