夢中文庫

First Love ~何度でもあなたと~

  • 作家水城のあ
  • イラスト琴稀りん
  • 販売日2013/8/2
  • 販売価格300円

新人研修を終えて桜が配属されたのは「お客様センター」。配属初日の顔合わせに緊張して臨むと、そこには忘れたくても忘れることのできない初恋の人が上司として立っていた。彼は兄の友人で桜のことを妹としか思っていない。初恋は実らないとわかっているのに、彼といるとドキドキしてしまうのはどうして?ちゃんと大人になったとわかって欲しいのに、心配性の上司は妹に接するように桜の世話を焼く。ねえ、大人になった私に気づいて。もう一度好きになってもいいですか……?

「……桜(さくら)ちゃん?」
入社して一ヶ月。社内のあちこちで研修を受けて、配属先としてやってきたお客様センターで、スーツ姿の男性がいきなり親しげに私の名前を呼んだ。
もちろん入社したばかりで思い当たる節なんかなくて、私はわけがわからないままその男性の顔を見つめた。
「俺だよ、わかんない?」
甘い微笑みを浮かべた男性は、少し残念そうに首を傾げる。
――誰だっけ?
そう考えた瞬間、私の頭の中で記憶が弾けた。
初めて彼に出会ったのは、たしか小学四年生の時。その日はピアノの日で、夕方家に帰ってきたら玄関に見慣れないスニーカーが並んでいた。
お兄ちゃんが学校帰りに友達を連れてくることが多かったから、私は特に気にもせずに洗面所に寄ってから二階の自分の部屋へ向かうために階段を昇った。
お兄ちゃんは高校生で、その友達はちょっと苦手。みんな大きな声で笑うし、なんだか汗くさい。背も大きいから、見下ろされると怖いというのもあった。
自分が大人になってみたら、男子高校生なんてみんなそんなものだと思えるようになったけれど、その時はできればお兄ちゃんの友達とは顔を合わせたくない、そう思っていた。
私が階段をほぼ昇り終えたときだった。階段のすぐ側にあるお兄ちゃんの部屋の扉が開いて、学生服姿の男の人が姿を見せた。
「あ……」
「おっと」
私はその扉が開くとぶつかりそうになることは知っていたから衝突は免(まぬが)れたけれど、その人に見下ろされるような格好になる。
いつも集まっているサッカー部の友達とはどこか雰囲気が違う人。
「君、陸(りく)の妹? こんにちは」
「……こ、こんにちは」
「何年生?」
「……四年です」
そんなふうに優しく話しかけられたことなんかなかったから、私は真っ赤になってしまった。
真っ白な開襟シャツに男の人なのにサラサラの黒髪、それにとっても優しい声だ。頭の中が真っ白になって、思わずその人に見とれたときだった。
「蒼輔(そうすけ)、何やってんだよ」
お兄ちゃんが部屋の中から叫んだ。
「おまえの妹ちゃんに挨拶してるんだよ」
蒼輔と呼ばれた彼は、そう言い返すと私に向かってにっこりと微笑みかける。
「名前なんて言うの?」
「桜です」
「桜ちゃんか、陸に似なくてよかったね」
「蒼輔~聞こえてるぞ!」
彼はお兄ちゃんの声に笑い声をたてると、私に軽く手を振って階段を降りて行った。
すぐに階下で扉の音がしたからトイレにでも行ったのだろうと見当はついたけれど、私はもう一度彼と顔を合わせるのが恥ずかしくて、大慌てで自分の部屋に飛び込んだ。
彼はお兄ちゃんのクラスメイトだそうで、それからも頻繁に顔を合わせるようになった。
礼儀正しくて爽やかな彼は家族にも人気があって、ママのすすめで一緒に夕飯を食べていくこともあった。私も少しずつ彼に慣れて、いつの間にか「蒼ちゃん」なんて家族のように呼んでいた。
「蒼ちゃん!?」
私が知っている彼は、いつも学生服か履き古したデニムにスニーカーというカジュアルな格好だったから、目の前にいるスーツを着た彼が本物なのかまだ信じられない。
「桜ちゃん、うちの会社だったのか。陸のやつなんにも言わないから知らなかったよ」
「蒼ちゃんって大阪にいるんじゃなかったの?」
確か大学を卒業したあとすぐに大阪に配属されたって、お兄ちゃんから聞いた気がする。
「ああ、去年こっちに戻ってきたんだよ。陸とは何度か飲みに行ったけど、知らなかったのか」
私はすぐに言葉が出てこなくて、ただ何度も頷(うなず)いた。
「そうか、桜ちゃんも社会人か。初めて会ったときはまだこーんなに小さかったのに」
蒼ちゃんが大袈裟(おおげさ)に手のひらを下げたから、私は思わず頬を膨らませてしまった。
「そんなに小さくなかったもん。それにその時は蒼ちゃんだって高校生だったじゃない」
「まあね。でも……あっと」
蒼ちゃんが「しまった!」という顔で、手のひらを口元に当てた。彼の目が泳ぐのを見て周りを見回すと、オフィスにいる人たちが呆気(あっけ)にとられて私たちのやりとりを見つめていた。
「あ……」
私も慌てて目を伏せると、蒼ちゃんはその場を取り繕(つくろ)うように小さく咳払いをした。
「……失礼しました。僕はお客様センター主任の大場(おおば)蒼輔です。君たちの直属の上司ということになるので、何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってください。これからみなさんは各グループに配属になります。ベテランのオペレーターさんばかりですから、受け答えなど勉強になることも多いと思います。どんどん先輩たちの仕事を見て自分のものにしてください。一緒に頑張りましょう」
優しい笑顔を浮かべてみんなに挨拶をする蒼ちゃんの姿を、私は信じられない気持ちで見つめていた。
昔もカッコよかったけど、今スーツを着て堂々と話をする姿はそんな過去のことなんか塗り替えてしまいそうなほど、素敵な男性だ。
そう感じているのは私だけではないようで、一緒に配属になった数人の女の子たちも明らかに蒼ちゃんに見とれている。
相変わらずモテモテなのかな。私は再会できたことが嬉しいはずなのに、彼の魅力的な姿に内心ため息を漏らしていた。
*** *** ***
「ねえねえ、楢崎(ならさき)さんと大場主任ってどういう関係なの!?」
案の定、昼休みになったとたん、同じチームの先輩や一緒に配属された同期の女の子たちに囲まれてしまった。
私が配属されたお客様センターは、すでに顧客として契約をされているお客様からの保険プランなどへの疑問にお答えしたり、顧客情報の変更などを承(たまわ)る場所だ。
いくつかのチームに別れていて、そのチームごとに時間をずらして休憩するシフトになっていた。
つまり今私を取り囲んでいる人たちは、これから一緒に仕事をしていく一番身近な人たちで、ここで適当なことを言っても、何度でも追求されてしまうかもしれない。
しかも先輩方には嫌われたくない。もし嫌われて働きにくくなったら困るもの。
「えーとですね、蒼……大場主任は兄の高校の同級生で、小学生の時からの顔見知りなんですよ」
「顔見知りっていう割には親しげだったじゃない。さっきなんか二人で見つめ合って、私たちが入り込めない二人の世界って感じで」
どうやら先輩方はその説明では納得してくれないみたい。明らかに蒼ちゃんと私の関係を疑っているというか。
「それはですね、うちで食事をすることも多くて家族ぐるみでのお付き合いだったんで、たぶん大場主任は私のことを血の繋がらない妹ぐらいに思ってらっしゃるんじゃないでしょうか」
その答えは間違いじゃない。蒼ちゃんはいつも私に優しかったけれど、それはお兄ちゃんが私に接する態度と同じで妹という扱いだったもの。
もし先輩たちが蒼ちゃんに憧れているのだとしたら、ここで誤解を受けないようにはっきりとしておかないと。
「ですから私たちはなんの関係も……」
私がさらに強く無関係であることを強調しようとしたら、先輩の一人が突然大きな声を上げた。
「なんなの、その萌える設定! 兄の友人、歳の離れた妹! もしかして大場主任が楢崎さんの初恋の人なのね!」
「ええっ!?」
「いいのよ、子どもの頃って年上の身近なお兄さんに憧れるものだもの」
先輩の言葉に周りの人たちもなぜか、うんうんと頷いている。
「そして数年たって初恋の人と再会。もう子どもじゃないの。大人になった私を見て! ああっ、もう完璧じゃない!」
一気にそう言い切った彼女のメガネの縁が、一瞬きらりと光ったような気がする。もちろん目の錯覚だろうけど、それぐらい熱の入った言葉だった。
「えっと……ですね」
もっと「大場主任に近づくな!」とか「知り合いだからって調子に乗るな」とかそんなことを想像していたけど、違う気がする。
むしろ温かい目で見守られるというか、応援されているような雰囲気。というか、蒼ちゃんが私の初恋の人認定を、勝手にされちゃってるんですけど。
蒼ちゃんが私の初恋の人だというのは間違いじゃない。でも当たり前だけど彼にとって私は友人の妹で、恋愛対象にはなり得ないってことも知っていた。
あれは私が第一志望の高校に合格した日の夜だった。
すでに滑り止めは何校か合格していたけれど、お兄ちゃんと同じ地元の公立を希望していたので、その日は家族でお祝いをしていた。
その席にはすでに就職が決まっていた蒼ちゃんもきていて、一緒にお祝いをしてくれたんだ。
「これで桜ちゃんも俺たちの後輩か。よかったね」
お酒を補充するという彼にくっついてコンビニに出かけた帰り道、蒼ちゃんが笑顔で私を見た。
「うん。先生にも芝高は難しいかもって言われてたし、半分あきらめてたんだけど」
「またまた。滑り止めも全部合格したんだろ。優秀だよ」
所どころ街灯に照らされた道を、二人で歩くというのは新鮮で、私の心臓は彼に聞こえてしまいそうなほどドキドキと大きな音をたてる。
そのころにはもう私は蒼ちゃんに恋をしていて、彼はお兄ちゃんの友達だけど、私にとって特別な人になっていた。
「そうだ。合格祝い。桜ちゃん、なにがいい?」
「えー……いいよ。だって蒼ちゃんこれから就職なんだし」
お兄ちゃんだっていつもバイトをしていて、それでもお小遣いが足りないなんて文句を言ってるもん。
それに私が欲しいのは、ものじゃなかった。
「いいって、遠慮するなよ。桜ちゃんが欲しいもの言ってごらん」
「……」
私が欲しいもの。それは蒼ちゃんからじゃなきゃ貰えないものだけど、それを口にするのは大胆すぎる。
「えっと……」
「うん?」
「……彼氏?」
勇気を振り絞ってそう口にしたとたん、隣を歩いていたはずの彼がぴたりと足を止めた。
私も足を止めて振り返ると、彼は驚いた顔で私を見つめていた。その視線に、胸の奥がぎゅうっとなって、痛い。
「……蒼ちゃん?」
沈黙に耐えきれなくなった私がそっとその名前を呼ぶと、彼は緊張が解かれたように深く息を吐き出した。
「そうか……桜ちゃんもそんなこと言う歳になったのか」
感慨深げな言葉に、私は少しだけ腹が立った。今どき小学生だってカレカノがいる時代なのに、蒼ちゃんは私をどれだけ子どもだと思っているんだろうって。
「もう高校生だよ? 友達だってけっこう彼氏持ちの子多いし、もうキスしたって子もいるもん」
「それ……陸には言わない方がいいよ」
蒼ちゃんはそう言うとコンビニの袋を反対の手に持ち替えて歩き出した。私も慌てて隣に並ぶ。
「どうしてお兄ちゃんに言ったらダメなの?」
「あいつ、ああ見えて桜ちゃんのこと溺愛してるから。ほら小学校の時、桜ちゃんが近所の男子に突き飛ばされて溝どぶに落ちたことがあっただろ」
「うん」
「あの時、おばさんたちより陸の方が怒ってさ、相手の家に怒鳴り込みそうになったのを必死で止めたんだよ」
「ええっ!?」
その時のことはぼんやりとは覚えているけれど、私の中ではそんな大事(おおごと)じゃなかった。たしか学校帰りに同級生の男の子と口喧嘩になって、勢いで突き飛ばされたとかそんなの。
子どもの頃ならよくある話で、私は膝を擦りむいて帰ったんだっけ。
「お兄ちゃんがホントにそんなことしたの?」
「ああ、あれでもあいつ妹思いだから、友達が桜ちゃんに興味を持とうもんなら全力で阻止してたよ」
「……」
いつも私をからかって邪魔者扱いするお兄ちゃんからは想像できない。
「だから陸にはナイショ。もしそんなこと聞いたら、桜ちゃんに言い寄る男を片っ端から潰して歩きそうだからね。まあ、その時は俺も加勢するし」
「え?」
蒼ちゃんが私を見てニヤリと笑う。
「桜ちゃんは俺にとってもカワイイ妹だからね。その辺の男にはやれないよ」
それって……どういう意味? 私は蒼ちゃんにとって妹でしかないってこと?
そう聞き返したいけど、肯定されるのが怖くて聞くことができなかった。
本当は私の彼氏になって欲しい。そう言いたかった言葉を、私は胸の奥深くにしまい込んだんだ。
それからすぐに蒼ちゃんは就職をして、大阪に配属になったと聞いた。それきり彼とは会わなくなってしまった。

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