夢中文庫

孤独な夜の、甘い蜜。

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  • 作家乃村寧音
  • イラスト雪乃つきみ
  • 販売日2016/02/10
  • 販売価格400円

「彼氏なんかいらない、結婚もしたくない。恋で痛い思いをするくらいなら、孤独な夜をやり過ごしたほうがいい」そう思う29歳の美月は、仕事漬けの日々。ところがある日、友人に頼みこまれて仕方なく参加した婚活パーティで、同じ会社で働く一つ年下の理系眼鏡男子、克哉に出会う。「友達から」と言われデートを重ねるうちに、心が揺れてしまい……。初めて結ばれた夜、「前の男のことなんか忘れちゃえよ、俺は浮気とかしないから」そう言ってくれたのに、実は彼が有名なホテルオーナーの息子で婚約者がいると知り、ショックを受ける美月。諦めようと思ったけれど、気持ちはすでに恋心になっていて――。甘く切ない、すれ違いラブストーリー。

(こういうのって、どうやって捨てればいいんだろ?)
 二年間使い続けたアダルトグッズを前に、わたしは途方に暮れていた。
 ネットで見つけて買った、いわゆるバイ●レーター。ピンク色で可愛らしく見せかけているけど、形は充分にグロテスクで、とてもじゃないけどこんなものを使っているところを万が一誰かに見られたら死ぬほど恥ずかしい。
 捨てる理由は、突然動かなくなってしまったからだ。電池を替えてもダメなんだから、たぶんモーターが死んだんだろう。修理に出すわけにもいかない。捨てるしかないのだが、見えないように何度くるんでも、安心できない。もしも誰かにゴミ袋を開けられたら、またはカラスに荒らされたら。考えなければいいのに不測の事態ばかり頭に浮かんでしまう。
(とりあえず、わたしの名前がわかるようなものは一切、一緒に入れないようにしないと)
 もう何度も選より分けたのに、再び分別を始めてしまう。時刻は夜中の一時だ。今夜も残業で遅く帰ってきたのに、家でも気持ちが休まらないなんて最悪だ。疲れと眠気で次第に嫌になり、わたしは結局そのバイ●レーターを捨てるのを諦め、そのままベッドに入ってしまった。
(ダメだ。頭が動かない。明日捨てるのはやめよう。今度もっと暇なときに考えよう)
 二か月近く、ずるずると引き延ばしている。暇な時なんて、最近ずっと無い。思わず溜息が出て、指がヴァ●ナに向かった。そうっと淵を撫なでると蜜が指先についた。
(やだなあ……。こんなに疲れているのに、どうして……)
 仕事のときはすっかり忘れているのに、ひとりになると体の寂しさに気が付くときがある。そんなときに重宝していたのだけど、故障しても捨てられないことに今更ながら気が付き、買い直す勇気も出なくなった。
(彼氏を作ればいいって、みんな簡単に言うけど)
 その予定はない。二年前、二十七才まで丸七年付き合っていた彼氏と別れたとき、わたしはある意味深く安堵あんどした。それは寂しい気持ちよりもずっと大きかった。
(もうたくさん。男なんて。気持ちが滅茶苦茶めちやくちやになるだけなんだから)
 わたしは諦めて、眠りについた。
 毎朝、六時半には起きて支度を始める。朝ごはんはロールパン一個、紅茶、ヨーグルト、それに土日に一週間分茹でてタッパーに入れ、冷蔵庫で保存している野菜類。これらは一年中変わらない。それに季節の果物や卵料理、昨晩のおかずの残りなどがあればプラスされる、というのがわたしの朝食だ。
 変化が嫌いなわけじゃないけど、朝からあれこれ考えるのが面倒なだけだ。でも朝食は必ず食べることにしている。そうじゃないと頭が働かない。
(冬なのに、暖かいなあ)
 北国の出身だ。だから東京は暖かく感じる。
 十八の時に上京してきてから、もう十一年目だ。二十九歳になった。アラサーだけど、全く焦りはない。今のところ、彼氏はいらないし結婚するつもりもない。
 幼いころから重ねた努力が実って良かった。勉強していい大学に入って、教師か公務員か、または大きな会社に入ろうと思っていた。一生独身で過ごすつもりはなかったけれど、とりあえず一生働く気でいた。だから、途中で放り出される可能性が少ない職につきたかった。
 望み通り、大手の食品会社に入社した。他にも何社か内定をもらったけれど、今の会社に決めた理由は、一番「食いっぱぐれ」がない職場に思えたからだ。その勘は当たっていた。今のご時世、多少忙しくともまずは不安なく働いていられれば、良いと思わなければならないだろうから。
 外語大の出身で、英語、スペイン語、イタリア語はある程度自由に扱える。フランス語、ドイツ語はまあまあ。ロシア語と中国語を勉強中だ。語学は好きなので苦ではない。会社の中では主に、貿易関係の書類を扱う部署にいる。翻訳そのものはアルバイトでもできるので、最終チェックと管理が主な仕事だ。
 何もなければ土日は休めるはずなのに、最近はどちらか出ることが多く、時間外が増えた。アルバイトの数を減らしたことが主な原因だとわかっているけど、人件費削減の一環なのでなんとかカバーするしかない。
 ふと卓上カレンダーに目が行った。
(金曜日か。明日は土曜日だな)
 久しぶりに何もない。最近疲れが溜まっているので、朝寝ができると思うとうれしかった。
 パソコンのキーボードをパタパタ叩いていると、デスクの上に置いてあったスマホがブルッと震えた。メールだ。ちらりと見ると、学生時代からの友人、沙也さやだったので、開けてみた。
『緊急事態が発生しました! どうしても今夜一緒に飲んでほしいの。ダメかな?』
(どうしたんだろ。何かあったのかなあ。本当は帰りたいけど)
 迷ったけれど、他ならぬ沙也の誘いなので、一応行ってみることにした。
(ま、いいか。明日は休みだし……)
 わたしは沙也にOKの返信をした。

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