夢中文庫

揺れるキモチ寂しいカラダ

  • 作家乃村寧音
  • イラスト墨咲てん
  • 販売日2018/7/17
  • 販売価格400円

六年同棲した広哉は就職と同時に郁美の部屋から出ていってしまった。特になにも言わずに。そのくせしばらく経ってふらりと現れ、体を重ねてまた去ってしまった。どういうつもりなのか尋ねたいけれど、決定的な状況になるのが怖くて聞けない。そんな時、知り合った有賀という男からアプローチされて……煮え切らない郁美に強引に迫る有賀。有賀との関係からはっきり自分の気持ちを自覚する郁美だが、会社から女性と一緒に出てきた広哉を見てしまって――想いは言葉にしないと伝わらない。不器用な恋模様。

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春、四月。花粉と埃にまみれながら人々は新生活に突入するわけなのだが、わたしの生活も思いがけない理由で変化することになった。
 その結果。
 なんだか……。部屋が、広い。やたらと広く感じる。
 1DKだからそんなわけがないのに、がらんとした部屋を見て、しみじみとそう思ってしまった。
 ずっと、『この部屋は狭い、狭すぎる』と思っていた。だって二人で1DKなんて狭すぎるもの。お互い都内に実家があるから、すべての荷物を部屋に置いていたわけではないけれど、いつも着る服や雑貨や台所用品だけでも、二人分ともなるとけっこうな量になる。むしろ『よく暮らせた』と思う。
 おまけにわたしは美大出身で絵を描いているから、画材も多くて……なるべく実家に置くようにはしていたけれど、それでも狭かった。
 狭い中で、それでも仲良く、わたしたち二人は暮らしていた。
 わたしと、澤井(さわい)広哉(こうや)。
 同じ高校の出身だが、大学はまったく違う。わたしは美大だが、広哉は理系の大学に進んだ。
 広哉は学校で一、二位を争う秀才で、いわゆるガッチリ系ではないがひ弱でもなく、見た目もクールでわりといけていたので、女子からは人気があった。美術部員で、成績がいまひとつだったわたしにとっては高嶺の花という感じだった。
 それがたまたま、同じバンドが好きでライブで顔を合わせたことから仲良くなって、高三の半ばから付き合い始め、大学入学時にわたしがひとり暮らしを始めた途端に通うようになり、荷物がひとつ増えふたつ増え、そのまま一緒に暮らすようになった。
 それからずーっと、六年もの間、一緒に住んでいた。
(いくらなんでもまさか、卒業したからって、すぐに出ていくなんて思わなかったよ……)
 確かに卒業後の話なんてしたことがなかったけれど、わたしは変わらず暮らし続けるものと思っていた。わたしは四年で普通に卒業したが、大学院に行った広哉は二年多く学生をやった。大学を卒業してからは、自分の絵を描きながらデザイン事務所でアルバイトをするという生活をしており、けっこう忙しかったが、わたしたちの関係は特に変化もなく仲良しのままだった。付き合ってから六年も経って刺激は無くなっていたけれど、ケンカもしたことがなく、平和な暮らしが心地よかった。
 だから……。わたしは無邪気に、この暮らしはずっと続くものと思っていた。信じていた、というよりも疑っていなかった、何も考えていなかったというほうがたぶん正しい。
 それなのに……。
 広哉は三月末から社宅に入れるという理由で、実にあっさりと身の回りの荷物をまとめ、この部屋から出ていってしまったのだ。
 別れ話も何もなかった。話が唐突すぎて、何も聞けなかった。
 四月から研修で忙しいとか、勤務地が決まるまで半年くらいかかるかもとか、そんなことはポツポツ話していたけど、それが具体的に二人の関係にどう降りかかってくるのかとかそういう話は一切なかった。広哉は、わたしからすればある日突然出ていったようにしか思えなかった。
 確かに、デザイン事務所で働いているわたしにとっても三月は忙しい季節だから、バタバタしてしまってろくに広哉の話を聞いていなかった。でも、だからといって、こんなのひどすぎる、と思った。
(広哉は、いったい何を考えているんだろ……)
 こうやって離れてしまうと……。相手が何を考えているか、ということが、急に靄がかかったようにわかりにくくなる。
 ここはもともとわたしが一人暮らし用に借りた部屋だから、何も変える必要はない。だから、広哉がいなくなっただけで、別に困ったりはしていない。家賃はわたしの担当で、食材などの出費を広哉が担当してくれていた。これまで通りここで暮らせばいい。
 とは思うけど。そういう問題じゃないと思う。違和感ばかり大きくなっている。でもどうしたらいいかわからない。
 ……そんなわけで。
 わたしはどこかもぬけの殻になってしまったような部屋でひとり、これまで通りの生活を続けることとなったのだった。
 半月ほどが過ぎた。
 ある意味実感のない、どこかグレーでゆるふわな気分で、わたしは日々過ごしていた。

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