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お隣の騎士との政略結婚作法

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  • 作家さえき巴菜
  • イラスト炎かりよ
  • 販売日2017/09/15
  • 販売価格600円

「十年前より、今の君のほうがいいな」――昔、すれ違うように一度だけ出会ったお隣の領主の息子ダグレイ。印象の良くなかった彼との結婚を命じられたエリーシアは、領主の娘の責務と覚悟を決めて受け入れる。しかし、すぐさま迎えに来た彼は端整な騎士に成長していて……。隣地でありながら親しみのない両家を案じ、王に命令された結婚。ダグレイが優しく気遣ってくれるのも、王のため、家のため――わきまえていても、次第に惹かれていくエリーシア。結婚式を済ませ夫となったダグレイは変わらず優しいが、それだけでは物足りなくなってくる。そして彼もまた、独占欲を見せはじめて……?

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「は?」と間の抜けた声をあげたエリーシア・ブレナは、パンを口に運ぶ手を止めた。
 普段用の緑色のドレスを着たエリーシアは、下座の端に座っている。前にはふたりの兄と叔父、横には妹のシンシアと母親。そして上座にいるブレナ家の当主の父親。
 その父親に向けパンを投げつけたい衝動を堪えて訊き直す。
「お父様? もう一度お願いします」
「……おまえはダグレイ・ディルソンと結婚をする」
「ダグレイ・ディルソン」
「そうだ」
「結婚」
「うむ」
 白いものが混じったひげを指先で撫でながら、父親は娘の視線を避けた。
「……おまえも十九だ。急ぐのもいいだろう」
「急ぐ?」
 エリーシアの声は、彼女の濃い色をした金髪のくせと同様、くるりと跳ねた。
 香ばしい匂いをまとう焼きたてのパン、果実のソース、薄切りの燻製肉と様々な野菜などの朝食を共にとる家族が、一斉に息を呑む。
 そんな中、青い目をきらめかせてエリーシアは微笑んだ。
「急ぐ必要があるのでしょうか、お父様? しかも相手がダグレイ……ディルソン! ええ、わたしも領主の娘ですから、結婚は義務。わかっております、もちろん。ですがあまりに急なことで、わたし、驚いて言葉もありません」
「では──」
「それでもひと言、申し上げます。わたしはたしか、シェンヌ卿に嫁ぐはずでしたが?」
「いや、それが……」
 父親だけではなく、家族全員が渋い顔をしてそっと目を逸らした。
 やがて父親の目くばせを受け、妹のおさげ頭の向こうから母親が首を伸ばし「エリーシア」と注意を引いた。
「はい、お母様?」
「あのね、あの……シェンヌ卿は、先日、結婚されたのよ」
「は?」
「……宮廷の、あの、なんでしたかしら……なんとかという未亡人と」
「そうですか、それこそ急なことですね」
 驚きすぎてむしろ平坦な抑揚で答えたエリーシアは、シェンヌ卿の青白い顔を思い出しながら、別の女性と結婚したという婚約者に対する感情が湧くのを待った。
(……いやだ、何もないわ)
 若干、怒りは湧いたが、約束を反故にされたこと以上のものはない。
 むしろ安堵で埋められていく。
(そもそも数回、会っただけだもの)
 文官として宮廷勤めだったシェンヌ卿は、一、二度、ブレナ城を訪れていた。
 決められたこととはいえ婚約していたのだから、それなりに話もしたが、これといった印象は残っていない。
 領主の娘として結婚はこんなものだろうと感じていたが、シェンヌ卿を個人的には好きではなかったのだと、今更ながら気づいた。
 しかし家族としては、本人が傷つくだろうと今の今まで黙っていたのだろう。
(さっさと言ってくれれば、気に病むこともなかったのに)
 エリーシアは心が軽くなってきたのを感じたが、あからさまにするのもどうかと思われたので、とりあえず咳払いをして誤魔化した。
(それにしても……)
 シェンヌ卿とのことはどうでもいいが、新しい結婚相手がもう決められているとは。

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