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契約恋愛~カラダから始まるロマンス~

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  • 作家鮫島礼子
  • イラストnira.
  • 販売日2014/10/14
  • 販売価格300円

カラダの関係から始まった二人。カラダを重ねる度に心が揺れて私は淳也さんを好きになってゆく。地味なOLの私が父親の借金返済のために会社に内緒で始めたアルバイトは交際クラブのコンパニオンだった。毎週決まって土曜日に現れる淳也さんは店の大切なお客様なのに気がつくと私は彼の事ばかりを考えている。ホテルの部屋のベッドで彼と肌を合わせている時だけは嫌な現実を忘れられる。気がつくとお金だけでは割り切れない感情を私は抱えていた。本気で好きになってはいけないと頭の中では理解しているつもりなのに心は乱れてカラダは彼を求めてしまう。彼は私のことをどう思っているのだろう。そんな事ばかりを考えてしまい……。

「どうしてこんなことに」

四月の肌寒い日の午後。私、中村(なかむら)優里(ゆり)は点滴で眠っている母親の顔を漠然と眺めていた。病室の白いパイプベッドですやすやと寝息を立てて眠る母親の顔はこの前会った時よりも一回り以上は小さくなった気がする。父親からわざわざ会社宛に緊急の電話がかかって来たのは一昨日のことだ。母親が倒れて父親の会社が倒産したと言う。いや正確には父親の会社が倒産したショックで母親が倒れて入院したらしい。上司に相談をして五日間の休暇を取り、昨日の昼近くに実家に戻ったけれど、目の前の状況を受け入れられずにいる。

「この間までは何でもなかったのに」

年末から帰省をして正月の三日間を実家で過ごした。毎年恒例で大みそかの十二時を過ぎると家族全員で出かける神社への初詣。母親が作る鶏肉の優しい味わいの年越しそば。一日の午前中は近所の親族の家へ遊びに行ってゲームをしたり、お酒を飲んだり、中学生の従兄達にお年玉を渡した。当たり前のように毎年繰り返される恒例行事。つい数カ月前までは父親も母親も私も笑って過ごしていたのに今は目の前が真っ暗で何も考えられない。濡れた手拭いを絞り、母親の顔の寝汗をそっと拭く。じっと顔を見つめるがやはり顔色が悪い。全体的に青みがかっている。医者は疲労だと言っていた。病室には西日が射しこんでいる。この病院は建て替えたばかりで全てが新しくて清潔感に溢れている。初めに倒れた時は脳神経外科に緊急搬送をされてCTやMRIの検査を行ったが、脳に関する異常は見つからなかった。その時に担当医師のすすめで内科と胃腸科のあるこの専門医院に入院する事になった。担当の看護師が通りすがりに私の姿を見かけて話しかけてくる。

「中村さん。お母さんはもう容体が落ち着いたようだし、これなら明日からの検査は大丈夫そうですね」

「そうですか。ありがとうございます。ただ顔色が悪い気がするのですが」

「そうですね。やっぱり疲労と胃にストレスがあるのかもしれませんね。明日調べるとわかりますからね。安心して下さい。中村さん」

看護師が任せて下さいという笑顔を見せる。

「検査結果はすぐにわかるのですか」

「そうですね。その項目によるのですぐにわかるものと二、三日かかる項目があります。例えば小さいポリープがある場合はその場で取ることもありますよ」

「その場で」

「ええ。今は手術と言っても軽い場合もあるし内容によりますが、あ、あとで担当の医師から説明をしますね。もう少し待ってもらえますか」

「はい。まだここにいます」

「じゃあ、少し時間がかかるかもしれないけど、お待ちください」

「わかりました」

看護師はナースステーションへ足早に去っていった。母親は一日中ほとんどの時間点滴をして眠っている。左腕には点滴用の針がしっかりと固定されている。銀色のキャスター付の点滴台には大きいサイズの点滴パックと黄緑色の液体が入った小さいサイズの点滴パックが並んでぶら下がっている。

「お母さん。早く良くなってね」

眠っている母親のおなかの辺りをさする。少しでも良くなって欲しいと願いながらも私には何も出来ないのだと痛感をしている。こうして母親に付き添って必要な物を家から持ち込んだ後はただ、母親を見守っているだけだ。私は何て無力な人間なんだと自己嫌悪に陥っている。父親の会社の事もそうだった。父親は友人の保証人になって逃げられてしまった。会社自体は順調だったが保証人になった分の借金を抱えたという。その金額は一億円だ。一億。一千万円ならともかく一億円という金額に途方に暮れていた。私は食品会社の経理課に正社員として勤務をしているがとてもそんな借金を返す余裕はない。一人暮らしをしているし、貯金もそれほど持っていない。積み立ての定期預金を解約すれば百万円程度にはなるだろうが母親の入院費や当面の生活費ですぐに消えてしまうだろう。

「お母さん」

思わず泣き出しそうになり、話しかける。すると母親が目を開けた。

「優里? 優里ちゃんなの。ここは」

「お母さん。起こしちゃってごめんね。ここは病院なの」

「病院? 私はどうしちゃったのかしら。ええと」

「あのね。お母さんは家で倒れて救急車で運ばれたのよ」

「私が? えっ、そうだったの。え、これは夢なのかしら。ゆ、優里ちゃん」

ベッドの上に起き上がろうとする母親はそのまま崩れるようにベッドの横に体をぐにゃりと折り曲げて力なく倒れ込む。

「お母さんっ」

母親がベッドから落ちないように慌てて支える。ばびゅっという小さく鈍い音が響いた。

「えっ、ちょ、お母さん。お母さんってばー、大丈夫? ねぇ」

母親が大量に血を吐いていた。どす黒い血の塊(かたまり)が口の中から流れ出る。私のTシャツとジーンズに一瞬で飛び散った。グレー色の床に血が溜まっている。

「お母さん大丈夫? どうしよう。お母さん、お母さん、ねぇ、お母さんっ」

必死で叫ぶ。パニックになってどうしたら良いのかわからない。ちょうど廊下を歩いていた入院患者のおばさんが私の声を聞いて病室を覗(のぞ)きに来た。

「待っていなさい。看護師さんを呼ぶからね」

パジャマ姿のおばさんはベッドの枕元にあるナースコールを押してからナースステーションに向かって叫びながら早足で歩き出す。

「お母さん、お母さんってばー、ねぇ、お母さん、死なないでー」

泣きながら母親の体を抱えて背中をさすり続けた。白いシーツが血の色で真赤に染まっていた。西日が二人を橙色(だいだいいろ)に包み込んでいる。

五月の風はまだ肌寒い。去年よりも気温が低く感じるのは気持のせいなのかもしれない。去年までは学生時代の友人と日帰りドライブを楽しむかどこかに泊まりに行くか何かしらのイベントで遊んでいたのに今年はそんな余裕はない。私は四月の一件で実家から自宅に戻るとすぐに会社帰りに勤められるアルバイトを探した。自宅で出来るパソコンの入力作業にも登録したがバイト料は出来高制なので実際にまとまった金額をすぐに得るのは難しい。自宅近くの居酒屋かコンビニでアルバイトをしようと考えたが私が勤めている会社は原則アルバイトを禁止している。もしも他の社員に見つかったらと思うと勇気が出なかった。それならばいっそのこと時給がうんと高い仕事をしようと思い、いくつかのキャバクラを見学したがとても出来そうにない。けれどもそんな事ばかりは言っていられない。今夜から私は自宅から二駅ほど離れた繁華街のスナックでアルバイトをする事にした。店にはママとチーママがいる。他のホステスは昼間の仕事をしているOLばかりなので何とかやっていけるかもしれないと考えていた。

「こんばんは。初めまして。エレナです」

私のホステス名はエレナだった。店のチーママが、瞳が大きくハーフのような顔立ちだと言ってカタカナの名前をつけてくれた。店の客にはクオーターで祖父がロシア人だと言いなさいとチーママは言った。そんなに背は高くないが色白でロシア人の血が混ざっているように見えなくもない。「いい? エレナちゃん。お客様の前では優里を捨てるのよ。エレナちゃんに変身をしてエレナちゃんとしてのプロフィールを作って適当にあしらえばいいの。お客様に夢を与えるのがエレナちゃんの仕事なのよ。言っている意味はわかるわよね。何か困った事があれば私に言いなさい。他のホステスも皆初めはお酒もつくれなかったのよ。だから最初は何もわからなくてもいいの。必ず先輩ホステスとセットにするから先輩の接客を見ながら体で覚えていきなさい。いい? この仕事はね。昼間のOLの仕事と何も変わらないのよ」

店のママもチーママも元々はOLをしていて今は水商売だけで暮らしていると言う。二人とも結婚をしているが客の前では独身を装っている。客には彼氏はいないと言うようにアドバイスをしてくれた。客とのメールや電話や同伴や何でも困った事があったらすぐにチーママに相談するようにと言われてほっとした。店の体験入店の日は何事もなく過ぎて二度目の出勤の夜、それは起こった。

「エレナは俺の酒が飲めないって言うのか」

酔っぱらった客が立ち上がり今にも私に襲いかかろうとした。すぐに先輩ホステスが客の両肩に手を置くと、「はーい、そっちじゃなくてこっちよー」と軽くなだめる。「それじゃあ、私が遠慮なくいただきますね。シャンパンを開けてもよろしいですか?」とチーママが緊迫した空気を一瞬で和(やわ)らげた。急に怖くなり店を飛び出してビルのフロアにある女性用トイレの個室に駆け込んだ。しばらくすると先輩ホステスがトイレのドアをノックした。

「エレナちゃん。ここにいる?」

「うっ、はい。すいません。私」

「あらー泣いているの? ごめんね。あのお客様は飲み過ぎるといつもああなのよ。普段は優しいんだけどね。たまーにおいたをするのよ。きっと会社で嫌な事があったのよね」

「は、はい。ごめんなさい。本当に。な、なにも出来なくて。うっ、うう」

洋式トイレの蓋を閉めた上に腰掛けて涙を流す。情けない。男性客が立ち上がって大声を出しただけで恐怖を感じて何も言い返せなかった。ホステスという仕事がこんなにも大変な仕事だとは思いもしなかった。ただ客の横に座ってにこにこして水割りを作って出せばいいと簡単に考えていたがそうじゃなかった。お喋りが得意ではないからキャバクラ嬢は無理だと思ってスナックにしたが、どちらにしてもすぐに馴染めるような仕事じゃなかった。たった今身をもってそれを知った。それに酒があまり強くはない。飲むと言ってもたしなむ程度で酎ハイを二、三杯がいいところだ。スナックには全くお酒を飲まないホステスもいるがまるで飲んでいるように会話が上手かったり、客を上手にあしらったり、皆それぞれのテクニックを持っている。ここでも何もできない自分に嫌気がさしていた。

「エレナちゃん。お水かお茶でも持ってこようか?」

「うっ、は、はい」

「どっちがいい? お茶にする?」

「は、はい。お願いします。ありがとうございます」

あまりにも情けなくて人に頼ってばかりの自分が嫌になった。会社でも飛び抜けて仕事が出来るわけではない。特別にパソコンの入力が早いとか計算が早いとか何かスキルがあるわけでもない。スナックでも特別美人だとか客を持っているとかカラオケが上手いとかそんな能力もない。どうして自分は何も持っていないのだろうとどんどん気持ちが落ち込んでいく。

「エレナちゃん。はい。お茶を持って来たよ。開けてくれる?」

ドアを開けるとチーママが笑って立っている。

「なーに気にすることはないのよ。エレナちゃん。皆最初は同じだから。私もね。昔はトイレで泣いた事があるわ。店のトイレでも会社でもね。ふふふふ。懐かしいわー。いいねー、若いって」

チーママは三十代なのに私の母親のような貫禄(かんろく)がある。思わずチーママに抱きついて泣き出してしまった。

「エレナちゃんは家の借金を返さなくちゃいけないんでしょう。だったら一緒に頑張ろうよ。三カ月もすれば慣れるから。会社に入った時を思い出してごらん。初めは何もわからなかったでしょう? 電話一本取れなかったんじゃない?」

「うっ、そ、そうです。チーママの言う通りです」

「でしょう? だったら会社と同じだと思えばいいの。うちのお店はエレナちゃんの会社にいる上司と似たような客層なんだから、そんな必要以上に怯えちゃ駄目よ。ほら笑って。そうそう、リラックスをして。エレナちゃんは真面目過ぎるのよ。そうねー、もっとこう肩の力を抜いて接客をしないとねー、おもてなしなんだから」

「はっはい。チーママ」

「真面目なのは良い事だけどね。エレナちゃんが緊張をして構えているとお客さんも変に構えちゃうからさ」

「そうですよね。チーママの言う通りだと思います」

「そうね~。今日はどうする? 早退にするかい?」

「い、いいえ」

「エレナちゃん。じゃあここでちょっと休んで後から戻って来なさいね。今日は帰ってもいいけど、その前に必ず店に寄って顔を見せてね」

「チーママ、ありがとうございます。」

個室のドアを再び閉めると静かに目を閉じて呼吸を整える。ジョッキに入った冷たいウーロン茶を飲んで気持を落ち着かせる。駄目よ! ここで挫折(ざせつ)をしちゃ駄目なのよ。ここで逃げても何の解決にもならないのだから。そう自分で自分に言い聞かせる。ピンク色のネイルを塗った左手を胸の中心に当てて目を開ける。目の前のベージュ色のトイレの壁をじっと見つめてさっきの客の顔を思い浮かべ、小声で呟く。

「ごめんなさい。上手く出来なくてすいませんでした」

昼間の仕事でミスをして上司に謝っている時と同じように頭を下げて心から謝る。これは仕事なのだから出来ませんじゃなくて出来るようになれなければならない。そうしないと給料はもらえない。早く一人前のホステスになろうと心に誓った。

六月になった。昼間のOLの仕事と週末のスナックでのアルバイトに慣れてきたが疲れが溜まっていた。今夜は指名客が来たので終電ぎりぎりまで接客をしていた。いつもなら電車に間に合う時刻なのに足が重たくて駅まで走る事が出来ずに終電を逃してしまった。

「嫌だ。どうしよう。タクシーは勿体ないし」

店に戻ろうかと考えたがもうこれ以上客の相手をする気にはなれない。始発まで漫画喫茶でも探そうかと思いつつ、駅前のコンビニに立ち寄る。雑誌コーナーで女性誌を片っ端から読んでいるとふと視線を感じた。振り向くと遠野(とおの)景子(けいこ)が店のカゴを手に持って微笑んでいる。

「優里ちゃんじゃない」

「あ、景子さん」

景子さんは会社の同僚で経理部の先輩にあたる。景子さんは目鼻立ちがクッキリとした美人で実年齢は四十歳だがどう見ても三十代前半にしか見えない。近くで顔を見てもしっとりとした肌に不思議な魅力があり同性から見ても美人だなーと見とれてしまう。離婚をしてこの会社に勤めるようになったというが詳しい話は知らない。ただ、会社では余計な噂話はしないし、それでいて男性社員にも女性社員にも好かれている。美人なうえに控え目で仕事が出来るし、誰に対しても同じ態度で接するので好感度が高い。

「珍しいわね。飲み会の帰りなの?」

「は、はい。まぁ」

スナックでアルバイトをしている事を知られるのはまずいと思い口籠る。

「これからどこかに遊びに行くの?」

「いえ、あの、私、実は終電に乗り遅れて。この辺で漫画喫茶か二十四時間営業のレストランでも探そうかと思って」

「あらそう。優里ちゃんは一人なの? 他にお友達は」

「いません。一人で始発まで待とうと思っています」

「そうー。それじゃあ良かったらうちに来ない?」

「えっ」

「すぐ近くなのよ。狭いけど眠る場所位はあるわよ」

「そんな。悪いです」

「うふふふ。悪くなんかないわ。大歓迎よ。それにお茶とお菓子位はあるわ。何ならスパゲティでも作ってあげられるけど、どう?」

「そんなー、でもいいですか? 本当に泊まっても。迷惑じゃ」

「うん。もちろんよ。全然迷惑なんかじゃないわ。むしろ優里ちゃんなら大歓迎だわ」

「それじゃあ、私何か飲み物でも買います。景子さんは何がいいですか」

「ふふふふ。いいの、いいの。丁度退屈だったから。帰ったらDVDでも見ようかと思っていたところだし」

「じゃあ、今夜は甘えさせていただきます」

「うふふふ。嬉しいわ。こんなところで会うなんて。さて、じゃあ買い物を済ませて行きましょうか」

「あっはい」

二人で白いビニール製のコンビニ袋の持ち手を片方ずつ持ってぶらぶらと揺らしながら姉妹のように並んで歩いた。マンションはコンビニのすぐ裏の道を真直ぐに歩いて行くと三分もしない内に着いた。レンガ色風の大型マンションでかなりの世帯数が入居しているようだ。

「古いマンションだけど、ここは光熱費が安いし」

「景子さん。便利な場所にすんでいるんですね。家賃はどれ位なんですか」

「ここはね。賃貸で住んでいる人と持ち主の人が混在していてね。私は、部屋のオーナー兼居住をしているのよ」

「えっ、じゃあ景子さんが買ったんですか」

「うん。そうなの。ほぼワンルームだけどね」

「すごーい」

景子さんは正社員の私と違って地域社員なので給与やボーナスは低い。堅実にお金を貯めて買ったのだろうか。

「優里ちゃん。でもこの話は会社の皆には内緒にしてね」

「はい。わかりました」

会社の給料から考えるとマンションを買うのは不可能ではないが難しい気がする。もしかして中古マンションだから安く買えたのだろうか。

「どうぞ優里ちゃん。狭いけど布団はあるから」

「景子さん。こんな夜遅くにすいません。ありがとうございます。お邪魔します」

玄関は小さいが綺麗に片付いている。茶色い木製のシューズクローゼットの上には花や額縁に飾られた少女の絵が微笑んでいる。アロマのような甘く爽やかな香りが漂っている。女性らしい品のある部屋だ。

「うわっ、何だか女の人の部屋って感じがします」

「えー優里ちゃん。面白いことをいうわね。優里ちゃんも女の人でしょう」

「私の部屋ってこういう女の人っぽい雰囲気じゃないんですよね。こう飾り気が無いって言うか、実家は結構ちゃんとしているんですけど。母は花を飾るのが好きなので」

「そう言えばお母さんの具合はどうなの?」

「一応退院をして無理をしない程度に家の中で動いているみたいで」

「良かったわね。日常的な事は一人で出来るの? 食事の用意とか洗濯とか」

「ええ。それは大丈夫なんですけど疲れやすくなったみたいで、結構電話がくるし、愚痴が多くなりました」

「優里ちゃんも大変ね。一人っ子なんだものね」

「はい」

「お父さんは元気なんでしょう?」

「まぁ、そうなんですけど」

「さ、取りあえず上がってその辺にバッグを置いて。上着はこっちにかけてくれる?」

「はい。ありがとうございます」

「お茶を淹れるからソファーでもカーペットの上でも好きな場所に座ってね。寝転んでいいわよ。そうだ。パジャマを持ってくるわね。顔は向こうの洗面台で洗ってね。もう遅い時間だからシャワーは明日にしてくれる?」

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて先に着替えてもいいですか」

「もちろんよ。楽にしてね。優里ちゃん。女同士なんだから」

景子さんの言葉と笑顔に心が癒されるのを感じた。もしも自分に姉がいたらこんな風にしてくれるのだろうか。クリーム色ベースにピンク色の花模様をあしらったパジャマともこもこの靴下と新しいショーツを受け取り、洗面台で顔を洗ってパジャマに着替えるとまるで実家に帰ったようにラクな気持になった。部屋に戻ると温かいほうじ茶と甘いお菓子とチーズ、クラッカーが並んでいる。

「優里ちゃん。良かったらお酒もあるわよ。ワインと酎ハイ、小瓶の日本酒もあるけどどうする?」

「いえ、私はお茶でいいです」

「そう? 遠慮なく言ってね」

「ありがとうございます。景子さんはお酒を飲むんですか」

「そうね。たしなむ程度かな。後は眠れない時に少し飲んでころっと寝ちゃうの」

「ふーん。眠れない時ってあるんですか」

「ふふふ。あるわよ。この年になれば色々とあるの。でもね。忘れちゃう事にしているの。嫌な事はすぐに忘れて楽しい事だけを覚えておくようにしているの。そうするとラクよ。といってもまだ優里ちゃんは若いから色々と楽しい事があるかしら」

景子さんはクラッカーにオレンジ色のチーズを乗せて口の中に放り込む。私はほうじ茶をすすると胸の中がじんわりと熱くなるのを感じた。

「うーん。ありますね。色々あります。今年は本当に色々あったなー」

正月の頃をふと思い出す。次に思い浮かべたのは母親が入院をした頃だ。

「ふふ。どうしたの? 暗い顔になったわよ。優里ちゃん。まだ半年しか経っていないけど今年も終わったなーってゆう心境なの?」

「あーそうですよね。まだ六月なんだ。嘘みたいだなー。後半年もあるのかー」

テーブルの上で腕を伸ばして顔を伏せる。この四月から今までの間の出来事が頭の中に改めて蘇る。父親の会社の倒産と母親の入院と緊急手術、父親の借金返済の為のアルバイト、何だか悪い事ばかりが続いている気がした。家族一緒に毎年神社に初詣に出かけているし厄払いをしているし墓参りも欠かしていない。仕事だってそれなりに頑張っている。それなのにどうして私だけがこんな目に遭うのかという思いがこみ上げる。

「どうしたの? 優里ちゃんさぁ、最近疲れてるでしょう」

「……」

景子さんは何でもお見通しなのだろうか。黙って静かに私の頭を撫でてくれる。その母親のような手つきが懐かしい。柔らかい掌の温もりに包みこまれるようだ。泣き出してしまわないようにと出来るだけ感情を抑える。優しくされるとつい甘えたくなる。胸の中に押し込んでいる感情が溢れてくる。

「優里ちゃん。私で良ければ力になるわよ。何でも言ってみて」

「は、い」

テーブルの上に顔を伏せたままで私は答える。数十秒間の沈黙が流れた後で景子さんが自分の話をぽつりぽつりと静かに語り出した。

「実はね……」

景子さんは自分が前に結婚をしていた時の話を始めた。優しくて働き者だった夫が実はギャンブル狂いだったこと。仕事をしているうちは良かったけれども会社で何度かパワハラをしたとかしないとかで揉めて結局は会社を退職したこと。その退職金の全てを競馬とパチンコに使い果たして景子さんが働くようになったこと。景子さんは母親しかいないので母親には本当のことを言えなかったと言う。借金の返済に追われるうちに自然と数字に興味が湧き、通信教育で簿記の勉強をしながら必死でパートをしたり、夜の店で皿洗いをしたり、生活を支えたと言った。それなのに夫は新しい女を作って、その上借金を押しつけて突然姿を消して大変だったこと。無料の相談所に行って弁護士に相談をしてアドバイスをもらい、別居期間を経た後で裁判所を通じて離婚をしたと言う。

「景子さんにそんな事が」

「そうよ。それでね」

景子さんは今の会社に入社をしてから新しいアルバイトを始めたと言う。

「ねぇ、優里ちゃんはもしかしたら何かアルバイトをしているんじゃないの」

「わかりますか」

「ええ、だって最近仕事中に疲れて見えるもの」

「すいません。私ったら顔に出ていますか」

「そうね。ほら、以前ならしないようなミスが増えたでしょう。だから、どうしたのかなって」

「ええ、実は私もそう思っていたんです。このままだと両立が出来そうにないしいっそのこと会社を辞めようかと思って」

「辞める? 辞めるのは良くないと思うわ。せっかく正社員なんだからもう少し続けてみたら。ところでどんなアルバイトをしているの? 飲み屋さんかしら」

「はい。実はスナックでホステスをしているんですけどあまり上手く出来なくて」

景子さんはそう、と言って立ち上がり、冷蔵庫のドアを開けた。

「優里ちゃんも一杯だけ飲もうか」

「そうですね。飲みます。飲んだ方が話しやすいし」

「ふふふふ。でしょう」

景子さんがグレープフルーツ味の缶酎ハイを一本開けてコップに注ぐ。

「はい、どうぞ。とりあえず乾杯しようか。優里ちゃん」

「そうですね。乾杯」

何に対してなのかわからないが二人が親しくなった記念のように感じた。父親の借金の話を打ち明けて何とか効率よく返済したいと景子さんに相談をした。そうね、としばらくの間考えてから自分がどんなアルバイトをしているかという話を始めた。

「会社の人には絶対に秘密よ」

「もちろんです。約束します。絶対に誰にも話したりはしません」

二人はどちらともなく小指を絡めて指切りをする。「交際クラブ合鍵」という店で景子さんは数年間働いてこのマンションを購入したと言う。結婚はもうこりごりだから後は老後の資金を貯めているのだと言う。

「それに母親の面倒もみないといけなくなるかもしれないしね」

「そんなことまで考えているんですね。私なんて自分の仕事もちゃんと出来ないのに借金のことで頭がパンクしそうで」

「それはそうよ。優里ちゃんはまだ若いもの無理もないわ。お父さんは倒産したけど自己破産をするつもりはないの?」

「ええ、それが、やっぱり借金をちゃんと返してまたいつか商売を再開したいと考えているみたいで」

「そう、そうよね。年齢的にも今更働き口も無いか」

「そうなんですよ。それに母の事もあって」

「うーん、難しいわね。優里ちゃん、もしもよ。優里ちゃんが目標を決めて借金を何とか返すって本気で思うなら私の働いているお店を紹介するわ。優里ちゃんなら若いから多少料金設定を高くしてもいいお客さんが付くと思うし、スナックで嫌な思いをするよりは楽な仕事よ」

「……」

とっさに答えられなかった。確かに景子さんが言う通りに交際クラブで働いた方がずっと早く確実に借金を返す事は出来るだろう。けれどもそれは売春をするのと同じことだ。

「なんてね。まぁゆっくり考えてみて。私が優里ちゃんを助けてあげられる方法はそれ位しかないわ」

「はい。わかっています。景子さんありがとうございます」

残りの酎ハイを一気に口の中に流し込む。酔いが急に回ってくる。頭の中の記憶がぐるぐると回転している。

「どう、しようっ、かなー」

ふんわりと体が軽くなる。あっと言う間に気を失いそのまま眠りについた。

一週間後、私は「交際クラブ合鍵」で働くことになった。お酒が弱い上に酔った客の相手が苦手な私がスナックでホステスを続けるのは難しいと感じていた時だった。それに合鍵でアルバイトをすれば却って会社にバレる可能性が低くなる。合鍵の店長の佐藤(さとう)と話し合い、スナックで使っていたエレナという名前をそのまま使うことにした。合鍵のシステムは表向きは出会いを求める女性と男性を仲介するという内容を提示している。男性側は予め入会金を支払い、運転免許証などの身分証をコピーして会員になり合鍵に登録している女性の写真やデータを見て相手を選ぶ。女性側が承諾をするとお互いの都合が良い日時にホテルのラウンジやレストランを予約してお茶や食事を楽しむという流れだ。初回のお茶や食事を一時間楽しむと女性側はアルバイト料として五千円をもらう。それ以降の希望については予め店側と女性側に取り決めがある。

「エレナさん。ホテルに行く場合の料金はどうしようか。時間は九十分なんだ」

「はぁ、料金ですか」

「そう。一応ね。相場は最低で三万円で最高は十万円位だね。エレナさんの希望はいくらかな」

「ええと。そうですね。どれ位って。うーん」

自分の料金ということはイコール自分の体がいくら位の価値なのかという計算になる。一度セックスをして三万円貰えるとしても一日中会社で働くよりもずっとお金になる。そう言えば景子さんは五万円位がいいのではないかと言っていた。

「あの佐藤店長。ご、五万円でもいいですか」

「おっいいところだね」

店長の銀縁の眼鏡の奥にある目が笑った。

「実はそう言おうかと思っていたところなんだよ。あまり高すぎても本数が少なくなるからね。五万円位が丁度良いお客さんがつくかもしれないし、リピートしやすいんだ」

「へえー、そうなんですね」

「よし、じゃあ早速だけどエレナさんの写真を撮ろう」

「今ですか」

「ああ、善は急げだ」

店長は棚の扉を開けてポラロイドカメラを取り出す。

「どうしたら良いのですか」

「そうだな。まずはそのままで座って。試しに一枚だけ撮るから」

慌てて背筋を伸ばす。

「いいね。斜め横から撮るよ。左右いくからね。そう、うんいい感じだ。よし壁際に立って」

店長に言わるがままにポーズをつくるがぎこちない。笑ってーとか目力を入れてーとか言われるが緊張がほぐれずに怖い顔つきになる。

「よし、そう笑顔、笑顔。エレナさーん、はーい、口角を上げて上げてー」

やっと少しだけ表情が柔らかくなった頃に撮影が終わった。

「ポラロイドだと修正出来なからいいんだ。お客様はね、最近の修正画像にはうんざりなんだよ」

「そういう意味なんですね」

確かに顔や体型がそのままで映ってしまう。恐る恐る自分の写真を眺めると意外と綺麗に映っている。顔もちゃんと笑っている。

「良かった~」

「うん。どうしたの。エレナさん」

「私、写真が苦手で」

「ふ~ん。今時珍しいね。プリクラとか自撮りとかしないの? うちの会員で学生の子は自分からどんどんポーズを決めてくるけどね。ある意味プロのモデルみたいだよ。自分の顔が右側から見るのと左側から見るのとどっちが綺麗かなんてよくわかっているからね」

「友達はそういう子もいましたけど私は自分の顔があまり好きじゃなくて。だって父親に良く似ているって言われるんです」

「尚更いいじゃないか。女の子は父親の顔に似ると幸せな結婚が出来るって昔から言うんだぞ。それにエレナは目がいいね。実に綺麗な目をしている」

「佐藤店長、本当ですか」

「そうだよ。じゃなかったら登録してもらわないからね。いくら純(じゅん)さんの紹介でも。もっと自信を持つといい」

純と言うのは合鍵での景子さんの名前だ。

「純さんには本当に色々と相談に乗って貰って」

「そうだろう。純さんは若い時から苦労をしてきているから本当にいい子なんだ。僕としては純さんにも幸せな再婚をして欲しいけどね。本人にその気がないようだからさ」

「そうみたいですね」

「まぁ、エレナさんはこれから目一杯稼いで目標金額を手にしたらこの仕事をすっぱり辞めるんだぞ」

「えっ」

「僕はこの仕事は一時的なものだと思って欲しいと女の子達に言っているんだ。ずっと続ける仕事ではないから。留学でもマンションを買うでも何でもいい。目標を達成したらきれいに足を洗ってここでの名前と過去を捨てて元の自分に戻るように、ってね」

「元の自分」

私は私であって私ではない。ここでは中村優里では無くてエレナとして振る舞っていかなければならない。ずっと続けるわけじゃないのだから。ほんの少しの間だけ変身をすればいい。週に一度か二度、長い人生のほんの一時をここで過ごすだけ。借金を返し終えたらすぐに辞めればいい。

「それじゃあ早速だけど、今夜から働いてもらおうかな。エレナさん」

「今夜ですか」

「ああ、丁度良さそうなお客さんがいるんだ」

「わかりました」

私はエレナなんだから大丈夫。うまくやれると自己暗示をかける。純さんに仕事の流れは教わっている。受け答えや立ち振る舞いも何度も疑似レッスンをした。まずはやってみないとわからない。悩んでいる時間はもうない。

「それじゃあこれが地図でね」

店長はホテルの名前と場所を説明し始めた。エレナにとっての初仕事だ。絶対に失敗は出来ない。

一時間後、私は関(せき)淳也(じゅんや)とベッドを共にした。

「初めましてエレナです」

淳也さんが待つ部屋に入り緊張しながら顔を上げると、そこにはクールな眼差しの男が佇んでいた。白いワイシャツに細身のネクタイですらりとした外見をしている。髪色はほんのりと茶色がかって少し長めだ。店長には三十歳だと聞いているが二十六、七歳に見える。手元を眺めると白くて細長い指先だった。淳也さんは私を鋭い視線で捉えると先にシャワーを浴びて来ると言って浴室に消えた。私はどうしたら良いのかわからずに野球放送が映ったテレビ画面を見つめながらソファーに座って待った。淳也さんが出て来て交代でシャワーを浴びようとした時にそのまま押し倒された。

「今したいから」

私は半ば強引にベッドへ連れて行かれた。淳也さんにスカートを脱がされてストッキングを履いたままで大切な部分をなぞられて自然と目を閉じる。明かりが点いたままの部屋で淳也さんに見つめられて抵抗も出来ずに要求を受け入れる。恥ずかしいと言いたくても恥ずかし過ぎて言葉が出ない。

「ストッキングを破いていいか」

断りきれずに素直に頷いた。勇気を出して少しだけ目を開けると一瞬淳也さんの顔が微笑んでいたような気がした。ザザザザザと鮮やかにストッキングが引き裂かれた。私のショーツをずらし淳也さんの細長い指先がすんなりと入ってきた。膣の中にもすぐに……。一本、二本、三本目までは覚えている。その時点で膣の中がどっぷりと濡れているのを感じた。初対面でいきなりこんな事をされて濡れている自分が嫌だった。淳也さんは膣の中をしっかりと確認をしてコンドームをつけるとすぐに入ってきた。私の中に入ったペニスは更に存在感を増してゆく。まるで尖(とが)ったナイフのように内部をかき回すと熱く激しく爪痕(つめあと)を残して一気に果てた。

店長の話によると、淳也さんは最近合鍵に登録をした客で自分が空いた時間にすぐに会える女性を指名すると言う。学生と人妻はNGで年齢的には二十代半ばから淳也さんと同じ三十歳までの相手を希望する。通常は店でお茶か食事をして顔合わせして話をしてから問題がなければホテルへ行くという流れだが彼の場合は自分が取った部屋に女性を直接呼んでデートはしない主義だと言う。それならばデリバリーヘルス嬢を呼ぶ方が早いと思うのだがそれは嫌であくまでも一般のOLと会うのを望んでいるらしい。一度目を終えた淳也さんはすぐに煙草を吸ってスポーツドリンクを飲むとベッドに横になった。

「俺は人前で恋人と並んで歩くのは嫌なんだ」

「あ、そうなんですね」

どう切り返して良いのかわからない。二人とも裸のままベッドの中で天井を見上げて会話をしている。初めてのコトが終わったけれど、淳也さんの目は冷たいままで良かったのか悪かったのかよくわからない。セックスの最中もほぼ無言で反応が全く読めなかった。

「それから手を繋ぐのは絶対に嫌だね」

「そうなんですね」

どうしてですか? と聞けない。聞いてはいけないような雰囲気がそこにはある。かといって淳也さんは性欲を満たす為だけに女性を呼んでいるようなタイプではないように思える。決して女性に困っているような雰囲気ではない。もしかすると仕事が忙しくて特定の恋人を作れないのか、恋人もしくは奥さんも忙しい女性なのかもしれないと想像をする。

「もう一回してもいいか」

「あっはい」

「エレナ、ちょっと舐めてもらえるかな」

エレナさんでは無くエレナと呼び捨てにされると何故だかビクンとする。

「は、はい」

体を滑らせるようにベッドの上を低い姿勢のままで移動をする。淳也さんの視線を感じながら、柔らかくなったペニスをそっと口の中に含む。両手で本体をそっと抱えながらさすりつつペニスの頭の部分を丹念に舐める。舌先で軽くちろちろとくすぐるように優しく舐める。大事な宝石のように睾丸(こうがん)を掌で軽く揉みほぐす。「愛おしい恋人とセックスをするのと同じようにするのよ」と純さんが教えてくれた。二人で過ごしている間は恋人同士と同じだということらしい。目の前の愛おしい淳也さんのペニスにキスをする。冷たい感触が心地よい。徐々にそれは反応を示して蘇ってくる。ぽこんと音がするようにペニスが根元から立ち上がる。たっぷりと唾液を含ませて唇を濡らしてペニスを味わう。学生時代の何人かとのセックスでは決してこんなに積極的な行為はしなかった。今は仕事だと思うと真剣になるし、エレナという別人なので大胆に変身出来る。淳也さんが求めるサービスは出来るだけ喜んでもらえるようにしなくちゃいけないと頭の中で考える。どうしたら気持良くなってくれるのか。どこが感じるのか。何を求めているのか。頭の中をぐるぐるとそんな思いが過る。

「いい。気持がいいよ。エレナ」

どうやら淳也さんはこの舐め方を気に入ってくれたようだとほっとする。

「おいで」

「はい」

淳也さんは長い両腕を伸ばして私の体を引き寄せるとすぐに起き上り、正常位で挿入した。

「淳也さん。あの」

「大丈夫だ。もうつけてあるから」

コンドームの事だ。いつの間につけたのだろう。本来なら私が淳也さんのペニスにつけなければならないのにいつの間にかつけていてくれた。ここでも仕事をミスしてしまった自分が情けなくなった。

「ごめんなさい。私」

「いいから。ほらエレナ」

すぐに淳也さんは激しく前後に腰を動かす。淳也さんは私の感じる部分を初めから知っているようだった。一度目のセックスでもすぐに頭の中が真白くなった。受け入れるだけで精いっぱいだった。セックス自体が数年ぶりだったせいもあるのかもしれない。さっきも淳也さんのペニスを舐めながらも大切な部分が濡れてくるのが自分でもわかった。久しぶりに男性と肌を合わせて興奮をしているのだと思った。淳也さんのペニスを受け入れている膣の中はぐっしょりと濡れている。必死で淳也さんにしがみつく。

「すごい。エレナは感じやすいんだな」

「ごめんなさい」

謝る必要はないのに自分が淫乱(いんらん)な女のように感じて思わず顔を背ける。

「エレナ、俺の目を見て」

「はっはい」

慌てて淳也さんを見つめると淳也さんは微笑みながら「ぐしょぐしょだよ」と言った。恥ずかしいけれど逃げ場が無い。濡れてゆく膣の中でますます熱くなる淳也さんを感じながら、二人は一気に果てた。二度目のセックスが終わるとすぐ淳也さんはシャワーを浴びて先に出るからと六万円を私にくれた。

「淳也さん。料金は五万円なんですけど」

「一万円はおまけだから。どうせ店に一万円取られるんだろう」

淳也さんの言う通りにセックスをした場合は一万円を店に納めるシステムになっている。

「前の子に聞いたんだ。だから取っておいて」

「わかりました。それじゃあいただきますね。ありがとうございます」

「じゃあね。エレナ」

「はい。気をつけて」

淳也さんが去っていたホテルのベッドの上でしばらくの間裸のまま呆然(ぼうぜん)と座り込んでいた。これで私はもう違う世界に足を踏み入れてしまったとか穢(けが)れてしまったとか様々な思いが複雑に絡み合っている。思わず自分で自分の体を抱きしめる。

「すぐに帰っちゃうなんて、嫌われたのかな」

淳也さんが私の事を気に入ったのかそれとも気に入らなかったのか全くわからなかった。

私は、金曜日と土曜日の夜にエレナとして出勤をしている。徐々に指名客が増えてきた。純さんと似たような時間に仕事が終わる日はマンションに泊めてもらう事もある。今日は常連の浜本(はまもと)が最後の客だった。浜本は大手企業の部長をしている。浜本のセックスは優しくて焦らされる時間が長い。エレナちゃんは感じやすいんだね、若いから。そんな言葉を毎回耳元で囁かれると恥ずかしくなる。他の女の子は自分のようにすぐに濡れないのだろうか自分はそんなに敏感なのだろうかと頭の中は疑問符だらけになる。

「エレナさえ良ければ愛人にしてもいいんだよ」

何度かそんなことも言われたがその度にお茶を濁している。本音を言えば仕事に疲れたときは浜本の愛人になるのも悪くないと思う。けれどもそんな生活をしたら、こういう世界から足を洗えなくなる。浜本と別れた後にきっとまた別の愛人を探すだろう。駄目駄目。そんな事を考えちゃダメなんだからねと心の中で自分に言い聞かせる。

別の常連客にはシンという大学院生がいる。親が結構な資産家らしく自分名義のマンションやビルを持っていると言う。大学院生といっても三十代で外見は普通のおじさんに見える。シンは彼女がいるけど風俗通いが好きで最近はデリヘルや交際クラブにはまっていると言う。シンはエレナーエレナーと何度も声を上げて激しくペニスを出し入れしながらいく。終わると必ず私を強く抱きしめてエレナは最高だと言って胸の中に顔を埋めてくる。私はその時に黙ってシンの頭を撫でながら自分が母親になったような気持になる。

「シン君って可愛いのね」

自然とそんな言葉を呟いている。この仕事をしてから私はつくづく成長したと思う。会社でもミスが減って機嫌の悪い上司に理由も無く叱られてもこの人はストレスが溜まっているんだなと聞き流せるようになった。どちらかと言えば泣き虫だった自分が嘘のように感じる。綺麗になったねと同僚にも言われるようになった。この仕事のお陰で外見にも気を使っているせいかもしれない。私は商品なのだから私はエレナなのだからと常に意識をしている。

夏が過ぎると夜の繁華街は肌寒さを感じるようになった。会社と実家と店通いが日課になり、土曜日は大抵、淳也さんが指名をくれる。他の客もそうだが何度か顔を会わせると会社の名刺をくれる客がいる。淳也さんもそうだった。慣れるまで時間を費やしたが淳也さんは口数が少ないだけで優しい男性だと感じた。セックスの時は意地悪に思う時もあるが、それ自体も淳也さんの優しさなのかもしれないと思い始めた。いつも黒系のスーツを着ているせいもあり、淳也さんはスリムに見えるが脱ぐとそれなりの筋肉があり肌が白く質の良い触り心地が快適だった。髪色が少しだけ茶色っぽいがそれはもともとで地毛が黒いエレナの髪が羨ましいと言った。仕事の話はあまりしないが名刺の裏には輸入業や貿易業と言った項目が並んでいる。とにかくいつも忙しそうでセックスをしてすぐに電話がかかって来て部屋を立ち去る事が度々あった。髪型やスーツはきちんと決まっているが靴はよれている。出張が多いとぽつりと言ったことがあった。

「エレナ、これ」

「淳也さん、何ですか?」

「プレゼント」

「ありがとうございます」

その日は珍しく淳也さんから視線を背けた。紙袋の中にあるリボンがかかった包装紙を開けてみると出て来たのはランジェリーだった。純白のブラジャーとショーツと白いガーターベルトとガーター用のストッキングが入っている。

「淳也さん。こんなに高価なランジェリーを私にプレゼントしてくれて嬉しいです」

「着けてみて」

「はい。着けてきます」

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