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ご主人様に狂おしく抱かれて

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  • 作家鮫島礼子
  • イラストnira.
  • 販売日2014/11/7
  • 販売価格300円

遊びか本気かわからないまま私は愛川さんと体を重ねた。パン屋の店員として働く私とIT企業で活躍する愛川さんとでは住んでいる世界が違う。私以外にも付き合っている女性がいる事は薄々気が付いているけれど私のカラダが愛川さんを求めてしまう。いつも会うまでは不安でたまらないのにベッドの中に入ると大きな安心感に包まれて満たされて……。高校を卒業後にいくつかの職場を転々とした私が足裏マッサージの学校に通い始めたのは、
パン屋でアルバイトを始めたのがキッカケだった。マッサージ師の資格を取って就職をして今度こそ仕事を続けていこうと決めたのにこのままじゃ愛川さんにカラダも心も囚われてしまう。今度こそハッキリさせなくちゃ。

「まゆかちゃん、もしかして降ってきたかな」

厨房にいる萩野(はぎの)店長がレジにいる私に声をかけてきた。

「萩野店長、そうかもしれませんね。髪とか肩の辺りが濡れている人がいるみたいです」

「本当に? それにしても早いよなー、今年は。雪が降るの」

「今朝は江別駅(えべつえき)もキンキンに足元が冷えていましたから」

「江別はいつもの事なんじゃないか」

「もうー、萩野店長、馬鹿にしないで下さい。札幌(さっぽろ)の隣の市なのに」

「あー、悪い、悪い。でもさー、寒いよなー、江別は。今年もJRが止まるのかな」

「それはありえますね。遅れるだけなら仕方がないけど」

「だよなー、でもバスだと大雪の時にもっと遅れるだろう?」

「そうなんですよね。バスだと全然時刻表通りに来ないし」

「ま、JRが止まったら早めに連絡をしてくれ。何とかするから」

「わかりました。出来るだけ大雪の日は一本か二本早いJRに乗りますね」

「ああ、頼むよ。まゆかちゃん」

雪のせいで地上を歩いていた人々が札幌駅の地下街にどっとなだれ込んで来たが、傘を持っている人はほとんどいない。私も雪が降ったからといってすぐに傘をさす事は少ない。べたついた雪の時かあられのように当たると痛い雪の場合は別だが……。

私、小沢(おざわ)まゆかは札幌駅の地下街にあるパン屋「ライオンベーカリー」で店員としてアルバイトをしている。住んでいるのは札幌市の隣にある江別市で、父、母、兄の四人暮らしだ。江別市は仕事自体が少ないので札幌で働いている。今のバイト先が三件目だ。

「いらっしゃいませ」

店内に次々とお客様が入ってくると私は笑顔で声をかける。店の制服は紺色で丈が長めのメイド服に白いエプロンを掛けている。初めの頃はこの制服に少し照れたがすぐに慣れた。

「メロンパンが一つですね。お飲み物はどれになさいますか」

「コーヒーを下さい」

「コーヒーは、SサイズとMサイズがございますが、どちらになさいますか」

「Mでお願いします」

「かしこまりました。セット価格で三百二十四円になります」

私はレジを打ってお客様に釣り銭を渡す。

「お飲み物は隣のカウンターに進んでお待ちください」

昼のピークを過ぎた時間帯は他の店員が休憩に入っているので、萩野店長と二人で店番をしている。萩野店長は厨房でパンを焼きながらレジや接客をこなしたり、毎日の集計をしたり、大抵朝からラストまで働いている。誰よりも疲れているはずなのに店内が混みあうと必ず他の店員のサポートをしてくれる優しい人だ。私がレジを打っている間にホットコーヒーとパンの取り皿をベージュ色のトレイに載せてくれた。後はお客様が買ったメロンパンを皿に移し替えればいい。

「お待たせ致しました」

お客様にトレイを手渡す間に萩野店長は次のお客様のレジ打ちをしている。本当に動きが早い。少なくとも私の三倍以上は仕事が早いのだと思う。店内はすぐに満席になり、バタバタとしている間にもう一人の店員の秋川(あきかわ)さんが戻って来た。

「あらら、どうしたの? こんなに混んじゃって。雪のせい?」

「そうみたいです」

「ちょっと雨っぽい雪だったわ」

「秋川さん、地上に出たんですか?」

「うん。銀行の窓口に用事があってね。雨かなーって思っているうちに雪に変わったわ」

「そうなんですね。帰りにJRが遅れないといいけど」

「まゆかちゃんそれは無理じゃない? だって初雪が降った日は毎年JRが遅れるじゃない。いつもの事よ」

「そうですよねー。仕方がないか」

「まゆかちゃん。後はやっておくから休憩に行って来て」

「はーい。じゃあ休憩に入りますね」

私は厨房の奥の扉を開けて休憩室の棚からバッグと上着を取り出して店を出る。地下街の扉を開けて地上から入って来る人々の髪の毛や肩や背中が濡れている。歩きながらバッグの中のスマホを取り出す。サイトにアクセスをするとJR北海道の遅延の知らせが表示されている。

「やっぱりか」

今日はバイトの後で学校に行くので元々帰りは遅くなる予定だが、帰りまでにこの遅延がなくなりますようにと心の中で祈る。制服に付けているネームプレートを外してバッグのポケットにしまう。学校の復習をしておこうと思い、近くのファーストフード店に入ってココアを注文した。妙に体がだるくて疲れている。私は窓際の席に座り、バッグの中から足裏マッサージのテキストとノートを取り出す。高校を卒業して以来、こんなに真面目に勉強をするのは初めてだ。私が足裏マッサージの資格に興味を持ったのは、「ライオンベーカリー」でアルバイトをしたのがキッカケだった。バイトをし始めた頃に足がパンパンにむくんでしまった。初めてのバイト料が振り込まれた日に私は地下街の店で足裏マッサージを受けた。すると翌日にパンパンの足が嘘のようにスリムになった。一度きりのマッサージでまるで別人のように生まれ変わった自分の足裏を見て私はとても感動をした。足裏マッサージの仕事をしてみたいと思い、すぐにマッサージを受けた店の担当者にどうしたら私もこの店で働けるのかと聞きに行った。結局、その店で働くには高額な学費が必要な店の系列の足裏マッサージの学校を卒業しなければならないと知って諦めたが、その後で自分のバイト料で学費を払える学校を見つけてそこに通う事にした。アルバイトを始めたばかりだったので荻野店長にシフトの件で相談をすると、学校がある日は間に合うように上がっていいと言われて、他のバイト仲間には内緒で応援をしてもらっている。荻野店長は製造業やパン屋でアルバイトをしながらパン製造技能士の資格を取ったので、高校卒業後に一度も就職をせずにアルバイトをして来た私を応援してくれている。いつも全力で仕事に取り組む荻野店長の姿は私の励みになっている。店がどんなに忙しい時でも必ず店員に休憩時間をきっちりと取らせる姿勢にいつも頭が下がる思いだ。いつか私もあんな風にさらりと誰かをサポート出来る位に仕事がこなせる人になりたいと思っている。

「うーん」

私はテキストとにらめっこをしながら頭の中に足裏マッサージの順番を叩き込む。物覚えが良くないので現実はまだまだ厳しい。流れるような手つきのマッサージでも一つ一つの意味と手技の順番がある。焦るとすぐに順番が飛んでしまう。頭の中で復習を終えて温かいココアを飲んで軽く目を閉じた。

休憩を終えて店に戻ると棚のパンはほとんどが売り切れていた。普段よりも売り切れる時刻が早い。私はレジの秋川さんに頭を下げて厨房の中に入る。

「萩野店長、休憩から戻りました。今日はパンの売れ行きが良いですね」

「あぁ、普段は店に来ない客が多かったからね。そう言えば、まゆかちゃん」

「何でしょうか」

「後で店を上がる時に頼みがあるんだけど」

「はい」

「向かいのNビルの十二階にある会社にコーヒーとサンドイッチを五人分届けてほしいんだ」

「わかりました」

「いつもは僕が届けているんだけど、今日は売り上げの集計伝票を出すのに時間がかかりそうなんで代わりに頼むよ」

「わかりました。Nビルの十二階ですね」

「後で商品は用意するから伝票にサインをもらって明日店に持って来てくれればいいから」

「現金じゃなくてサインでいいんですね」

「あぁ、月末にまとめて集金をするから」

「はい。じゃあ後で教えて下さいね。荻野店長」

「うん」

荻野店長は私にそう言うとすぐにパソコンの前に座り、集計画面を見つめている。私は上着を脱ぐとバッグと一緒に棚にしまった。制服にネームプレートを付けて店内に戻る。

「まゆかちゃん。荻野店長にパンのお届けを頼まれたの?」

「ええ、初めてなんですけど大丈夫かな」

「大丈夫よ。私も何軒か届けに行った事があるもの」

「緊張しませんか? 会社に行くのって」

「大抵この辺のビルだし表示もあるから迷う事はないと思うわ。守衛さんがいるから迷っても聞けばわかるし。別にどうって事ないわよ」

「そうですかー。私どうも大きいビルの中で働いた事がないのでちょっと苦手なんですよね。今日みたいに地下街が混雑する日もあまり慣れなくて」

「何言っているのよ。せっかく札幌に働きに来ているんだし、どんどん人混みに飛び込んで行きなさいよ。勿体ないわ! まゆかちゃんは独身なんだからもっと遊びなさいよ。ススキノだって近いんだから。私みたいに子供が二人もいるとなかなか飲みには行けないけど、それでも年に二、三回は実家に預けて行くわよ。ちょうど私がまゆかちゃん位の歳の頃は今の夫と同棲をしていたけど、二人でドライブしたり、ディズニーランドに行ったり、色々な場所に遊びに行ったわよ。若いうちにうーんと遊びなさいよ」

「遊びかぁ」

私は、高校を卒業して以来これといって遊んだ記憶がない。最初の就職がなかなか決まらずに、卒業後はハローワークに通ったりネットで求人を検索したりしているうちにあっと言う間に夏が来て、自宅近くの宅配便の営業所で荷物の仕分けの臨時アルバイトとして一年程過ごした。秋になりぎっくり腰になってアルバイトを辞めて腰が良くなるまでぶらぶらしながら冬に印刷工場のアルバイトを始めた。二十歳でアルバイトを辞めて何となく札幌で働きたいと思い、自宅からJR一本で通勤できる札幌駅でアルバイト先を探して今のパン屋で働くようになった。以前の二つの地味な職場と比べると今の職場は格段に明るくて都会の真中にある。私にとって今の職場で働くようになった事は大きな進歩だった。十分に刺激的だ。

「秋川さんみたいに札幌育ちじゃないから臆病なんですよ。でもそのうち頑張りますね。遊びも」

「あーあ、もう、その時点で真面目なんだから。もう仕方がないか。今度二人でご飯でも行こうね。まゆかちゃん」

「はい。是非お願いします」

「まゆかちゃん。それじゃあ今日はお先に失礼します」

「はーい。お疲れ様です」

早番の秋川さんが店を上がったのは午後四時だった。私は今日は午後七時までの勤務だ。

「まゆかちゃん。じゃあこれをお願いするね」

荻野店長が私にお届けを頼んで来た。

「わかりました。Nビルの十二階の「オンラインユアーズ」ですね」

「そうだ。もしわからなかったらすぐに電話をしてくれ」

「はい。多分、大丈夫だと思います。あまり自信がないですけど」

「そんなに緊張をしないで。まゆかちゃんには徐々にお届けを頼むから今日は練習だと思って行ってくれ」

「はい。荻野店長、行って来ます。あ、後、お先に失礼致します」

「うん。頼んだよ。まゆかちゃん」

私は私服に着替えて店の大きい紙袋を持ちオンラインユアーズに商品を届けに向かった。まさかこんなに早く雪が降ると思わないので今日はスニーカーを履いている。雪がうっすらと積もった歩道を滑らないように慎重に歩いてNビルを目指す。正面玄関は既に閉じている。荻野店長に言われた通りにNビルの裏手に回り裏口のドアを開けて中に入る。すぐ右手にある小窓を覗(のぞ)くが守衛さんの姿は見当たらない。見回りにでも行っているのだろうか。私はすぐに荻野店長に電話をかけた。

「荻野店長、お疲れ様です。Nビルの裏口にいるんですけど守衛さんがいなくて」

「そっか。わかった。五分もかからないと思うけどそこで待っていて」

「わかりました」

電話を切って三分も経たないうちにすらりとしたスーツ姿の男性が私の前に現れた。ちょっとだけ目つきが鋭くて怖い気がした。

「パン屋さん?」

「は、はい。ライオンベーカリーです。コーヒーと」

私の声を遮ってその男性は喋り出す。

「悪いけど応接室まで持って来てくれる?」

「わかりました」

早足で歩く男性の後ろ姿を私は必死で追う。紙袋の中で紙コップ入りのコーヒーを固定しているけど中身がこぼれないか心配だった。

「こっちに来て」

「あっ、はい」

私は出来るだけ紙袋を動かさないように男性と一緒にエレベーターに乗り込む。ドアが閉じて私は男性の背中を無言で見つめていた。卒がなくしなやかな動きをして背筋がピーンと伸びている。その背中は自信に満ち溢れている。きっとこの男性は仕事をバリバリこなすエリート社員なのだろうと思った。髪の毛は少しだけ茶髪で年齢は二十代後半位だろうか。荻野店長とそう変わらない気がした。エレベーターの扉が開くと私達は無言で応接室へと向かった。どうやらこのフロア全体を「オンラインユアーズ」で借りているようだ。男性は会議室のドアを開けて私を手招きする。

「ここのテーブルの上に置いてもらえるかな」

「はい。わかりました」

私は会議室の灰色の長テーブルの上に紙袋を置く。

「あの、商品を袋から出しましょうか?」

「いや。まだ時間がかかるからそのままでいいよ。代金は」

「はい。こちらにサインをお願いします」

「ああ、わかった」

サインを見ると愛川(あいかわ)と書いてある。愛川さんなのかと私は頭の中に名前を刻み込む。

「パン屋さんは高校生か」

「えっ」

「君は高校生なの?」

「ち、違います。私はもう二十一歳です」

「あー、そうか。若く見えるから」

愛川さんは先程までのクールな表情とは違い、いかにも私をからかっているというズルい目をしていた。

「し、失礼します。どうもありがとうございました」

私はどんな風に答えて良いのかわからずに慌ててその場を去ろうとした。

「怒ったの? 失礼しました。ところで君の名前は? 何ちゃんて言うの?」

会議室のドアノブに手をかけて私は思わず振り向き、愛川さんの顔をじっと見つめた。

「まゆかです。小沢まゆかと申します」

「まゆかちゃんか。怒った顔も悪くないな。またお届けを頼むね」

「わかりました。ありがとうございます」

ビルの入口で会った瞬間に、愛川さんのすらりとした背中やクールな顔立ちを少しだけいいなと感じた気持ちを私は後悔した。

「何なの愛川さんって。いつもこうやって女の人をからかっているのかな。荻野店長とは大違いだわ」

私はエレベーターを降りると小走りで地下鉄に向い、学校へと急いだ。

翌日、私は荻野店長に昨日の伝票を渡した。

「荻野店長、愛川さんって店長と同じ位の年齢ですか?」

「うーんと、確か僕より二歳下だから二十八歳だね。なかなかしっかりした人だよ」

「そうですか」

私はちょっと不満げな表情をしていたのかもしれない。

「まゆかちゃん。最初はとっつきにくいけど愛川さんは結構いい人だよ」

「そうなんですか? ちょっと冷たい雰囲気でしたけど」

「いやー、だって彼は猫を飼っているから悪い人じゃないよ」

「猫。じゃあ荻野店長と同じですね」

「そうそう。猫を飼っている人に悪い人はいないからさ。ははははは」

「うーん」

荻野店長はシマという猫を飼っている。実家で以前に犬を飼っていたがその犬が亡くなり、犬小屋を放置しておいたら勝手に縞模様の猫がやって来て住み着いたそうだ。荻野店長は愛川さんに何度かお届けをしているうちに猫の話になって画像を見せてもらった事があると言う。

「トロって言うんだ。猫の名前が」

「へぇー、ふふふ。どうしてトロって言うんですか?」

「理由は今度聞いてみたらいいよ。愛川さんに」

「えっ」

「またお願いするからさ。まゆかちゃんにお届けを。もう場所は覚えたでしょう」

「はい。場所は大丈夫です。わかりました」

私は複雑な気持だった。一見冷たくて話をすると少し意地悪でそれでいてどこか優しい顔を持つ愛川さんの事が気になり始めていた。私がお届けの担当になるのは嬉しいような戸惑うような……それでも荻野店長に頼りにされているのだと思うとやっぱり嬉しかった。

あっと言う間に一日が過ぎて私は今日も学校へ向かう。地下鉄一本で通える距離なのが良い。学校はマンションの一室にある。今日は寺瀬(てらせ)先生とのマンツーマンレッスンだ。黒髪が美しい寺瀬先生は三十五歳で、アロマやマッサージ、ヒーリングを教えている。もともと化粧品会社の美容部員をしていたので見た目も華やかで美しく私は密かに憧れている。学校に通うようになってから寺瀬先生の真似をして髪の毛を伸ばし始めて髪を染めるのを止めた。

「こんばんは。まゆかです」

マンションの入口のインターフォンを鳴らす。

「はーい。まゆかちゃん。どうぞ」

自動ドアが開くと私は廊下をぐるりと回って奥のエレベーターに乗る。頭の中でざっと昨日の授業の復習をする。要領が悪い私の為に今日は補習をしてくれるのだからきちんと学びたい。

「こんばんは」

私はドアを開けて玄関に入る。

「まゆかちゃん。お疲れ様。昨日の今日で疲れているでしょう」

「いいえ。せっかく寺瀬先生に教えていただけるので。それに今日は雪も溶けたし」

「本当ね。あんなに早く雪が降るなんて思わなかったけど、やっぱりすぐに溶けたわね」

「ええ。良かったです」

「どうぞ」

上着をコートハンガーにかけて部屋に入り、寺瀬先生が淹れてくれた温かいハーブティーを飲む。少しだけ雑談をしてマッサージ台がある部屋に移動をする。

「それじゃあ、今日は私を実験台にしてね。まゆかちゃん」

「ありがとうございます。頑張ります」

マッサージ台で仰向けに寝ている寺瀬先生の足を実際に揉み解してゆく。今日は主に手技を教えてもらう。

「それじゃあ、まゆかちゃんオイリングをしましょう」

「はい。お願いします」

私は左の掌(てのひら)の上にマッサージ用のオイルをゆっくりと垂らすと右手で蓋を被せるように掌のオイルを温める。オイルが温まってからゆっくりと太ももに垂らす。次に脹脛(ふくらはぎ)から膝裏に向かってオイルを滑らせる。最後は足首に向かってオイルを引き延ばすように肌にすりこむ。

「うん。いいわよ。まゆかちゃん。そうそう。強さも今の感覚を忘れないようにね」

「はい。寺瀬先生」

勉強は決して簡単ではないけれどこうしてアルバイト以外の事に頭を使って夢中になる時間が心地良い。学校に通い始めた頃は頭の中がちんぷんかんぷんだった。けれど今では学校で学んでいる時間は必死だけど楽しくて仕方がない。普段は他の生徒さんも一緒で全然違う環境にいる人達と話をするのも楽しい。思い切って学校に通って心から良かったと思っている。そして出来れば寺瀬先生のように心も外見も美しい大人の女性になれたらと憧れを抱いている。

「それじゃあ次はエフルラージュをやってみましょうか」

「あっはい」

今学んでいる事をいつか仕事に出来たらいいのにと私はそう思っている。

十一月の木曜日。朝の天気予報の予告通りに雪がしんしんと降り続いている。私は荻野店長に頼まれてオンラインユアーズへお届けをする。いつもは五人分の注文なのに今日は二人分のサンドイッチとコーヒーだ。愛川さんとは何度か顔を会わせるうちに普通に喋れるようになった。きっかけは荻野店長から聞いた飼い猫の話だった。愛川さんは飼い猫のトロの話をする時はいつも優しい顔つきになる。元々は東京入社で札幌支店に転勤して寂しいからトロを飼ったと教えてくれた。猫のトロは刺身のトロが好きなのでトロという名前にしたと言う。

「こんばんは」

お届けにすっかり慣れた私は裏口の守衛さんに挨拶をして訪問者ノートに名前を書くとエレベーターで十二階に昇ってゆく。会議室のドアをノックしてドアを開けると、そこには誰もいなかった。いつもは愛川さんか社員の誰かが必ずいるのだけれど、部屋の電気も消えて真暗だ。私はすぐに隣の応接室の扉をノックしてみた。すると返事が聞こえて来た。

「失礼します。ライオンベーカリーです」

「良かった。ちょうど腹が減っていたんだ」

愛川さんが仕事中だった。

「愛川さん。こちらに商品を置きますか?」

「あぁ、悪いけど袋から出してそこに置いておいて」

「わかりました」

応接室には二つの机がある。愛川さんは奥の机でノートパソコンの入力作業をしていた。

「まゆかちゃん。コーヒーとサンドイッチを一人分、こっちに持って来てくれる?」

「はい。わかりました」

コーヒーの蓋を開けてサンドイッチとおしぼりを愛川さんの机の上にそっと置く。まるでこの会社で働いているような気持になる。

「愛川さん。どうぞ」

「ありがとう」

「あ、あのサインをいただけますか」

「はい」

いつものように手渡した伝票に素早くサインをもらう。愛川さんはコーヒーを一口飲むとすぐにパソコンのキーボードを打ち始めた。

「それでは失礼致します」

仕事の邪魔をしてはいけないと思って私はすぐにその場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待って」

「えっ」

「サンドイッチとコーヒーを付き合ってよ」

「付き合う? あの」

「こんなところで一人で食べるのは味気ないからさ。そのサンドイッチとコーヒーを一緒に食べようよ」

「あ、あの、でも、私」

「デート?」

「えっ」

「まゆかちゃんはこの後デートでもあるの」

「いいえ、そんな、デートなんて。相手もいないし」

「へぇー、彼氏はいないの」

「ええ、いません」

私は少しだけむっとして答える。

「ふーん。じゃあいいじゃない。今夜位は付き合ってよ。毎晩残業している可愛そうな僕に付き合ってくれてもいいじゃないか」

「う、うーん」

返事に困っていると愛川さんは自分の分のコーヒーとサンドイッチを持ってテーブルに移動をして来た。

「まゆかちゃんも座って。そんなに時間は取らせないからさ」

「はぁ、わかりました」

低いテーブルを挟んで愛川さんと向かい合って革張りの茶色いソファーに座る。ソファーは体が埋まりそうな程ふかふかとしている。

「このソファーさ、バカでかいだろう」

「はい。何だか体が沈んでいきそうです」

「社長が好きなんだよね。イタリア製の家具。だからテーブルも大理石で重たいんだよ」

「大理石って高級ですよね」

私はグレー色のテーブルを撫でてみた。表面がツルツルとしていて滑らかな触り心地がした。

「そう。インテリアにこだわりがあるんだよな。うちの社長は」

「普通の会社ってどうなんでしょうか? 私は会社員になった事がないのでわからないんですよね」

「まゆかちゃんはOLをやった事はないのか」

「ええ。ずっとアルバイトなんです」

「アルバイトでもOLってあるよ」

「うーん。私にはちょっと」

「ところで、まゆかちゃんは何かやりたい仕事でもあるの?」

「それは、あります。一応」

「へぇー、何になりたいんだ」

「マッサージ師になりたいと思っています。今、足裏マッサージの学校に通っているので」

「ふーん。それはすごいね。学費を稼ぐのにパン屋でアルバイトをしているの?」

「ええ、まあそうですね」

「働きやすいか? パン屋は」

「はい。荻野店長がとっても良い人ですし」

「いじめとかはないのか」

「ありません。他の店員さんもみんな優しいし」

「そっか。恵まれているんだな」

「とっても良い環境だと思います。多分、今までのバイト先の中で一番だと思います」

「ふーん」

愛川さんは、ふんふんとうなずきながらサンドイッチからトマトをきれいに抜き取る。

「僕はトマトが苦手なんだよね」

愛川さんってトマトが嫌いなのね。何だか子供みたいで可愛いわと感じた。同時に中学校の給食時間に愛川さんと似たタイプの男の子にその子が嫌いな野菜を皿に投げ入れられたのを思い出した。あの時の野菜は確かパセリだったと思う。私はそのシーンを思い出して笑い出す。

「何だよ。何がそんなにおかしいんだよ。トマトが嫌いなのが駄目なのか」

「うふふ。そんな事はないですけど、ちょっと思い出して」

「何を思い出したんだ。昔の彼氏でも思い出したか」

「彼氏なんかじゃありませんっ」

私は笑うのを止めてむきになって言い返した。残りのサンドイッチを早く食べ終えようと黙々と口を動かす。

「送って行くから」

「えっ」

「もうすぐ仕事が終わるから待っていてよ。車で自宅まで送るよ」

「そんな、結構です。JRで帰りますから」

「だって雪がひどいじゃないか。JRは動いてないんじゃないか」

「愛川さん。馬鹿にしているでしょう。私が江別に住んでいる事を」

「いや、そんな事はないけど。いいから少しだけ待っていてよ」

「でも、送ってもらうのは悪いです。お仕事中に」

「いいから。もうすぐ終わるんだから。僕の言う事を聞きなさい」

「は、はい。それじゃあ、送っていただきます」

結局私は愛川さんの言葉に押し切られてしまった。サンドイッチを食べ終えてコーヒーを飲み終えるとテーブルの上を片付けて静かに仕事が終わるのを待つ。何もしないで待つのは意外と楽しいひとときだった。愛川さんが真剣にパソコンに向かって入力作業を続けている様子を気づかれないようにそっと盗み見る。癪(しゃく)だけどやっぱりカッコイイと思った。荻野店長が真剣にパン焼いている姿も職人って感じがしてカッコイイけれどその姿とはまた違う。何故か胸がきゅっと少しだけ締め付けられる気がした。沈黙したままでいいからずっとその真剣な愛川さんの鋭い眼差しを見つめていたいと思った。

「お待たせ。まゆかちゃん、行こうか」

「あっはい。愛川さん」

「何?」

「お疲れ様です」

「いや。待たせてごめんな」

「いいえ。お仕事ですから」

「そう。物わかりがいいね。まゆかちゃんもうちの会社で働くか」

「えっ、それはちょっと」

「冗談だよ。さ、行こう」

応接室のドアを閉めて会社を出る前にフロア全体にカードキーでセキュリティーをかける。ビルのドアを開けると予想以上に雪が降り積もっている。

「いつの間にこんなに」

私は思わず大きな声を出した。

「だから言ったろ。まゆかちゃん、この辺はロードヒーティングじゃなくて滑るから気をつけろよ」

ビルの裏手にある道を歩いて駐車場へと向かう。私は途中で転びかけて前のめりになった。愛川さんが私の体を抱きかかえるように支えてくれる。

「すいません。こんなところで転びそうになるなんて」

「北海道人の癖に下手くそだな、歩き方が」

「そんなっ、もうっ、あっ」

言い返すと同時にまた足が滑る。

「もう仕方がないな。まゆかちゃんは」

愛川さんに後ろから抱えられるように駐車場へと歩いて行った。

「ありがとうございます。今日の靴はちょっと滑りやすくて」

「ブーツを履けよ。田舎よりも街中は転びやすいんだからな。骨折したら困るだろう」

愛川さんは今年の二月に実際に社員が前のめりで転んで腕を骨折したと教えてくれた。

「手が使えないとパンツを穿くのも大変だからな」

「もうっ、あ、でも本当に、手が使えないと何も出来なくなっちゃう」

「そうだよまゆかちゃん。バイトも出来ないぞ。マッサージの学校も行けないし」

「ですよね。気をつけます」

ついでだから飼い猫のトロの顔を見ていけと半ば強制的に私は愛川さんのマンションに立ち寄る事になった。会社から車で十分程の場所にマンションはあった。愛川さんのマンションに着いて部屋のドアを開けるとトロがまっしぐらに駆け寄って来た。

「トロちゃんって言うの? 初めまして。まゆかです」

トロちゃんは何故か私にジャンプをして抱きついて来た。長くて白い毛が優雅な雰囲気を漂わせている。

「何だよ、トロ。いつもと違うな」

「えっ何がですか」

「ま、いいから上がって」

「は、はい。お邪魔します」

目の前に広がるのはフローリングの上に敷かれた白いカーペットと黒いテレビ、ガラスのテーブルと白いソファー。部屋の中のインテリアや家電は白か黒の二色のみでモダンな雰囲気に仕上がっている。

「その辺に座って」

「ありがとうございます。じゃあこのソファーの上に座っていいですか」

「どうぞ」

「シャワー浴びて来るから。まゆかちゃん、この缶詰をこの器に入れてトロにご飯をあげてくれるか」

「はい。わかりました」

私は正直に言うと猫がちょっと苦手だった。どちらかと言うと犬が好きだけれどトロちゃんはあまり猫っぽくないので大丈夫かなと思った。まるで犬のように懐いて大人しい。きっと愛川さんが家にいない時間が長いので、トロちゃんは寂しいのかもしれないと思った。

「トロちゃん、おなかがすいたの? じゃあご飯にしましょうね」

私は母親になったような気持でトロちゃんに話しかける。今まで自宅で生き物を飼ったのは金魚位だが動物は嫌いじゃない。

「トロちゃん。ちょっと待っていてね」

トロちゃんはくりくりとした瞳をますます大きくして私をじっと見つめている。緑色の猫缶の蓋を開けるとジューシーな猫のえさが入っていた。

「人間のツナ缶より豪華じゃない。ねぇトロちゃん」

トロちゃんはきょとんとした顔つきになった。

「どこで食べるのかしら。あ、あそこかな」

部屋の隅に黒くてふんわりとしたクッションベッドと水が入った皿がある。私はエサを入れた器を持って水の皿の横に置いた。

「さぁトロちゃん。ご飯ですよ」

トロちゃんはゆっくりと近づいてエサを食べ始める。私は缶をゴミ箱の中に捨てた。白いソファーに座ってテレビを点けた。緊急速報の音が鳴り、テロップが流れる。JRが何本も運休になっている。私が乗るはずの路線も止まっているようだ。普段通りにJRで帰ろうとしてもまだ帰れないという事だ。良かった。これで少しぐらい遅くなっても母親に言い訳が出来る。

「悪いな。遅くなって」

愛川さんがバスローブ姿で現れた。

「あ、いいえ。なんかJRも止まっているみたいなので」

「そっか。じゃあ泊まればいいよ。家に」

「えっ」

「電話しておけば」

「どこにですか」

「まゆかちゃんの自宅に。今日はバイト仲間の家に泊まるって言えばいいじゃない」

「でも」

「いいから電話しろよ」

少し凄味のある声の愛川さんに私は逆らえなかった。初めて会った時のようにちょっと怖いと感じた。私はスマホを取り出して母親に今夜はバイト仲間の家に泊まると嘘をついた。

「どうだった? まゆかちゃん」

「あ、大丈夫でした」

「じゃあ、ゆっくり出来るね」

「え、は、はい」

私は愛川さんに腕を引っ張られて寝室へ移動する。大きなダブルベッドに黒を基調としたクラシック調のデザインのカバーがかかっている。後ろ手で部屋の鍵をかけて愛川さんは私をベッドの上に押し倒した。私の体がベッドに沈むとばふっと鈍い音がする。

「愛川さん、何をするんですか。止めて下さい」

「何ってそんな事まで言わなくてもわかるだろう。まゆかちゃんもそのつもりだろ?」

「やっぱり帰ります、私。だってこんな事は」

「高校生じゃないんだから」

「やめてっ」

強引に愛川さんが私の両腕を掴(つか)んで体重をかけてくる。体がますますベッドに沈んでゆく。

「悪いようにはしないから」

その言葉の意味を上手く消化出来ないまま、私は諦めずに手足をばたつかせる。

「可愛いね」

愛川さんの洗い立ての髪から滴がこぼれ落ちて私の首筋を伝ってゆく。唇と耳、胸元にキスをされる。何度も繰り返されて鎖骨の下を強く吸われる。私は小さく震えた。

「愛川さん、痛いです」

「痛いのも慣れるから」

「いやっ、痛いです」

私は抵抗しながらも体とは違う痛みを心に受けていた。熱くて鋭い刻印を打たれるような痛みを。痛いと感じているのに逃れられない自分を。

「痛がっている顔も悪くないな」

「そんなっ」

今度は長いキスが続く。息を吐き出す事も出来ず逃れる事も出来ずに眩暈(めまい)がしそうな程、長く激しいキスだった。

「まゆかちゃん。一緒に気持良い事をしようね」

「う、うう」

気持が良い? こんな事が? 高校生の時に一度だけキスをした事がある。相手には彼女がいるのがわかってすぐに別れたけれど。それ以来トラウマで男性とこんな風になったのは一度もなかった。

「子供じゃないんだからわかるよね。まゆかちゃん」

「私は、こんなの」

嫌だと言おうとする瞬間に唇を塞がれる。あっと言う間にブラウスとパンツを脱がされて下着姿にされた。恥ずかしい。こんなに普通の下着姿を見られるなんて。もっと可愛い下着にすれば良かったと奇妙な後悔が頭の中を過る。初めてなのにこんな風になるなんて。

「まゆかちゃんは肌が白いな」

「そんなには」

「意外と胸があるんだね」

私は痩せている割には胸が大きいのかもしれない。大人になって男性に胸を直に見られるなんて病院以外では初めてだ。

「柔らかくて美味しいな」

愛川さんはわざと激しい音を立てて私の胸にしゃぶりつく。顔を埋めるように乳首をきゅーっと吸い上げて左手でもう片方の乳房の乳首をつまんで弾く。ざわざわとする寒気が乳首から頭の中まで一気に駆け巡る。嫌な感覚が徐々に不思議な感覚に変わり慣れてくると気持が良いと感じるようになった。全てが初めての事で私の頭の中は混乱している。これで良いのだろうか。初めてなのに気持が良いと感じるのは悪い事ではないのだろうか。みんなこんな事をしているのだろうか。

「まゆかちゃんも吸って」

「えっ」

「僕の乳首を同じように吸って」

「は、はい」

私は愛川さんに言われるがままに動く。ベッドから起き上がり、愛川さんが着ているガウンを脱がせて、程よく筋肉がついた胸板に顔を近づけて乳首をちゅうちゅうと子猫のように吸う。慣れてくると乳首の周辺を舐めてみる。

「う、ううん」

クールな愛川さんが気持ち良さそうな声を出すのを聞いて私は嬉しくなった。そのまま体全体を上半身から下半身に向かって舐めつづける。指先で撫でるように体に触れる。黒いボクサーショーツの中心部分は盛り上がっている。

「まゆかちゃん。手で触って」

「ショーツの上からですか」

「そう。マッサージをしてよ」

「わかりました」

盛り上がっている部分にゆっくりと触れる。両手で覆うように軽く動かしてみる。ゆさゆさと全体を揺らすと中心部分がますます盛り上がって来た。盛り上がっている棒のような部分の先端がボクサーショーツから顔を出す。

「あの、出てきているんですけど」

「ん。何が」

「その。先って言いますか」

「ふふ。ペニスか」

「あ、はい。あの」

「ペニスって言えよ」

「えっ、あっ、ぺ、ぺ」

「ははは。まゆかちゃん何を恥ずかしがっているんだよ。ペニスが窮屈だからボクサーショーツを脱がせてくれるか」

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