夢中文庫

カクテルは甘い蜜の味

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  • 作家鈴月奏
  • イラスト炎かりよ
  • 販売日2015/07/28
  • 販売価格300円

「……それで、今日も失恋されたという訳ですか……」「好きになっちゃうんだもん、仕方ないでしょ」しっかり者で気さくな年下のバーテンダー、徳島和人。失恋するたびにバーで飲み明かす恋多きOLの希美。出逢って一年、徳島は希美にとって良い話し相手となっていた。「今日は僕も少し飲みたい気分なんです。店を閉めて、その分貴女に奢りますよ」雨の日の金曜日、今年に入って何度目かの失恋をした希美に、徳島は店の貸し切りを持ちかける。彼の厚意に甘える希美は、徳島に彼のオリジナルのカクテルを注文して――二人きりのバーで繰り広げられる密やかな恋の駆け引きを描く、甘く蕩けるカクテル風ロマンス!

 橙色の照明に照らされてコリンズグラスの曇りが少しずつ晴れていく。アイスピックで四角く整えた氷が入れられると、透明になり始めたグラスはまた白く染まり始めた。
「面白いですか?」
 グラスの横に手を翳(かざ)し、ライムを搾って落としながら問い掛けたのは、バーテンダーの徳島(とくしま)君だ。私はその問い掛けに頷いてカウンターに頬杖をつくと、流れるように動く彼の細長い指先を目で追う。メジャーカップには私の好きなマンゴーのリキュールが注がれ、芳醇な香りを漂わせ始める。徳島君はそれをコリンズグラスの中に注ぐと、続いてブルーキュラソーを注ぎ入れた。あらかじめ用意されていたジンジャエールでそれらを割り、バースプーンを差し入れて静かに回す。バースプーンが引き抜かれると同時に透明な音を立てて氷が静かに揺れて、私の注文したカクテルが仕上がった。
「レイニーマンゴーです。どうぞ」
「ありがとう」
 目の前のコースターの上にコリンズグラスが置かれる。グラスの底に落ちたライムから細かな泡が立ち昇るのを眺めながら、私はグラスを手に取った。ひんやりと冷たいグラスが、少し汗ばんだ手に心地良い。
「……それで、今日も失恋されたという訳ですか……」
 リキュールの瓶を棚に戻しながら、問い掛けられ、彼から見えないとわかっていて頷く。
「折角お洒落して来たのに、食事だけでさよならって訳」
 小さく溜息を吐いてグラスに口を付ける。マンゴーの甘みとライムの酸味が爽やかに舌の上を滑って、渇いた喉へと落ちていくのを感じながら、私は振り返った徳島君に苦笑して見せた。
「早くに手を出すような男の人は、逆に信頼出来ないと僕は思うんですけどね」
「出逢ってから三ヶ月でも?」
 今回は割と慎重なつもりだったので、つい反論してしまう。徳島君はそれに少し首を傾げながら、苦く笑った。
「三ヶ月毎日がデートというような関係なら別ですけれど」
「今年に入ってから何回目ですか? 希美(のぞみ)さん」
「…………」
 自分でも恋愛体質だとは思っている。どうにも惚れやすいこの性格は、自分でもどうにかしたい。けれど、どうにもならない。
「好きになっちゃうんだもん、仕方ないでしょ」
「そう来ましたか」
 呟く私に徳島君が苦笑する。その視線から逃れようとグラスを傾けると、中の氷が小さな音を立てた。
「あっ……」
 喉が渇いていたせいもあって、いつもよりもペースが速かったようだ。思わず声を上げた私を、徳島君が形の良い眉を上げて見つめた。
「お代わり作ってくれる?」
「喜んで」
 その言葉を待っていたかのように、徳島君が冷凍庫から新しい氷を取り出す。大きな掌の上に乗せた氷を、アイスピックで器用に削り出すその音を耳に、私は店の入口を見遣った。スライド式の扉の向こうでは、雨の音が響いている。夕方から降り出した雨は、この時間になってもまだ激しく降り続いているようだ。
「今日は空いているのね」
 客は私しかいない。多分、終電間近のこの時間では、これから誰かが来ることもないだろう。
「雨の金曜日なんて、こんな感じですよ」
「ふぅん……」
 話している間にも、徳島君の手は休まずに働き続けている。いつの間にか完成していたカクテルを差し出しながら、徳島君も店の入口を見遣った。
「良かったら貸し切りにしましょうか?」
「貸し切り?」
 グラスを受け取り、彼の視線を辿りながらオウム返しに聞く。
「今日は僕も少し飲みたい気分なんです。店を閉めて、その分貴女に奢(おご)りますよ」
「……いいの?」
 その申し出は、とても魅力的だ。私は思わず前のめりになって徳島君を見上げた。
「勿論です。貴女さえよければ」
 朝まで飲みたい気分だったこともあり、断る理由は何もない。言い出したのは彼なのだから、お店側のデメリットもないのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「決まりですね」
 私の答えを知っていたかのように、閉店を告げる看板を手にした徳島君がカウンターから出る。店の外扉にそれを出した彼は、内側から鍵をかけた。
「今日はどうするつもりですか?」
 バーカウンターに戻りながら、徳島君が問い掛けて来る。
「いつも通り朝まで飲みたい気分」
 決まっていた答えを紡ぐと、彼は嬉しそうに頷いた。
「付き合ってくれるの?」
「そのつもりです」
 想像を裏切らない言葉が心地良い。私はその言葉にグラスの中のカクテルを一息に飲み干すと、空のグラスを彼に差し出した。
「じゃあ、失恋した私に、何か作って」
 折角の貸し切りなら、普段しないような注文も悪くない。
「わかりました」
 私の言葉に頷いた徳島君は棚から、カシスとラムの瓶を取り出してカウンターに並べた。
「ショートのカクテルでも構いませんか?」
 そう聞いてくる彼の手は、既にカクテルグラスへと伸びている。
「お任せで」
「では、その方向で」
 私が頷くと、徳島君はカウンターにグラスを置いて、シェーカーの準備を始めた。ボディにメジャーカップで量ったカシスのリキュールとラムと氷、それからフレッシュクリームを加えてトップを嵌(は)める。洗練された鮮やかな手つきで下準備を終えた彼は、シェーカーに手を添えて肘を曲げると、ゆっくりとシェーカーを振り始めた。
 始めはゆっくりと滑らかな動きだったのが、段々と加速していく。リズミカルなその音は耳に心地良く、微笑を浮かべているのに何処か真剣な眼差しの彼からは目が離せない。フレッシュクリームとリキュールをきっちりと混ぜ合わせるためか、加速した彼の手の動きは激しいものへと変わり、私はその真摯な表情に釘付けになる。その視線に気づいたのか、彼の目が私の視線を不意に捕らえた。
「……シェーカー振ってるの、久し振りに見たかも」
 目が合ったので何か言わなくてはと慌てて口を開く。
「僕的には毎日振ってるんですけどね」
 シェイクを終えた徳島君は私の言葉に苦笑しながらトップを外し、ストレーナーを押さえながらカクテルグラスにカクテルを注ぎ入れた。
「希美さんの注文だとシェーカーは使わないことが多いですからね」
 紫がかったピンク色のカクテルが注がれたグラスが、瞬く間に白く曇っていく。
「出来ましたよ」
 その曇りが満ちたところで、カクテルを注ぎ終えた徳島君が私の目の前にグラスを差し出した。
「ありがとう。何て名前?」
 ひんやりと冷えたグラスの脚に指を這わせ、問い掛ける。
「名前は決めてませんでした。オリジナルですから」
 私の質問に、徳島君は少し考えるように顎先に手を当てた。
「でも、敢えて言うならマジェンダヴェールでしょうか」
「マジェンダヴェール?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる私に、彼が困ったように眉を下げて続ける。
「カクテルの色に合っているでしょう?」
「そうね」
 言われてみれば、マジェンダにうっすらとヴェールが被さったような色かもしれない。私はその言葉に頷くと、曇りが消えないうちにカクテルに口をつけた。
 シャーベット状のカクテルがカシスとラムの芳醇な香りを漂わせ、フレッシュクリームの絶妙なコクを纏って舌の上に落ちる。体温で瞬く間に溶けたそれらは、アルコールの匂いをまとって、喉の奥へと滑り落ちた。
「…………」
 美味しい。その言葉を口に出してしまうのが惜しまれるほど、濃厚な後味がまだ舌を刺激している。唇に舌を這わせると、そこに残っていたカシスの酸味が舌先に触れた。
「どうですか?」
 そう問い掛ける彼は、もう私の感想に気づいている。ただ美味しいとだけ告げるのは勿体ない気がして、私は少し考えてから口を開いた。
「……甘酸っぱくてコクがあって、カシスのアイスクリームみたい」
「それなら、もうすこしラムを効かせても良いかもしれませんね」
 私の言葉に徳島君が即座に反応する。
「美味しそうだけど、酔っ払いそう」
 そう答えながら二口目を口に運ぶ私は、勿論彼の意見に賛成だった。
「構いませんよ。酔いつぶれた貴女も見てみたい」
「そう言われると、酔いつぶれてみたいかも」
 もっと濃いラムのアルコールで、冷たく冷えた喉をひりつかせて欲しい。今日は何だかそういう気分だ。
「僕も飲んでいいですか?」
 グラスに残り三分の一ほどになったカクテルを一瞥し、徳島君が問い掛けてくる。
「勿論」
 私が頷いてグラスを差し出すと、彼は私とは反対側の縁に唇をつけて、そっとカクテルを流し込んだ。
「ああ、確かにアイスクリームみたいですね。やっぱりもう少しラムが濃い方が貴女の好みだと思いますよ」
 グラスを戻しながら、徳島君が別のシェーカーを手に取る。
「お代わりにはまだ早いわ」
「僕の分ですよ」
 思わず声を掛けると、その言葉を予測していたのか、直ぐに答えが返った。

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