夢中文庫

愛なんて似合わない

  • 作家鈴月奏
  • イラスト蘭蒼史
  • 販売日2015/09/30
  • 販売価格300円

「君のことだ。次に僕が誘ったら断りかねない」――伊達充と片倉真奈は物心ついた時からの許婚同士。思春期を迎えた頃から、真奈は許婚という関係故に充への想いに素直になれず、次第に素っ気ない態度を取るようになる。彼が上京して以降は連絡も取らず、疎遠なまま月日は流れた。やがて大学を卒業し、社会人としての生活が落ち着き始めた頃、真奈は充から突然食事の招待を受ける。七年振りの再会に、少しずつかつての距離を取り戻していく二人。けれど、素直になれないままの真奈に、充は一夜を共にして欲しいと真摯な視線を向けて――? もしも、許婚じゃなかったら。複雑な想いが絡み合う、二人の想いの行方を描く、甘く切ない一夜の物語。

 美しく磨き上げられたガラスに映る自分は、なんだか自分じゃないような気がした。
「……来ちゃった……」
 この日のために新調した薄いピンク色のワンピース。黒のレースがポイント使いされたそれは、少し大人っぽく落ち着いた雰囲気だ。元々癖がかった髪はふんわりとしたウェーブを肩に落とし、二歳年上の彼を意識したメイクはベージュとブラウンを使って落ち着いたものにしてみた。
「それにしても、凄い景色……」
 窓ガラスに手を当てると、ひんやりとした感触が指先に伝わってくる。体温でじんわりと曇ったガラスの向こう、遙か下の地上には沢山の光が眩く散らばっていた。色とりどりの光で彩られた街、柔らかな橙色で照らされた街灯の間を走り抜ける車。夜の街を一望出来るこの場所は、これまで踏み入れたことのないような高層ビルの上にある。
「もうすぐ八時……」
 手首に嵌(は)めた華奢な時計の文字盤を見つめて小さく溜息を吐く。待ち合わせの時間まで、あと十五分。この場に相応しいようにと選んだワンピースの裾を一瞥し、窓際に置かれたソファへと腰を下ろした。かたい布張りのソファは、私の体重を受けて心地良く沈み、私はもう一度時計の針を確かめてから窓の外へと視線を移した。
 窓の外では、信号が変わるのを合図にまた車がゆるゆると流れ出す。その光景が、刻一刻と迫る約束の時間を象徴しているようで次第に緊張が高まってきた。
「会うのは、七年振り……か。何て呼んだらいいかな」
 待ち合わせの相手と会うのは、彼が上京して以来、七年振りのことだ。
「伊達(だて)先輩かな? それとも充(みつる)さん?」
 口に出して呟いてから、後者の方がしっくり来るような気がして、私は自分の呟いた言葉を確かめるように唇の中で繰り返した。伊達先輩は、中学・高校の時に周囲に合わせて呼んでいただけだったので、親しみのある下の名前の方が何となく呼びやすいように感じられる。とはいえ、ぎくしゃくとして過ごしてしまった中学・高校の時期を考えると、今更かつてのように充さんと呼ぶのも、何だか気恥ずかしいようにも思われた。
 そう言えば、彼は私のことを何と呼ぶのだろう。かつてと同じように真奈、と呼んでくれるだろうか。それとも他人行儀に片倉(かたくら)、と名字で呼ぶだろうか。
「真奈(まな)さん」
 思考を中断するように響いてきたその声に、視線を巡らせる。
「ごめん、待たせたかな?」
 形の良い眉を申し訳なさそうに下げたその人は私の前まで歩を進めると、後ろ手に携えていた花束を私の前に差し出して微笑んだ。
「あ……」
 充さん、そう呼びたいのに緊張して声が出ない。戸惑いながら花束を受け取ると、彼は安堵したように微笑んだ。
「遅くなってごめん。君に似合うと思ったら、つい夢中になってしまったよ」
 渡された花束からは仄かに甘い花の香が漂っている。白い百合を囲むように束ねられた薔薇やアイビーの葉はまだ活き活きとしていて、私の胸をざわつかせた。
「あの……」
 花束と彼のどちらを見て良いかわからない。ダークグレーのスーツを品良く着こなした彼の視線は、呟きに反応するように私の目を捉えた。短く整えられた清潔感のある髪、記憶の中の彼よりもずっと大人びた表情に戸惑う。
「どうかした?」
 問い掛ける優しい声も視線も、七年前と全く変わっていない。それなのに、彼の持つ雰囲気に圧倒されて、たちまち喉が渇いた。
「名前、前みたいに、呼び捨てでいいから」
 どうして急にさんづけで呼んだのだろう。離れていた七年という時間を思い知らされたようで少し怖かった。

オススメ書籍

乱れる愛、咽び泣く 闇の花3 ~祠☆闘士シリーズ~

著者朝陽ゆりね
イラストもなか知弘

『希代の術師』と謳われた祖父が残した膨大な日記。相田透子は、表の世界では医者だが裏の世界では除霊師として生きていた。日記には共に暮らす警視庁捜査員田神涼と、その後輩斉藤との関わりのヒントまでも記されていて…。涼と生きていくことを固く誓った透子は思い切って自宅をリフォーム。引越しの荷物を二人で片付けようとした矢先、涼が事件で呼び出されてしまった。ホスト殺害事件に駆り出された涼は、ホストクラブ『Stand Guys』の秘密に迫る。覚悟を決めて最奥部に入り込んだ涼が見たのは、両刀使いの権力者日高の姿。一方、その日高と因縁の深い畑中に拉致されてしまった透子。畑中は実は術師だった。透子の式神に導かれ、涼は透子を救い出せるか?!

この作品の詳細はこちら