夢中文庫

午前0時の同窓会

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  • 作家高崎氷子
  • イラスト九重千花
  • 販売日2016/02/15
  • 販売価格300円

「嬉しいんです……。ずっとこうなればいいなって思っていたから」二つ年上の先輩、足利孝輔への片想いを続けている美雪。卒業式、バレンタインのお返しに貰ったテニスラケットとボールモチーフの髪飾りを宝物に、その想いを募らせていたものの、先輩の卒業後は会えないままでいた。そんなある日、美雪のもとへ元テニス部部長主催の同窓会の案内が届く。七年振りの再会に喜びつつも、孝輔の変化に戸惑う美雪。そんな美雪に孝輔は二人きりの同窓会を提案し、孝輔の家へと向かう。期待と緊張に包まれながら更けていく、二人きりの夜。初恋の想いを胸に、美雪は孝輔に身体を預けて――? 「反則やわ、その顔……」互いの想いを確認するように、七年間の空白を埋めるように、大人になった二人が深く求め合う、甘く爽やかな初恋ストーリー。

「サーティーンラブ」
審判のコールを待って、緑のコートに黄色いボールが二度落とされる。先輩の手の中に戻った後、高く空に上げられたボールは、強く握り締められたテニスラケットに力強くとらえられて、鋭いサーブへと変化した。サービスラインギリギリに打たれたボールに、相手は身動きすら取れない。二本連続のサービスエースに、応援席からも観客席からも大きなどよめきと歓声が上がった。
「……フォーティーンラブ」
次のコールと共に、ぴたりと歓声が止む。コートに立つ先輩の頬に汗が伝うのが見えた。先輩はリストバンドで汗を拭(ぬぐ)いながら、横目でこちらに視線を向けた。
「孝輔(こうすけ)先輩……」
私の小さく動いた唇に気づいたのか、静かに微笑みかけて、先輩は再びベースラインに立ち、背中を向けた。私はスコアボードを抱える手に力を入れて息を呑む。足元でボールを弾ませた先輩が、それを宙に投げると、ボールは太陽の光の中に消えて見えなくなった。
お願い、どうか――
その声が先輩に届くことはないとわかっていても、心の中で叫ばずにはいられなかった。スコアボードを強く胸に抱え、息をするのも忘れて先輩の動きを目で追う。先輩は膝を曲げ、降下してくるボールに集中している。もし、この試合に勝てば、全国大会の準決勝に手が届く大きな一歩になるだろう。緊張の一瞬に私は息を呑む。しなやかな動きで始まった体重移動は一瞬にして加速し、伸ばされたラケットのスイートスポットがボールをとらえたその刹那(せつな)。
「……っ!」
渾身の力を込めてサーブが放たれた。相手のコートに鋭く入ったサーブに、相手が機敏に反応して打ち返す。けれど、その動きを予想していたようにネットへと詰めていた先輩は、返ってきたボールをラケットにそっと乗せるように当て、相手のコートのネットギリギリへと落とした。まるで時間が止まったように、会場がしんと静まり、ボールが相手の足元へコロコロと転がる。次の瞬間、会場全体に歓声が響く。
「ゲームセットアンドマッチ……ウォンバイ足利(あしかが)、ゲームカウント――」
「足利! 良くやった!」
「これで一勝一敗、行けるぞ!」
審判のコールはもう聞こえないけれど、スコアなら誰もが知っている。長いタイブレーク戦を制した孝輔先輩は、キラキラと輝いて、にこやかに笑っていた。

ひぐらしの声が物悲しく響いているのが聞こえる。夏ももう終わりなんだと感じるような涼しい風が夕暮れのコートを駆け抜けて、そこに佇む先輩の髪を持ち上げた。
「……孝輔先輩」
「……ああ」
呼び掛けに短い答えが戻って来る。団体戦は、準々決勝での惜敗。先輩達の夏は今日で終わった。自分がプレイしたコートに立って、いつまでも動かなかった先輩は、やっと振り返って静かに微笑んだ。
「涼しくなってきたな……そろそろ行こか」
「はい」
どんな気持ちで微笑み掛けてくれたのかわからなくて、励まそうと思って迎えに来たはずなのに私の方が泣きたくなってくる。
「試合……残念、でしたね……」
それでも何か言わなくてはと、並んで歩きながら口を開いたけれど、次の言葉は続かなかった。
「テニスの全てが終わった訳やない」
「そうですけど……」
その言葉が先輩の三年間を不意に思い起こさせて、思わず足を止めてしまう。
「それにまだ、美雪(みゆき)ちゃんはこれからやないか」
「そうなんですけど……」
孝輔先輩にとって最後の夏が終わってしまった今、その励ましが逆に辛かった。涙声になって俯(うつむ)く私の頭に大きな手が重なって、驚いて顔を上げようとしたけれど、少し乱暴に頭を撫でられた。
「な、……何するんですか、孝輔先輩……」
髪がぐしゃぐしゃになるくらい思い切り撫でられて、私は先輩の手を持ち上げて顔を上げる。
「それ、その顔……。美雪ちゃんは元気が良いのが一番やわ」
「え?」
からかわれていると思ったのに、孝輔先輩の表情はそれとはちょっと違った。
「美雪ちゃんは、そうやって笑っててや」
夕陽の逆光と、涙の滲(にじ)んだ私の目では良く見えなかったけれど、孝輔先輩の目も少し潤んでいるような気がする。励まそうと思っていたのに、結局励まされたのだと気づくと、私の目からはたちまち涙が溢れた。
「そんな顔似合わんって、言うたばかりやろ? もう、泣かんとき」
「……はい、でも嬉しくて……」
先輩の温かい手と、言葉と、その気持ちが嬉しくて、けれど切なくて。あの時の私は、そう返すのがやっとだった。
懐かしい夢だな、と客観的に二人を見ている自分がいる。夢だとはっきりと自覚して目を閉じると、当時の記憶が昨日のことのように甦(よみがえ)ってくる。次の思い出は多分、卒業式の日だ。夢の続きを期待して目を開けると、早咲きの桜の花びらが目の前に零(こぼ)れた。
映画かドラマのように、目の前に自分の記憶が展開されていく。私はあの時の私になって、卒業証書を受け取る先輩達の姿をぼんやりと眺めていた。
「……本当に卒業するんだ」
「もう会えなくなっちゃうんだねー」
先輩達が卒業してしまう。そう実感した同級生の口から発せられる小さなお喋りと、噛み殺したような嗚咽の音があちこちから聞こえてくる。
「足利孝輔」
「……はい」
孝輔先輩の順番になって、壇上に上がった先輩の姿を見ると、私にも急にその実感が込み上げて来た。
「……もう、会えないんだ……」
「……美雪?」

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