夢中文庫

溺れるカラダ凍えるココロ

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  • 作家宇佐川ゆかり
  • イラストもなか知弘
  • 販売日2015/6/18
  • 販売価格300円

過去の恋愛から、新しい恋に臆病になっている結衣。ある夜、ノベルティ目当てで参加したパーティーで知り合った男性と行きずりの関係を持ってしまうのだが、彼は結衣とは別世界の人間だった。社長とただの会社員、本来なら知り合うはずのなかった二人だったが、彼の与える快感は強烈で、結衣は彼に囚われていく。二人が顔を会わせるのはホテルの一室。ただ身体を重ねるだけの関係は、回を重ねるごとにエスカレートしていく。だが、彼が抱える傷に気がついてしまった結衣は、彼を見はなすことができなかった。彼の要求はとどまるところを知らず、ついには他の人達まで巻き込むようになる。果たして結衣の決断は――。

一歩足を踏み入れるなり、結衣(ゆい)は目を瞬かせた。ホテルの大広間を貸し切りにしたパーティー会場にはたくさんの人が溢れている。
「私、浮いてない?」
そうたずねた結衣に、友人の理沙(りさ)が笑顔を返した。
「大丈夫、大丈夫」
職場に持ち込み、定時のチャイムと同時にトイレに駆け込んで着替えた結衣のドレスは、明るいグリーンだ。同じ色合いのパンプスのヒールは七センチ。会場近くの美容院でセットしてもらった髪は、緩いアップスタイルでうなじにいく筋か毛が流れている。
同じ美容院でメイクもしてもらって、今日はいつもより華やかな装いなのだけれど、これだけたくさんの人がいるところに来るのは初めてだから緊張してしまう。
緊張している結衣とは対照的に、理沙は会場内の雰囲気を楽しんでいるようだった。会場はピンクや赤の明るい色合いでまとめられ、壁際のテーブルには軽食が並んでいる。立食形式なので、招待客達は自由に歩き回って、あちこちに歓談の輪ができあがっていた。
「わあ、ぬいぐるみが飾ってある!」
会場内に飾られている花もまた、赤やピンク、オレンジに黄色といった暖色系の色合いに白をあわせたもの。そこにはやけに凶悪な目つきをした熊のぬいぐるみも一緒に飾られていた。
「そりゃ、ベアーズのパーティーに来ているんだから、ぬいぐるみくらい飾ってあるでしょ」
「そうなんだけど……」
結衣と理沙が紛れ込んでいるのは、『ベアクラッシュ』というスマホアプリで大きくなったメーカーの、記者発表会の直後に開かれたパーティーだった。ゲームそのものはさほど難しいものではない。凶悪な顔をした熊をぶつけ合って消すというだけのいたって単純なゲームだ。
社長である飯野(いいの)孝之(たかゆき)が学生時代に一人で作ったゲームが元になっていて、最初に火がついたのは口コミを通じてのことだったらしい。
ただ熊をぶつけ合うだけのゲームだったのが、プレイヤーの要望にこたえていくつかのステージが増え、対戦機能がつき、友人との協力プレイや、他チームとの対戦プレイもできるようになって――と、どんどん複雑化していった。その課程で、一個人が作ったものから会社組織としてきちんと運営されるように変化したのだそうだ。
課金しなくても楽しめること、新規ユーザーも楽しめるような工夫がされていること、昔からいるユーザーには新たな楽しみを提供することから、プレイヤーの数は増える一方。今では海外にもプレイヤーがいるとかいないとか。
「お土産に何かくれるって言ってたよ」
「本当? このぬいぐるみだったりして」
理沙の言葉に、結衣は改めてぬいぐるみの方に目をやった。
ぶつけられる熊達も可愛いと、飾られているようなぬいぐるみだけではなく、文房具や食器といったキャラクターグッズも次々に売れて、今ではかなりの規模の会社となっていると聞く。
単純に熊をぶつけるだけのゲームだから、隙間時間で簡単にプレイすることができる。結衣はプレイヤーではなく、もともとはキャラクターグッズの方から入ったのだが、今ではゲームの方もかなり熱心にプレイしていた。
「ほんと、この熊可愛いよねぇ……」
「結衣がそんなに喜んでくれるなら、無理言って招待状取ってもらってよかった」
今日、この会場に入ることができたのは、理沙の彼氏が『ベアクラッシュ』の開発チームにいるからだ。招待状を彼が入手してくれたことによって、この会場に入ることを許されたのだ。
「シャンパン、もらってくるね」
飲み物が欲しいと理沙は姿を消す。視線を巡らせた結衣は、目立つ男性が少し離れた場所にいるのに気がついた。
(三十代……ううん、二十代って感じ?)
結衣のいる場所からは彼がよく見えるけれど、たくさんの人に囲まれている彼の方からは結衣の姿は見えないだろう。上品な仕立てのフォーマルスーツが、すらりとした彼の体型を引き立てている。少し癖のある髪は無造作を装って、その実きちんとセットされていた。胸ポケットにさされた明るい色のチーフが、彼の装いをより華やかに見せている。少し目元がきついような気はするけれど、それが逆に色っぽく見えた。
ふいに彼が視線を巡らせ、目立たないところに立っていた結衣のところでとまる。彼と見つめ合う形になって、先に目をそらしたのは結衣の方だった。
「お待たせ」
「ありがと」
飲み物を取りに行っていた理沙が戻ってくる。
「何見てたの? ……ああ、いい男じゃない」
たくさんの人に囲まれる彼を見て、理沙は納得したように首を振った。
「隣にいるのモデルの田宮(たみや)麻(ま)央(お)でしょ。っていうことは芸能人とかかなあ。見たことないけど、俳優とか?」
すらりとした長身も、整った顔立ちも、彼を人ごみの中で目立たせるには十分だった。ただ、それだけではなくてオーラとでも言えばいいのか、周囲にいる人達より圧倒的な存在感だ。隣にいるのがモデルと聞いても、彼の方に目が引き寄せられる。
「そういうんじゃないんだけど」
結衣は理沙の追求を避けるかのように、グラスを口に運んだ。
たしかに彼から目を離すことができない。でも、それは今理沙が口にしたようなことが理由というわけではなかった。
人越しに、一瞬だけ交錯した視線。その一瞬で結衣には十分だった。どうしてそう思ったのか、結衣自身にもわからない。
(この人は、私と同じ様な傷を抱えている……ような)
過去に手痛い失恋をしたことから、まだ立ち直れていない。周囲の人の目から見たらバカバカしいかもしれないけれど、友人と当時の恋人が裏切っていたというだけで、結衣には十分だった。どういうわけか、同じような傷を、彼も抱えているように思えてしまったのだ。
(また裏切られるかもしれないと思ったら……恋人が欲しいだなんて思えなくなる)
今日ここに来たのだって、招待されているセレブとの出会いを求めたわけではない。お目当ては、パーティーのお土産に持たされるキャラグッズだ。
首を傾げていた理沙だったけれど、本当に結衣が彼には興味ないということには納得してくれたようだった。
「私は、ステキだと思うけど」
「ああいう人は遠くから見ればいいでしょ」
生きていれば傷の一つや二つ皆抱えているものだ。いちいち共感していたら、こちらの身が持たない。
視線を戻した時には、彼は周囲を多数の人に囲まれたまま、向こう側へと歩いていくところだった。
結衣は理沙と連れだって、会場内をあちこち見て回る。前方にもうけられたステージでは最近売り出し中のアイドルグループが華やかなパフォーマンスを披露していた。
芸能人だけではなく、プロのスポーツ選手や文化人も招待されていて、ゲームの人気の高さをありありと伝えてくる。知った顔を見かける度に、小さく感嘆の声を上げる。
会場内にいるのはそれなりに楽しかったけれど、それほど遅くまでいるつもりもない。
「ごめん、理沙。私、そろそろ帰る」
「今来たばかり――ああ、結衣はおまけがほしかっただけだもんね」
理沙はこのパーティーの招待状を手配してくれた彼氏と、この後会場内で落ち合う予定になっている。二人の邪魔をするのも気が引ける。
「もったいないな、せっかく綺麗にしているのに……せっかくだからもうちょっといたら? いい出会いもあるかもしれないよ?」
「またそのうち機会もあるわよ」
友人の結婚式にでも呼ばれれば、こんな風にドレスアップすることだってあるはずだ。たとえば、今目の前にいる理沙なんて、年内にでも挙式するつもりで式場巡りを始めたところだ。
(理沙の好意はありがたいけど。まだ、そんな気にはなれないし)
理沙に別れを告げ、結衣は踵を返した。
会場内は盛り上がっていて、結衣のように出ていく人の数はそれほど多くない。クロークのところで預けた荷物と一緒に土産物を受けとる。小さな紙袋に入ったそれは、クリアファイルと何か――おそらく、付箋紙かメモ用紙。職場でも使えそうな文房具のようだ。
(帰ったら飾ろうっと)
結衣の部屋には、グッズを飾っている場所がある。そこに新しいコレクションを加えるのが待ちきれなかった。
扉を閉めたとたん、会場内の音は聞こえなくなった。赤いカーペットが敷かれた廊下を足早に歩く。
あともう少しで会場になっているホテルを出るというところだった。
「あ、すみませ……」
人とぶつかりかけて、結衣はあわてて脇へとよける。よろめいたところを、腕を掴んで引き留められた。
「……失礼」
普通ならそれで終わりになるはずだった。だが、見上げた視線の先、思いがけない人の顔を見てその場に止まってしまう。
そこにあったのは、先ほど会場内で見かけた男性の顔だった。正面から彼と目が合う。
「あ、ありがとうございます。すみません、ぼうっとしてて」
「こちらこそ、失礼しました」
彼が腕を放してくれて、結衣は小さく息をつく。あとは、そのまま歩き始めればいいはずだった。なのに、身体が上手く動いてくれなくて、怪訝そうに彼が結衣を見つめる。
「……何か?」
「い、いいえ。私ったら……すみません」
(どうして、こんな風に感じるんだろう……この人のことをよく知らないのに)
たとえるなら、ナイフで胸を抉(えぐ)られたような痛み。初対面の人にそんな風に感じるのは初めてで、どうしてそんなことになっているのかまったくわからない。
とっさに頭を下げ、そのまま歩きだそうとすると再び声をかけられる。
「もし、よかったら……飲みに行かないか」
「私と、ですか?」
「俺はあなたを誘っているつもりなんだが」
小さく笑った彼の目元が柔らかくなった。
(私を……誘ってる?)

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