夢中文庫

契約恋愛と外せない指輪

  • 作家宇佐川ゆかり
  • イラスト中田恵
  • 販売日2017/02/17
  • 販売価格300円

結婚間近と思っていた恋人にふられた彩。道ばたで泣いている彩にハンカチを差し出してくれたのは、近所でアンティークジュエリーショップを経営している菊池だった。数日後、菊池は自身が経営する店にあった彩の祖母の指輪を代償として、彩に望まない結婚を回避するために「恋人のふり」をしてほしいと持ちかけてくる。ためらいながらもその提案を受け入れた彩だったけれど、二人で会う回数が増える度に彼に心を惹かれてしまう。吸い込まれるように身体を重ね、彼への想いを育てていく彩。重みを増すエメラルドの指輪が胸を切なく締めつける。この関係が契約でしかないことはわかっていても、想いを殺すことはできない。彩のくだした結論は――

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「別れよう」
 いつものようにデートした帰り道、その言葉はあまりにも簡単に誠也(せいや)の口から発せられた。彼の言葉が信じられなくて彩(あや)は立ち止まってしまう。
 誠也とは、大学時代からの付き合いだった。
 入学して最初の講義。大教室で通路を挟んで座ったのがきっかけ。
 その年の冬に付き合い始めて五年以上──「そろそろ、結婚したいね」なんて言葉も彩の方からは口にしていた。
「わ、別れるって……?」
「彩だって、わかってるだろ? 俺達──このまま続けていてもうまくいくはずがないって」
「……それは」
 本当は知っていた。
 誠也の気持ちがとっくに離れていることくらい。
 繋(つな)がらない電話。返事のないメール。
 彼と会う機会はどんどん遠くなっていって、今日はひと月ぶりに顔を合わせたというのに。
「……イヤ」
 結局、彩の口から出たのはそれだけだった。けれど、誠也は彩のことなんて見向きもしない。
 誠也が身を翻(ひるがえ)し、すがろうとした彩の手が宙を掴(つか)む。腕を伸ばしたまま立ち尽くした彩を残し、歩いていく誠也の姿が、角を曲がって見えなくなる。
 つぅっと彩の涙を冷たいものが流れ落ちた。
(私、泣いてるんだ)
 自分が泣いているという事実に、彩の方が驚いた。自分が人前で涙を流しているなんて。
 誠也との付き合いはいいことばかりではなかったけれど、それでも──彼のことは好きだった。
「大丈夫ですか?」
 そっと差し出されたハンカチに彩は首を横に振る。
「ごめんなさい、気になったものですから」
 改めてかけられた言葉に顔を上げた。
「──菊池(きくち)さん!」
 彩に声をかけてきたのは、彩の家の近くでアンティークジュエリーを扱う店を経営している菊池遼(りよう)だった。
 普段は店にいるのだが、今日はどこかに出かけた帰りなのだろう。大きな鞄を持っている。
 清潔感のあるスーツに、染めていない黒髪。上半身を彩の方へ屈めた彼は、心配そうな視線でこちらを見つめている。
「わ、す、すみません……」
 絶対に、今、みっともない顔をしているに違いない。正面から菊池の顔を見ることができなくて、彩は視線を落とした。
「大丈夫です、本当に」
 彼の差し出してくれたハンカチは、街灯の明かりでもそうとわかるくらいに真っ白でぴしりとアイロンがかけられている。それを汚すのは申し訳なくて、バッグの中をかき回した。
「みっともないとこ、見せちゃいましたね……あはは」
 ポケットティッシュを引っ張り出して、それで目元を押さえた。メイクが落ちてなければいいけれど。
「……いいえ。みっともないなんてことありませんよ。送りますから、もう帰りましょう」
「あ、でも」
「同じ方向ですから」
「そ、そうですね……すみません」
 彩の家は、駅前のアーケードの中で花屋を経営している。
 祖母が店に立っていた時代には一度廃業の危機に見舞われたというけれど、今では経営は安定している。
 菊池も、彩の実家で花を注文している一人だった。彩の家は、ここからだと彼の家より手前の位置にある。
「明日は、いつもより少し早めに届けてもらえますか」
「はい、いつもありがとうございます。母に伝えておきますね」
 彼は週に三回花を注文してくれるが、彩は店内に入ったことはない。母親が彼を気に入っていて、彼の店で花をいける仕事はいつも母が独り占めにしているからだ。
(気持ちはわからなくないけど──)
 目の保養だと母は言っているし、それには完全に同感だ。すらりと背が高い彼は、彩の目から見ても高そうなスーツを嫌味なく着こなしている。
 仕事のことに頭を切り替えたら、彩の気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
 今は亡き祖母が、父の五歳の誕生日にオープンしたことから『バースディ』と名づけられた店舗の上にあるマンションが彩の家だ。一階には他に二つ、両隣は輸入物の雑貨を扱う店と、クリーニング店が入っている。
「ありがとうございました」
 店の前で丁寧に礼を述べると、菊池は困ったように笑った。
「いえ、いいんです。気をつけてくださいね」
 気をつけるも何も、このマンションの中が彩の家だ。彼は彩がエントランスの扉を開くまで、外で見守ってくれた。

ご意見・ご感想

編集部

相手を助けるために交わされた契約恋愛…
報酬として祖母の指輪をもらえる…
悪いことをしているわけではなく、利害の一致で協力しあっているだけ
なのに、気持ちが沈んでしまうのは…

価値観の違いは結構大きいですよね!
相手のことが嫌いじゃないのにふとした瞬間に違和感を感じたり、
さり気ない一言に高い壁を見てしまったり……
彩さんも、住む世界が違いすぎる菊池さんとの時間に
翻弄されつつも気持ちを育み続けます…

一緒にいたいと願う彩さんの気持ちは、どうなってしまうのでしょうか…?
恋人や家族、近しい人とのすれ違いに悩む方も必見!
彩さんがくだした1つの結論。
ぜひ、お見逃しなく♪

2017年2月17日 10:03 AM

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