
イラスト緋月アイナ
樋口家家訓「女性は絶対にお尻を冷やしてはいけない」だから今日もおばあちゃんが編んでくれた毛糸のパンツを穿いて出勤していた。お腹ぬくぬく。そんな芽衣子に「野獣先輩」と呼ばれている俊介が声をかけてきた。「何か紐が出てるよ」言いつつ俊介が引っ張った赤い紐は、なんと芽衣子のスカートを捲り上げ、下半身全開にさせてしまう!毛糸のパンツのほころびで、垂れ落ちていた糸の先っぽだったのだ。大ショック!な芽衣子は毛糸のパンツを穿いていることを知られたくないばかりに、俊介のひどい要求を受け入れ体の関係になってしまう。だけどなぜか次第にそれが嫌じゃなくなってきて……これってもしかして、運命の赤い(毛)糸だった!?
1
うちの会社には“野獣先輩”と呼ばれる肉食系男子がいる。
彼の名は、逢坂(おおさか)俊介(しゅんすけ)、二十五歳。
長身でこんがりと焼けた肌、ほどよく筋肉のついた男らしい体つき、豪快な笑い方をして、ニカっと笑ったときに見える綺麗な白い歯。
言うまでもなく顔はすごく整っているし、動物に例えるとライオンとかヒョウとかチーターとか、そういう肉食動物系。
噂では、たくさんの女の人と経験していて、合コンに行けばお持ち帰り率百パーセントらしい。
分からなくもないよ、すごく魅力的な人だと思うし。
でも私は、ああいう男性は苦手だな。どちらかというと……誠実で優しくて、王子様みたいにキラキラしている正統派イケメンの、営業部の森(もり)直之(なおゆき)さんみたいな人がいいな。
清潔感に溢れていて、ミディアムヘアの風になびいているようなヘアスタイルが素敵だし、海外生活が長かったみたいでレディファーストが身についていて、すごく気が利いて優しくて……。
あんな男性が彼氏だったら素敵だよね。
……なんて思っていたのに。
「樋口(ひぐち)さん、何か紐が出てるよ」
「え?」
ある日の昼下がり。
社員食堂でランチを終えて廊下を歩いていると、背後から野獣先輩こと逢坂俊介さんに声をかけられた。
……紐? なんのことだろう?
手にはお財布しか持っていない。
よく分からないけれど、そう言われたのでキョロキョロと周囲を見渡していると、逢坂さんは私に近づき、しゃがんで何かを掴んだ。
彼の手元には赤い糸。
「……これ」
足元に垂れ下がっていた赤い糸をくいっと引っ張られると、そのまま私の膝丈のフレアスカートが捲れ上がった。
「あ!!」
向かい合ったまま、二人で顔を合わせて固まる。
それ、私の穿いている、毛糸のパンツのほつれた紐────
それに気が付いたときには、もう遅い。
逢坂さんの視線は、私の下半身をバッチリ捉えていた。
どうして、どうして、どうして……。
私は自分のデスクに突っ伏して、その言葉を延々と繰り返していた。
十月になった途端急に寒くなってきたので、今日はおばあちゃんが編んでくれた毛糸のパンツを穿いて出勤してきた。
女性は絶対にお尻を冷やしてはいけないという家訓のもと、冬の間と月のものが来たときは、絶対に毛糸のパンツを穿く。
他の紺色のパンツとか、ガードルとかでも代用できるのだろうけど、このおばあちゃんの毛糸のパンツは本当に温かくて穿き心地がいいのだ。
だから社会人になった今でも穿いているのだけど──
よりによって、なぜ、逢坂さんに見られてしまったのだろう。
逢坂さんは、私の憧れの人である森直之さんと同期でとても仲がいい人だ。絶対に言われる。
ああ、もう終わりだ……。毛糸の樋口って呼ばれるに違いない。
それでなくても私はどこからどう見てもお子ちゃまで、全然大人っぽくないから相手にされていないのに。
二十三歳にもなっても未だ毛糸のパンツを穿く女子、樋口芽衣子(めいこ)。
オフィス文具を販売する会社に勤めて半年。やっと会社にも慣れてきて、素敵な先輩に憧れてみたりなんかして、毎日森さんを遠くから見つめて幸せな気持ちに浸るOLだ。
こんなささやかな楽しみが、今日限りで終了しようとしている。
逢坂さんは、絶対に森さんに言うに違いない。最悪の場合、飲み会の席で、みんなの前で言われてしまうかもしれない。
さっきだって……目を丸くして毛糸のパンツをガン見していた。
あれは絶対にバカにしている目だった。信じられないというような非難の目だ。
この世にタイムマシーンがあるなら、あの時間に戻りたい。全財産を渡すから、誰か私にタイムマシーンをくれないかな。
そんな現実逃避をしていると、逢坂さんが私のデスクにやってきた。
「樋口さん、今日時間ある?」
え、え、ええーっ。
さっそく何ですか!
逢坂さんは営業で、私は事務だし、部署が違うから全く接点がなかったというのに、どうしていきなり話しかけてくるんですか。
ケーパン(注・毛糸パンツの略)女に興味持たないでください、お願いしますから──
イラストnira.
カラダの関係から始まった二人。カラダを重ねる度に心が揺れて私は淳也さんを好きになってゆく。地味なOLの私が父親の借金返済のために会社に内緒で始めたアルバイトは交際クラブのコンパニオンだった。毎週決まって土曜日に現れる淳也さんは店の大切なお客様なのに気がつくと私は彼の事ばかりを考えている。ホテルの部屋のベッドで彼と肌を合わせている時だけは嫌な現実を忘れられる。気がつくとお金だけでは割り切れない感情を私は抱えていた。本気で好きになってはいけないと頭の中では理解しているつもりなのに心は乱れてカラダは彼を求めてしまう。彼は私のことをどう思っているのだろう。そんな事ばかりを考えてしまい……。