
イラストルシヴィオ
突然決まった公爵家との縁談。とはいえマリアンヌに決定権はない。結婚式まで一か月という大至急な展開でもマリアンヌは動じなかった。結婚に夢など持っていなかったからだ。冷めた解釈は現実のものとなり、夫となるルシオンは挙式まで姿を見せず初夜もスルーされた。そして言われたのは、親に嵌められて結婚しただけ。とはいえ、公爵夫妻や邸の者たちは過保護すぎるほど大事にしてくれる。充実した日々を送るマリアンヌだが、ある日突然ルシオンが話しかけてきた。マリアンヌのことを「可愛い」と言ってプレゼントを贈ってくれるように。どういうこと!? あまりの豹変に戸惑うマリアンヌだが、次第に甘い言葉に胸がときめいてきて――
第一章 結婚相手が決まったようです
毎年、王宮の大広間で催される年に一度の盛大な舞踏会。
社交界デビューをしてからこの舞踏会には兄のエスコートで参加させられる。伯爵家の娘に生まれたことと、古い考えの父にキッチリと施された令嬢教育ゆえ、この舞踏会ではしっかりと飾られて売り込むために引き回される。
そこにあるのは自身の地位に固執し、確固たるものにすべく腹黒く動く父とその脇で必死に嫁探しに奮闘する父に似た兄の姿。
息子の嫁と娘の婿にふさわしい相手を探す父の姿は社交界の一部で大変有名である。
高位貴族の間で、実に浅ましいと、そんな陰口が耳に入っても、あるいはそれが父ではなく私自身に向けられたあからさまに馬鹿にするような態度であっても、社交界デビューした令嬢ならば綺麗な笑顔で華麗かわすのが美徳とされる。実に女性に厳しい世界である。
だから、私は社交の場に出る度毎回思う。ここは笑顔の戦場だと……。
私、マリアンヌ・カミルディアはカミルディア伯爵家の末娘として十八年前に生まれた。母の命と引き換えに。
母は三人目の出産で命を落としてしまった。きっと男に違いないという根拠のない期待をされたものの、生まれたのは長男のスペアにもならない女児であり、その父を失望させてしまった。
その後はお察しの通り。父や跡取りとして大事にされている兄とは違い、私とこの家で仲のよかった五歳上の姉セザンヌは生きるには困らない最低限の生活を与えられただけだった。具体的には、乳母とメイド、年齢が上がると嫁に行かせるために必要な令嬢教育担当の家庭教師である。
なんでも与えられる兄を見つつ、私たち姉妹は必要に応じたもののみの生活。父の事業は問題なく領地運営も恙ないのに、伯爵令嬢として外に出される時以外の私たち姉妹の生活は、質素そのものだった。
私もセザンヌも着飾ることに重きを置かなかったし、慎ましくても姉妹で共に過ごせればそれだけでよかった。ささやかな幸せで満足していたし、二人で支えあっていた。
そんな生活も私の社交界デビューを三年後に控えた頃、セザンヌが十八歳で嫁ぐことになって終わりを迎えた。
セザンヌは最後まで私を心配して、なにかあれば嫁ぎ先に迷わず来るようにと念を押して嫁いでいった。
政略結婚だと思われた姉は、実は義兄の一目惚れからの望まれたものだった。歳の差のある二人だがとても仲がよく、結婚五年目の現在、姉は二人の子に恵まれ義兄にも愛され幸せな生活を送っている。
しかし、そんな結婚は稀であろうことはよくわかっている。この社交界は見るも聞くも愛憎まみれで結婚になど夢もなにもないからだ。
結婚に愛があるなんて稀なこと。姉は実に運がよく幸せな女性である。
生まれてこの年まで、希望もなにもなかった。思い通りになることも、なにかを自分で決めることもない生活。