夢中文庫

嘘つきは恋のはじまり

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  • 作家藍川せりか
  • イラストnira.
  • 販売日2014/12/25
  • 販売価格300円

杉枝悦子は、学生時代から告白されても光の速さで断る鉄のような女だという事で『テツコ』と呼ばれていた。派手な顔と容姿とは反対のヘタレで処女の自分に嫌気がさして、遊び人だと嘘をついて会社の同期である桝田とラブホテルに潜入することに成功する。けれど、いざとなると怖気づいて逃げ出してしまった。しかも桝田に処女ということがバレてしまって呼び出されてしまう。初体験できるように桝田が協力してくれる事になり、二人は内緒のデートを重ねていく。桝田のことが徐々に気になっていくけれど、なかなか上手く伝えられない悦子の前に、昔飲み会で出会った男性が現れて、彼氏候補にしてほしいと言い出した。拗らせ処女の恋は一体どうなる!?

初めてのラブホテル。酔った勢いでリードされながら、上手く入ってこられた。

大手イベント会社に入社して四年が経ち、地方に転勤になった同期の子たちが東京に集まることになって、今日は楽しくてたくさん飲んでしまった。

頭がフワフワして、全身に自分の鼓動が脈打っているのが分かる。歩くのもやっとな感じで、同じ本社に勤めている桝田(ますだ)陽介(ようすけ)に抱えられながらここまでやってきた。

「杉枝(すぎえだ)、大丈夫か?」

「大丈夫、だよ……」

これは大丈夫じゃないな、と呟く桝田くんは、私をベッドの上にそっと寝かせて上から覗(のぞ)き込むように私を見つめた。

桝田くんの黒目がちな目が、私を熱く見つめている。元々男前だとは思ってはいたけれど、近くで見ると溜息が出るくらいに本当に整った顔立ちだ。女子社員からすごく人気で、とてもモテると有名な桝田くん。少したれ目で、目元のホクロがセクシー。その甘い眼差しで見つめられるとドキドキしてしまう。

「杉枝は……飲むとエッチしたくなるタイプなんだっけ?」

「……ん、そうだよ……」

先程までの飲み会で、私は酔った勢いでそんな話を饒舌(じょうぜつ)に語ってしまった。今まで経験した人数は数えきれないほどで、色んな人と今まで色んな経験をしてきた。彼氏も一人じゃ満足できなくて、股がけすることもしばしば。酔うとエッチしたくなるんだーなんて、遊び人発言しまくりで、皆から注目を浴びると何だか鼻高々で楽しくてついつい飲みすぎた。

――それが本当なら、どれだけいいことか。

「今日のことはちゃんと会社の奴らに内緒にするから安心していいよ」

「桝田くんも、遊んでるんだぁ」

「……さぁ、どうかな?」

桝田くんは私の言葉をはぐらかして、そっと唇を塞(ふさ)いできた。唇が触れて、ぎゅっと目を瞑(つむ)る。唇の感触を感じる余裕なんてなくて、石のように固まる身体を何とかしないと、と力を抜こうと努力する。

「……?」

そっと唇を離した桝田くんは、私の顔を覗き込む。怪しまれているのではないかと不安になって、顔を見られないように首に手を回して抱きついた。

――遊んでいるなんて嘘、本当は処女だし! しかも彼氏いない歴二十六年の危機的状況の崖っぷち。そんなこと、今更言い出せなくて自称遊び人と化して、ドサクサに紛れて脱処女を試みている今日この頃。

「もっと口を開いて。舌入れらんない」

「し、舌……?」

舌って? 口の中に入れるの? 私の舌はどうすればいいの? 息は? ああ、もう息をするタイミングが分からないよーっ。

「……どうしたの? 緊張してる?」

「え、ええ? そんなわけないじゃん! 桝田くん、変なこと言わないでよぉ」

ヤバイ、声が裏返っちゃった。もっとスマートにやり取りをしないと怪しまれて中断されてしまう。

「じゃあ、とりあえずシャワーでも浴びようか。このままするのも何だし」

「そうだね……。じゃあ先に入ってきてくれる?」

私から入るなんて、絶対できない。お風呂場の構造とかラブホテル自体初めての私には難易度が高すぎる。こっそり桝田くんが入る様子を見て、そのマネをしようと思ってバスルームへ向かう桝田くんをチラチラ見ていると、急に振り返って意地悪そうな表情を向けてくる。

「待ってる時間が寂しいなら、一緒に入る?」

な、なんと! そんな上級者なことを私が出来るわけがない。何て刺激的なことを言い出すの。私の予想をはるかに超えるような発言に思わずうろたえてしまった。

「もう、桝田くんったら。恥ずかしいこと言わないで。私はここで大人しく待ってるよ」

返事はこれで合ってる? 不自然じゃなかった?

私はぎこちない笑顔を浮かべて、桝田くんを見つめ返し、わかったと返事をしてバスルームに入っていく背中を見送った。

学生時代からこの派手な顔立ちのせいで、遊んでいるだの、彼氏が何人もいそうだの噂されて本当に迷惑してきた。その反動で勉強に打ち込んで周囲の声をシャットアウトし、男性から交際を申し込まれたことだってあったけれど、即答で断るという必殺技を使って一度も付き合ったことがない。

「別に……平気なんだから」

二十六年間守りぬいてきた処女を捨てるときがついにやってきた。エッチなんてみんなやっているものなんだし、きっとあっけなく初体験して終わりなはずだ。何も怖がることはない。ただ、他の人よりも遅くなっちゃっただけ。

バスルームからの水の流れる音を聞いていると、胸がうるさいほど高鳴ってソワソワしてしまうので、気を紛らわそうとテレビのリモコンを持って電源ボタンを押した。

「ああっ、すごい! ああーっ」

爆音で鳴るAVの喘(あえ)ぎ声に驚いて、思わず固まってしまった。

巨乳の女性が男性に大きく脚を広げられて、胸が大きく揺れている。そして画面が切り替わり、モザイクのかかった結合部が映し出されたので恐ろしくなって速攻でテレビを消した。

「ああ、怖かった……。何あれ……」

今から桝田くんとあんなことをするっていうの? 今までインターネットで色々調べてきたけれども、動画は初めて見た。だってパソコンやスマートフォンで動画を開いて、ウイルスとか架空請求が来たら怖いじゃない? だから見たことなかった。なのに……こんな直前になって見ちゃうなんて! 刺激が強すぎて、怖気づいてしまうよーっ!

「か、帰りたい……」

帰るなら今しかない。桝田くんがシャワーから戻ってきたらタイミングを逃してしまう。怖いって泣いてしまったら、私が処女だってことがバレて会社の人に言われてしまうかも知れない。そうしたら今までたくさん経験してきた、なんて嘘をついていたことも知られて、周りから信頼を失って会社に居づらくなってしまう!

ラブホテルがいくらかかるか分からないけれど、急いで財布の中から二万円を取り出してテーブルの上に置いた。

「ゴメンなさい、桝田くん」

とりあえずバスルームに一礼して、私は逃げるように部屋を飛び出して走って帰ったのだった。

*   *   *

翌日、気分は最悪だった。

飲みすぎて頭が痛いのもあるけれど、桝田くんにどんな顔をして会えばいいか分からない、というのが一番の原因だ。

私は株式会社エル・イベントプロデュースという会社の企画開発部に勤務している。桝田くんは企画営業ユニットという部署にいて同じ部署ではないのだけれど……フロアは一緒。私のデスクから右斜め方向を見ると、桝田くんの席なのだ。向かい合わせじゃなかっただけマシなんだろうけど……本当に気まずい。ああ、せっかくの脱・処女のチャンスだったのに、何でこんなにヘタレなんだろう。自分がつくづく嫌になる。こんなだから、この年まで処女なんだ。

北風から逃げるように小走りで会社のビルに入り、一階にあるコーヒーショップに寄って、カフェラテを注文した。

飲みすぎた翌朝には温かいものを飲みたくなるんだよね、なんて思いながら、可愛いお姉さんが入れてくれたカフェオレを受け取る。そして歩き出そうとした瞬間、背後から強めに肩を掴(つか)まれて歩みを止められた。

「おはよう、杉枝」

「……桝田……くん」

ヘビに睨(にら)まれたカエルのように動けなくなる。もちろん、桝田くんは笑顔で挨拶してくれているのだけれど、目が全く笑っていない。これは怒っているに違いない!

「昨日何で勝手に帰ったんだよ?」

「いや、その……えっと……生理! 生理になっちゃって……」

「普通、俺がフロから上がるまで待つでしょ。ひどくない? 俺、女の子にあんなことされたの初めてだよ」

小さい声で責めてくる桝田くんと目が合わせられない。申し訳ないと心底思っているんだけど、本当のことは絶対に言えない。

「しかも二万円を置いていくなんて、いかがわしい関係みたいだから止めてよ。それに、こういうとき、女の子はこんなにたくさん払わなくていいもんでしょ」

「え? そうなの?」

初めて聞いた! という表情をしてしまったことに、瞬時に気が付いて口を手で押さえて俯(うつむ)いた。私のバカ! 遊んでいるっていう設定なのに、何でホテル代の相場とか女子はそんなに払わなくていいとか知らないの。そんなことじゃ怪しまれてしまうじゃない!

「おいおい、いつもどんな男といるわけ? もっと大事にしてくれるヤツと付き合えよ」

そう言って、私の頭をポンポンと撫でて、桝田くんは耳元でそっと囁(ささや)いた。

「……でも二万円は返してやらない。次のホテル代にするから、今度埋め合わせして」

何これ、何これ! 耳元で囁やかれた低い声にゾクゾクして、手に持っていたカフェラテを落としてしまいそうになった。しかも言い終わったあと、私の顔を見てニッコリと笑った顔が意地悪な少年みたいな顔で、その表情を見てドキドキしてしまった自分がいた。

「……分かったよ。次は腰が砕けるぐらいエッチするからね」

――あああ。何でまたこんなことを言っちゃうかなぁ! こうやって自分のハードル上げてどうすんだっつうの。昨日は酔っていたから、会社の男の子とホテルに行っちゃったけれど、本当はこういう不真面目な関係は同じ会社の人としちゃダメってネットに書いてあったじゃない。なのに、どうするの!

こんなに身体が熱いのは、カフェラテのせいだ。気が付けばあんなに冷えていた身体が汗ばむくらいに火照っていた。

と、とにかく。桝田くんとあんなことがあったんだから、少し距離を取ろう。時間を空ければ私とホテルに行く約束だってうやむやになるはず。あの二万円は初めてラブホテルに連れて行ってもらった社会見学料として払ったと思えばいいし。

そうだ、そうしよう!

……なんて甘かった。

「あれ? テツコ? テツコじゃねえ?」

――うそでしょ。こんなことってある?

うちの会社はイベント会社だ。色んな他企業から依頼されてイベントを提案したり進行したりする。なので、比較的他の会社の人が出入りすることが多いのだけれど。

こんな偶然いらないでしょ。しかも桝田くんと一緒の時なんて尚更……。

ミーティングルーム前の廊下で桝田くんの隣にいた取引先の男性が、私の高校の同級生の相模(さがみ)くんだった。しかも、学生時代のアダ名で私を呼ぶものだから、桝田くんは興味津々になっちゃって……。本気で恨むよ、相模くん!

「え? 相模さん、テツコって何ですか?」

「や、やだなぁ相模くん! わ、私、悦子(えつこ)だよ! 間違えないでよぉー」

お願いだから、この話を桝田くんにしないで! お願い!

必死でアイコンタクトを送っているのにも関わらず、相模くんには届かず、笑顔で話し続ける。

「桝田さん、聞いて下さいよ! コイツ可愛くて人気だったのに、告白されても光の速さで断るって有名で……。鉄のように固いから悦子からもじってテツコっていうアダ名になったんですよ」

「へえ……。てっきり鉄道オタクか何かかと思いました」

もう止めて! これ以上話したら、私の嘘がバレちゃうって!

「そんなのは昔の話だから!」

「嘘つけー。この前も聞いたぞ。まだテツコ健在で、ヴァージンらしいな、お前。二十六歳でそれじゃあ、かなりマズイでしょ」

――顔面蒼白。

嘘でしょ、現在進行形だなんて言っちゃう? この前の飲み会でエッチしまくってる、なんて意気揚々と言い放った私の立場がないじゃない。いやでも相模くんが言うことが本当で、私が嘘つきなんだけどさ。こんな会社の人に私の性事情を暴露しなくてもいいじゃない。私、この後どうすればいいの……。

俯いて黙ってしまったら、これが本当なんだって思われてしまう。何か言わなきゃって思うけれど、上手く言葉が出てこない。どうしよう……。

「……それ、ガセネタじゃないですか? 杉枝と俺、付き合ってますから」

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