夢中文庫

恋のスパイスを効かせて

aikawaserika05_s
  • 作家藍川せりか
  • イラストまろ
  • 販売日2015/8/5
  • 販売価格300円

フレンチレストラン・アンヴューでシェフとして働く藤本未央は、ある日突然何を食べても味を感じなくなってしまった。心あたりはただ一つ。半年前にフラれた元カレがアンヴューで挙式を挙げるなんて言いだしたから……。そんなとき、先輩である菱川広臣さんが味覚障害を治すために特訓をしてくれることに。二人きりの夜のキッチンで、「舌を見せてみろ」と言われて素直に見せると、そのままキスをされてしまって……!いつもは料理にしか興味がなさそうな彼なのに、すごく情熱的な眼差しで見つめられて、慰めてやる、なんて言われてしまってどうしよう!恋のスパイス、効きすぎていませんか!?私、ドキドキが止まりませんーっ!!

「……これ、試食お願いします」
「おう」
 私は、高校から調理専門のコースのある学校に通い、卒業と同時に念願の調理師免許を手に入れた。十八歳で単身渡仏し、向こうで五年間修業を積んで日本に帰ってきた。
 そして日本で開催されたフランス料理コンペティションに参加し、なんとグランプリを獲得。輝かしい功績を残したおかげで、東京で人気のフレンチレストラン・アンヴューのオーナー・シェフに「うちで働かないか?」と声をかけられた。飛び上がるほど嬉しくて、そのときの喜びは今でも忘れられない。
 それから二年が経過し、アンヴューで部門シェフであるシェフ・ド・パルティを任されるようになった。今はまだ三番手だけど、いつかはスーシェフ、いやいや、それよりも自分のお店を出してオーナー・シェフになりたい。そう思って毎日頑張っている。
 そんな風に夢は大きく、目標は高く!
 ……なんだけど。
「お前、正気か? それとも……俺への嫌がらせ?」
「ち、違います。本気で作りました。かなり……丹精込めて……」
 私の先輩である、スーシェフの菱川広臣(ひしかわひろおみ)さんに、今月のコース料理に出す予定の〝活けオマール海老のロースト〟を試食してもらったのだけど……。
「マズい、食えたもんじゃねえ。このクリームソースなに? 味がくどい。どうやったらこんなマズいもんが作れるんだ?」
「ううーん……」
「俺はなぁ、マズい物を食わされるのが一番嫌いなんだ」
 菱川さんはものすごい剣幕で私を睨んでいる。そんなに怒らないでほしい。私は真剣に作ったんだから。
「おい、藤野(ふじの)。どうしたんだ? 今までこんな失敗しなかったじゃないか」
「あの……菱川さん」
「なんだ?」
「……実は私……。味が……分からなくなっちゃったみたいで。何を食べても味がしないんです……」
「は!?」
 若くしてコンペティションでグランプリを獲り、本場のフランス料理を経験したことを活かして、順調にシェフとしてやってきたのに……。
 私、藤野(ふじの)未央(みお)は料理人にとって必要不可欠な味覚を、突然失ってしまった──。
 私の話を聞いて、驚き慌てふためいている菱川さんを見つめながら、ふとその理由を思い返していた。
──私がフランスから帰ってきて、アンヴューで働き始めて一年が経ったころ、友人とその彼氏と食事する機会があった。そのときに一緒に参加していた男性、前田(まえだ)健(たける)という商社マンと出会い、あれよあれよという間に付き合うことになった。
 明るく社交的な健は、日本に帰ってきてから仕事ばかりしていた私に、いろんなことを教えてくれて、一緒にいるととても楽しかった。
 けれど、別れはある日突然やってきた。
「……俺、結婚しようと思うんだ、だから別れてほしい」
 最初、意味が分からなくて、愕然として言葉が出てこなかった。
──結婚? 私と? いや、私となら、別れようって言うのはおかしい。じゃあ、誰と? 私以外の女性と……?
「あ、あの……それって」
「いや、浮気とかじゃないんだ。知人から社長令嬢と結婚の話を薦められてさー。やっぱりこのご時世、将来どうなるか分からないし、社長令嬢と結婚して逆玉に乗っちゃおうってわけ! いい考えでしょ?」
 やけにあっけらかんと話す健を見て、暗くて悲しい別れ話に聞こえなくて、頭がついていかない。でも話の内容はかなりひどいもので……。
「だから、今までありがとう! 未央と付き合えてすっごく楽しかった」
 じゃあね、と笑顔で手を振って帰っていく健を見ながら、私もつられて手なんか振っちゃって……。
 えええ? いやいやいや! ちょっと待ってよ、なにこの展開!?
 彼のペースに呑まれて、ちゃんと話せないまま、明るくサヨナラしてしまった。何なの、これ!
 私と違っていつも底抜けに明るくて、一緒にいて楽しいところが好きだった。けれど彼は猪突猛進型の性格なため、決断したら周囲が見えなくなってしまうことが多かった。今までもこんな風に振り回されたりもしたけれど、これはあまりにも衝撃的すぎて、茫然として遠くなっていく背中を見送った。
 確かに私は休みが少ないし、健と会う時間は少なかったと思うけれど、毎日連絡は取っていたし、ちゃんと愛を育んできたはず。一年ほど付き合っていたというのに、こんな別れってアリ? いや、ないない! あり得ない!
 ……でも、今思えば、それだけだったら〝まだ〟よかった。
 泣いて、悲しんで、沈んだりして、それ相応に傷心ではいた。半年が経過して、少しずつ立ち直り始めてきたというのに、先日、ショッキングな出来事が上乗せされた。
 私の職場であるフレンチレストラン・アンヴューは、明治時代に建てられた洋館をリフォームして作られたミシュラン三つ星の一流レストラン。華やかでノスタルジーな雰囲気を醸し出す門構え、そして中に入ると中央には二階へ向かうマホガニー色のらせん階段がある。
 その奥へ進んでいくと和と仏の融合を感じられる日本庭園が見える。解放感のある店内はエレガントな調度品などが飾られていて、うっとりとするような空間が広がっている。
──そう、ここアンヴューではレストランウェデイングが行えるほどの広さ、そして高級感があり、料理よし、雰囲気よし、立地よしということでとても人気のレストランだ。
 そのアンヴューにて、先週の日曜日、事件は起こった。
 ホールマネージャーである中川(なかがわ)さんが忙しそうにお客様の対応をしているなぁ、なんてオープンキッチンから耳だけ傾けてディナーの仕込みをしていたのだけれど、聞き覚えのある声と話し方が気になって顔を上げた。
 するとそこには半年前に別れた元彼氏の健が例の社長令嬢と共にテーブルについていたのだ。
「た、健……」
 嘘でしょ? なんでここにいるの。しかも新しい恋人と一緒に。
 顔を引きつらせて彼らを見ていると、健が私の視線に気が付いたようで、小さく手を振ってきた。しかも満面の笑みで……。
 その様子を見た瞬間、失神しそうだった。
 ただ食事に来ただけならまだいい。健が申し込んでいるのは挙式と披露宴で……。私は急に振られただけでなく、その元カレの結婚式まで見ないといけないの!? しかも料理まで作って祝福しろって? そんなのひど過ぎるーっ!

オススメ書籍

nomuraneon10_muchu]

三日間の恋人だったハズですが?~いつしか、甘い罠に落ちて~

著者乃村寧音
イラスト炎かりよ

ストレスと過労で体調を崩し退社、婚活も失敗した29歳の美玖。「東京にいるのはもうムリ、田舎に帰ろう」と決心し引っ越しをすることに。引っ越しの四日前、友人が開いてくれたお別れ会に飛び入り参加してきた男、エリート商社マンの隆介と意気投合し、つい一線を越えてしまう。それきりかと思いきや、残りの三日間を一緒に過ごすことになって!? 昼間は甘い時間を過ごし、夜は激しく求められ、いつの間にか縮む距離に戸惑う美玖。気持ちがわからないまま、ペットのカメを連れて田舎に帰り一軒家で一人暮らしを始めるが、思っていた以上の不便さと、おまけに気の進まない縁談がやってきて……。困り果てた美玖の脳裏に浮かんだのは……。

YAHOO!JAPANブックストアで購入
BookLiveで購入

この作品の詳細はこちら