夢中文庫

不器用な先輩の甘すぎる愛情表現

  • 作家雛瀬智美
  • イラスト不破希海
  • 販売日2017/08/18
  • 販売価格300円

「……目覚めさせたのは香菜だよ。覚悟してね」派遣社員だった香菜は働きながらも資格を取り、ついに新しい会社で正社員へと転職したばかり! 明るくて前向きなところが長所な香菜だったが新しい会社での新生活、ゼロからの人間関係ではさすがに疲れ……。そんな彼女をフォローしてくれたのが先輩の紺野択也。決して器用な人じゃないけれども不思議と人を惹き付ける、そんな彼に香菜も惹かれていき――? 「今は恋愛感情なくてもいいんです」彼と一緒にいたい。彼を知りたい――!「紺野先輩が大好きです」優しすぎてちょっと抜けている択也としっかりものだけれどなにもかもが初めての香菜。初々しい二人のラブストーリー!

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 私は高階(たかしな)香菜(かな)、22歳のOL。派遣社員を一年ほど勤め、中途入社で正社員として働き始めたばかりだ。
 短大にいる間、資格もなしに就職活動をしていた為、正社員として就職するのは難しいと早々に判断し、派遣会社に登録することにした。
 希望している会社に入るには事務系の資格を持っていた方が有利だと、派遣先でも皆が言う。職を選ばなければまだあるのかもしれないが、可能性がある以上諦めたくはなかった。短大在学中はバイトに明け暮れてしまい、資格を取っていなかったことを悔やんだが、派遣で働くのも意外に楽しかった。
 時期が来たら別の会社に移り、いろんな仕事の経験ができるのだ。半年で一社、一年に二社で働いたが、人間関係もあまり踏み込まず適度に愛想よくしていたらすんなり乗り越えられた。
 いくつかの恋もしたけれど、あまり長く付き合った人はいない。
 派遣社員として働いていたのだが、不安定な派遣社員よりいい加減正社員として就職した方がいいと、一念発起したのは、親からのやんわりとした薦めと、自分の決意があったからだ。
 正社員のほうが自由はないが、安定している。真面目に頑張っていれば、契約を急に切られる恐れもないのだ。
 ハローワークで相談しつつ自分の考えをまとめた。
(やはり、資格保有者優遇と説明されている会社は多い)
 仕事が終わった後のオフの時間や休日は資格を取る為の勉強をした。他のことにかまける暇はなかった。
 派遣社員として働きながら資格を取り、新しい会社で働くことが決まったのは、前の会社との契約が終了した二週間後のことだった。有給休暇を取り面接を受けた。
 いくつか希望していた中で一番入りたかった会社に採用され、運気が向いてきたと気分も上々だった。
 土日祝日休みで、年間休日も多い。保険など福利厚生も充実。何より前の派遣社員として働いていた場所で得た経験も活かせる上、もっと自分の力を発揮できると思えた。
 短大にいる間に何故、資格を取っておかなかったのか。後悔が嫌いな私が過去を悔いるとすれば、そこだ。派遣社員はある程度自由こそあったが、保証はなかった。
 安定した正社員として再出発を切れた喜びは半端なく、その喜びがエネルギーになり、毎日懸命に仕事に励んでいた。今までと違う職場、一からの人間関係は、最初はしんどい部分もあったけれど、前向きな明るさで懸命に仕事に取り組んでいたら、少しずつ周りに溶け込むことができた。
 ひとつができたら新しい事を覚えたい。
 探究心と挑戦心は、昔から人並み以上だったから、辛いことだって明るく乗り越えることができた。
 自信がある訳じゃなかった。ただ、全力で前に進むことしか考えてなかった。
 入社してから一ヶ月後。
 私の歓迎会という名目で飲み会が行われることになった。もちろん、主役は私だから、不参加という訳にもいかない。
 職場のメンバーと更に打ち解けるよい機会と思い、話を持ちかけてくれた先輩の紺野(こんの)択也(たくや)さんに了承の返事をした。
 日にちも時間帯も皆の都合に合わせて、週末がいいだろうということで、金曜日は残業なしにできるようにしようと、皆、張り切って仕事をした。
 仕事が終わったあと、同僚の女性の車で居酒屋に向かった。
 職場の飲み会で緊張もあったけれど、無礼講ということで、お疲れ様の挨拶の後は、皆、適当に楽しみ始めた。その時、ふと、我に返った。
 入社の時挨拶したからと、開いてもらったのに改めて挨拶しないなんて非礼にも程がある!
 内心、焦ったが、皆がニコニコ笑って私を導いてくれる中、すくっと立ち上がり、頭を軽く下げた。
 紺野先輩が優しくこちらを見守ってくれているのに気付き、ほっ、とした。
 彼のさりげないフォローで、私は落ち着いて挨拶をすることができた。入社時ほど緊張することはない。
 これは、飲み会でありもっと気楽でいいのだからと言い聞かせて。
 皆にどう思われているか分からないけど、意外とチキンなところがあるのが、私だ。
 軽やかな拍手のあと、私は座布団に腰をおろした。
 紺野先輩に視線を向けてみる。
 ムードメーカーのようだ。
 先輩には可愛がられ、後輩にはいじられながらも慕われている。
 不器用な愛想笑い。
 ドジを踏んでも、笑って許される。
 奇特な人物だと、目が離せなくなった。
 この会社に入って、仕事を覚えるのに精一杯だった頃は、異性、恋愛のことを意識することなんてなかったのに、現金なものだ。

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