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星の御曹司さま ~甘い蜜夜の戯れ~

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  • 作家熊野まゆ
  • イラストまろ
  • 販売日2015/10/14
  • 販売価格300円

御曹司でホテルオーナーの葉月と、新人スタッフである星梨が付き合い始めたのは今から七年前、流れ星が降り注ぐ夜のことだった。隣に住む七つ年上の大学生、葉月に「星を見よう」と呼び出され、しかしそこで、彼は大学を卒業したあと全国を転勤してまわることを知った。今までのように会えなくなるとわかった星梨は思い切って葉月に告白し、想いが通じて付き合うことに。完璧な彼に少しでも釣り合う女性になりたい星梨は勉学に励み自分磨きに精を出した。付き合い始めて七年、彼がオーナーを務めるホテルに就職した星梨だが、いまだに葉月とはキスすらしたことがない――。優しくも熱い情欲をたぎらせる御曹司との甘美な蜜物語。

序章 夜空を駆ける星
15歳の春、まだ肌寒い初春の夜のことだった。
隣に住む、昔からの知り合いである大学生に呼び出された今仲星梨(いまなかあかり)は緊張した面持ちでテラスのベンチに座っていた。
「ほら、のぞいてごらん」
テラスの隅、優美な白い柵の手前で望遠鏡の位置を調整していた鳴沢葉月(なるさわはづき)が手招きをする。
流れ星を見るために明かりを消したテラスは薄暗い。テラスの椅子から立ち上がった星梨は転ばないよう足もとに気をつけながら彼に近づいた。うながされるまま、白い円筒形の望遠鏡をのぞき込む。
「どう? 見えた?」
「う、うん」
正直なところ流れ星どころではなかった。
ふわりとかすかに香るのは爽やかなシトラス。葉月がすぐそばにいるのだと思うと、なかなか望遠鏡から目を離すことができなかった。望遠鏡の向こう側を、星が軌跡を作って流れていく。
ここが薄暗くて本当によかった。このあられもない顔色を悟られずに済む。
「すごい、いくつも流れていった。すごくきれい」
月並みの感想しか述べられないのが悲しいけれど、これが精一杯。望遠鏡をのぞき込むのをやめ、すぐそばに立つ葉月を盗み見る。彼の艶やかな黒髪がさらさらと夜風になびく。
「そう、よかった。あ、のど渇いてない? なにか温かい飲み物を持ってくるよ」
「や、大丈夫……。って、あの、葉月くん」
遠慮する星梨の返答などまるで聞いていないようすだ。葉月は「少し待ってて」と言い部屋のなかへ消えていった。
彼がいなくなって緊張の糸がとけた星梨は「ふう」と大きなため息をつき、もといたベンチにふたたび腰かけた。
流れ星は肉眼でも小さくだがとらえることができる。夜空を駆ける無数の星を星梨はぼんやりと眺めた。
「――お待たせ」
葉月はすぐに戻ってきた。両手にマグカップを持っている。甘いココアが香る。ありがとう、と礼を述べながらマグカップを受け取り、ふうふうと吐息で冷ます。
「星梨ちゃんは猫舌だよね。そんなに熱くはないと思うけど、ちゃんと冷まさなくちゃね」
「……っ!?」
同じベンチに座る葉月が、形のよい唇を尖らせて星梨のマグカップを「ふうっ」と吹いた。ココアとシトラスのよい香りが濃く漂って、頭がくらくらしてくる。肌寒いのに、のぼせてしまいそうだった。彼と触れ合っている肩が異様に熱い。
わずかに手が震えている。マグカップの中身は吹きかかる息――それだけで揺れているのではない。星梨は手の震えを隠すようにココアをぐいっとすすった。言われたとおり、さほど熱くはなかった。冷め過ぎているわけでもなく、ちょうどよい。
「星梨ちゃんは来月から高校生だね。おめでとう」
不意に葉月が言った。流れる星を見つめながらココアをすすっている。
「そういう葉月くんは……今月で大学、卒業だね」
彼と同じようにおめでとう、と口にする。しかしそのあとは、次の言葉をしばしためらった。
葉月の就職先について、いっさい話を聞いたことがない。ただの「お隣さん」に話すようなことではないのかもしれない。けれど、知りたいので尋ねる。
「あの、葉月くん。ええと……。もしかして、お父さんの会社を継いだりとか?」
どうしてこう、単刀直入な訊きかたになってしまったのだろう。
彼の実家は旧家――古くから栄える、いわゆる財閥系のお家柄だ。いくつもの事業を営んでいる。そのなかでも、葉月の父親はホテルをおもに経営している。そのことが頭にあったから、先ほどのように尋ねてしまった。
うつむく星梨を横目に見て、葉月はどこか曖昧に笑う。
「そのことなんだけどね。今日きみを呼び出したのは、流れ星を見せたかっただけじゃないんだ。僕の進路のこと、話そうと思って」
いつになく暗い顔なのが気になる。嫌な予感しかしないのはどうしてだろう。
それから葉月は淡々と進路を語った。彼の言葉を一言一句、飲み込むように聞いているのに、どうしてか深く考えることができず頭のなかをとおり抜けていってしまう。
「……――そういうわけだから、あんまり会えなくなっちゃうね」
ぽつりとそう締めくくる葉月。夜の静寂が、混乱する星梨にはとてもこたえた。
(ええと、ええと……要するに)
葉月はこれから何年か、父親の会社を継ぐべく各地を点々として経営修行をするのだそうだ。そして数年後には、天文台を有するホテルのオーナーに落ち着く予定なのだという。葉月は天体観測が趣味だから、それは彼の希望なのだろう。
とどのつまり、葉月は来月から実家を出て全国各地を流浪する。もちろん、住所不定になるわけではない。各地のホテルで経営のノウハウを学ぶのだ。
いままでのように、気軽には会えなくなる。互いの家を行き来して夕食をともにしたり、家族ぐるみでどこかへ遊びに行くことも、なくなる。
「そう、なんだ……」
やっとの思いで発した声は、テラス下の道路を走る車の走行音でかき消されてしまいそうだった。
このままいつものようにまた明日と言って別れ、そうして日を重ねたら――「また明日」とは言えなくなる日がやってくる。今月はもうあと数週間しか残されていない。
葉月とのつながりをこのまま失ってしまいたくない。ただの「お隣さん」を卒業する必要がある。
星梨は意を決して口をひらく。
「……好き」
ああ、こんな小さな声ではだめだ。それに、これだけを伝えてなんになる。恋人になって、と言わなければ。震える唇で息を吸い込む。
「星梨ちゃん」
ずしりと右の肩が重くなった。突然のできごとに驚き、硬直して前を向いたまま目を見ひらく。
葉月は甘えるように、星梨の肩に頭を預けている。
「嬉しい。まさかきみも僕と同じ気持ちだったなんて。……いや」
彼の左腕が星梨の頭をぽんっ、と軽く叩く。
「『まさか』っていうのは、嘘だけど」
星梨の頭に手を添えたままこちらをのぞき込んできた葉月の顔は、薄暗いなかでも美しかった。弧を描く唇はまるで少年のようないとけなさを残していて、どこか恥ずかしそうに笑っている。
(ど、どういう意味なの?)
星梨が葉月に想いを寄せていたのは、すでに彼の知るところだったのだろうか。もしそうだとしたら、想いを隠せていなかったことが恥ずかしい。羞恥と、そして不安が降って湧く。
「でも、どうして……? その、葉月くんは女の子にもてるでしょ」
いつもとは言わないが、彼にはたいてい女性の影があった。そう長続きはしていないようだが、それでも葉月は女性から人気がある。この容姿にくわえて温厚で真面目、気も利く彼だから、納得といえばまあそうだ。
来月から高校生になるとはいえ、まだまだ子どもの部類である星梨と本気で付き合う気があるのかと、失礼かもしれないけれど少し疑ってしまう。
「ん? 星梨ちゃんのどこが好きかって、聞きたいのかな」
こくこくと無言でうなずく。葉月はすうっとまぶたを細めた。
「そういうのって理屈じゃないと思う。星梨ちゃんは、どうなの。僕のなにに惹かれた?」
「え、ええと……」
好きだと思う瞬間はこれまでたくさんあった。しかしそれをすぐには言い表せない。まごまごする星梨を見て葉月は、してやったりというふうにほほえんだ。
「ほらね。そういうものだって」
「う、うーん……」
それでもやはりなにかはっきりと言葉にしたくて、星梨は考え込む。無意識に両手をクロスさせ、自身の腕をさすった。
「……寒い? 星梨ちゃん」
星梨の仕草を、寒いのだと勘違いした葉月が紺色のカーディガンを脱ぐ。
「あっ、平気だよ。葉月くんが風邪を引いちゃう」
カーディガンの下は半そでだった。これでは彼のほうが寒いに決まっている。
「じゃあ、こうしようか」
夜空を切り抜いたカーテンのように紺色のカーディガンがふわりと宙を舞う。温もりが残る葉月のカーディガンに包まれた星梨はぼっ、と顔を赤らめた。
彼の服を羽織っただけではない。カーディガンごと、葉月に抱き締められている。
「温かいな、星梨ちゃんは」
いや、むしろ暑い。しかしそんなことは口に出せない。心が踊り天まで舞い上がっている。
(し、心臓が……壊れる)
葉月の胸は思いのほか広かった。男性のわりに身体の線が細いから、華奢に見えていたがじつはそうではないのだと知った。頬に触れる胸板は雄々しく、硬い。
大学では経営学部に所属し天文学のサークルを運営している彼だが、運動部のサークルに助っ人として駆り出されることがしばしばあるのだと、葉月の母親が以前言っていたのを思い出した。
文武両道、品行方正、眉目秀麗という言葉が彼にはよく似合う。それに引き換え自分は、と考えてしまう。
これといったとりえもなければ容姿がいいというわけでもない。努力でどうにかなりそうなのは勉学くらいだ。
(高校に入ったら、勉強をもっと頑張ろう)
秘かに決意を固める星梨の頬に葉月の手が添う。そっと、割れ物を扱うようにあごをすくわれた。とたんに星梨は目の前のことしか考えられなくなった。
息をするのを忘れてしまう。いや、このままでは彼の顔に吐息がかかってしまうから、呼吸をするのがはばかられる。意図せず頭がうしろに引けてしまった。
「………」
すると葉月は一瞬だけ眉を寄せた。傷ついた表情に見えた。
「あ、えと、いまのは」
彼がなにをするつもりなのかわかっていたのに、避けるような行動をとってしまった。
葉月の表情が翳ったのは本当に一瞬で、すぐにまたいつもの穏やかな顔に戻る。
「そろそろ家に戻ったほうがいいね。いくら星を見るためといっても、あんまり遅くなると叱られてしまう」
「葉月くんは私のママにすごく信頼されてるから、平気だよ?」
星梨の母親は葉月の母親と仲がよい。よく冗談で「葉月くんには将来、星梨をもらってもらいたいわ」なんて言っている。そのたびに星梨は居心地が悪くなる。星梨にとってそれは冗談でも夢でもなく、切望する現実だからだ。
「……うん。その信頼を裏切らないためにも、ね。送っていくよ」
彼はいつもそうだ。星梨の自宅玄関はテラスからでも見えるのに、それでも葉月はわざわざ玄関先まで送ってくれる。
リビングで寛いでいた葉月の母親に挨拶をして家を出た。
(私の家はどうしてこんなに近いの)
家が隣だからこそいままで接点があったわけだが、もっと葉月と一緒にいたいと思ういまだけはその事実が憎らしい。
「それじゃあ、おやすみ。よい夢を」
別れ際に「よい夢を」と言うのは星梨が知っているなかでは彼くらいだ。どこか現実離れしたそんな台詞も、彼が言うとなんの違和感もない。自分がそれを口するのはおかしくないだろうかと気にしながらも、星梨もまた葉月と同じ言葉を返して彼を見送った。

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