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麗公爵の一途な熱情~絵本が繋ぐ秘めた想い~

  • 作家熊野まゆ
  • イラストルシヴィオ
  • 販売日2018/6/19
  • 販売価格500円

「きみと契る日が待ち遠しい」――伯爵令嬢でありながら街の書店で売り子をしているイヴは常連客の青年、ルシアンに恋をしている。ある日、イヴは父親に「公爵家に嫁げ」と一方的に告げられる。結婚すれば書店で働けなくなってしまうイヴは、その前にもう一度、ルシアンに会いたいと願うものの、彼は書店を訪れなくなってしまい――!?甘えてきたり、激しかったり。一途で過保護な青年公爵に、身も心もとろけるほど愛される。

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序章 濡れたドレス
 彼は、どうしてか怒っているような気がした。
「早く脱ぐんだ」
 まくし立てられたものの、イヴ・キャリックは動けない。
(脱ぐ──って、ドレスを……よね?)
 それ以外に脱げるものがない。帽子は被っていない。靴は履いているが、ここでは脱ぐ必要がない。
 密室に、彼とふたりきり。宿泊もできるゲストルームのようだった。ソファやテーブルのほかにベッドまで備えてある。
 視界の隅にベッドを捉えたイヴだが、すぐに目を逸らした。じいっと見ていてはいけないと思った。
 遠くでワルツが流れている。主催者不在のまま、夜会は進んでいる。
(誤解を解かなければ……)
 それにしても彼は、夜会を放ってこんなところに来ていて大丈夫なのだろうか。
 なにもかもが急展開で、ひどく混乱している。いったいなにから話をすればよいのかわからない。
「あの、お戻りにならなくて──」
 大丈夫ですか、とは尋ねられなかった。イヴがすべてを言う前に、彼は苛立ったようすで「平気だ」と言葉をさえぎって眉を吊り上げた。彼をよけいに怒らせてしまった理由が、イヴにはわからない。
「そのままでは風邪を引く。……ほら、こんなに肌が冷え切って」
 彼の手が濡れた胸もとをすうっと撫でる。
「……っ!」
 ふだんからは考えられない彼の行動にイヴは驚き、息を詰める。
 着替えを手伝う、と彼は言った。しかし、そういうことはメイドにしてもらうものだ。
 男性に──まして、恋い焦がれる人にしてもらうことではない。
「メ、メイドを呼んでいただけますか」
 扉を塞ぐように立ち、いつになく不機嫌な彼にはそう言うのが精いっぱいだった。
 ひとりでは脱げないドレスだ。だれかに手伝ってもらわなければならない。
 しかし、彼は聞き入れてくれない。
「たとえメイドだろうと──きみの肌をほかの者に見せたくない」
 そうして触れられた、むき出しの肩がビクッと跳ねる。
 彼の手は、とてつもなく熱かった。
第一章 それぞれの秘密
 大通りから一本外れたところにある、三角屋根のこぢんまりとした建物は、一目見ただけで書店だとわかる。
 深みのある茶色い木枠が浮き立つハーフティンバーの白い塗り壁の合間にはめ込まれた、一階の天井にまで届きそうなほどの大きなガラス窓の向こう側には諸外国から集まった最新の書物がずらりと並んでいる。
 軒先のオーニングがほかの店よりも長めなのは、窓際に並んだ本がなるべく傷まないようにという店長の配慮だ。
 イヴ・キャリックがこの店を初めて訪れたのは彼女が十二歳のとき──六年前のことだ。
 床に臥(ふ)せりがちで、ふだんベッドの上で本を読むことが多かったイヴが、ふと気になってメイドに尋ねたのがきっかけだった。
 この本はいったいどこから仕入れてきているのか、と。
「街の書店ですよ。子ども向けから大人向けまで幅広くいろいろな国の本を仕入れてあって、小さいけれど品揃えのいいところなんです。それでまたそこの店長がすっごく恰好よくてぇ──……」
 メイドの言葉の最後のほうは、イヴの耳には届いていなかった。十二歳の少女には『いろいろな国の本』というところのほうが魅力的だった。
 それからイヴはメイドに無理を言って、その書店へ連れて行ってもらった。そうしてたびたび、メイドにねだって伯爵邸の外に連れ出してもらったのだった。
 イヴは幼い頃から病弱だった。年齢を重ねるにつれ熱を出すことは少なくなっていったが、十五歳の社交界デビューの前日に高熱を出し、それ以来社交の場に顔を出すのが億劫になって、なかば引きこもりのようになっている。
 唯一の外出先がノマーク・ブックショップである。外へ出ようとしない娘を見かねて、イヴの両親は彼女が街の書店へ行くことを黙認した。
「売り子でもやってみる?」
 冗談のように、ノマーク・ブックショップの店長に言われたのが二年前。イヴが十六歳のときである。
 ノマーク・ブックショップの店長マドックはイヴが伯爵令嬢だということを知らなかった。メイドの私服を借りていたからだ。
 十六歳になる頃には熱で寝込むことが少なくなっていた。そうしてイヴは毎日のようにノマーク・ブックショップに通っていたのである。
 イヴが二つ返事で「ぜひ働かせてください」と答えると、マドックをはじめ付き添いのメイドも大層目を丸くしていた。
 それから二年。十八歳になったイヴは今日も元気にノマーク・ブックショップのカウンターで客を迎える。

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