夢中文庫

君の隣は予約済み!

  • 作家水城のあ
  • イラスト琴稀りん
  • 販売日2013/9/6
  • 販売価格300円

紀香は建設会社で働くベテラン秘書。三十歳手前にして彼氏なしということ以外は充実した毎日を送っていた。そんな紀香の前に現れた新しい顧問弁護士、高根涼介は紀香の高校の同級生だった。実は密かに彼に憧れていた紀香は、その顔を見ただけで気持ちが浮き足立って、いつもの自分ではいられなくなる。年を重ねているはずなのに、気持ちは昔のままであることがもどかしくて、つい彼に素っ気なく接してしてしまう紀香。そんなとき食事に誘われ「俺のことを考えてみて」と囁かれて……。

世間は狭いという言葉はよく聞くけれど、それは田舎とかご近所だけの話だと思っていた。東京の、こんなにたくさんの人がいる中ではそんなことありえないって。

私、東紀香あずまのりかが社内での用事を終えて秘書室に戻ると、デスクで仕事をしているはずの後輩が二人、ミニキッチンの入口で立ち話をしていた。

「すっごいイケメンじゃなかった?」

「顧問弁護士かぁ……でもイソ弁ならあんまりお金は持ってなさそう」

「でもでも、あの若さなら将来性はありそうじゃない? お近づきになりたいなぁ」

初めは席を外している間にトラブルでも起きたのかと心配になったけれど、どうやら来客の噂話をしているのだとわかり、私は両手を腰に当てて彼女たちの後ろに立った。

「こら! お客様の噂話をしてはいけませんって何度言ったらわかるの!」

二人は「きゃっ!」と叫んで、肩をすくめながら振り返る。

「せ、先輩……すみ……申し訳ございません」

入社から二ヶ月、秘書室に配属されてほんの一月という二人は慌てて頭を下げた。

いつもなら室長か他の同僚がいるはずだけれど、みんな出払っているのか部屋の中には新人の二人しか残っていない。

「あの、先輩が出ている間に社長のところにお客様がいらしてご案内したんです。私たちまだお客様の対応ってあまりしたことがなかったんで……ね?」

「……うん」

お互い目配せをして、この場をどう切り抜けようか困っている様子に、私は思わずため息を漏らした。

「それで? お客様は若い男性だったってわけ?」

「え!? どうしてわかるんですか?」

二人は目を丸くしたけれど、さっきの会話の内容を聞けばそれぐらい理解できる。それに若くても容姿が悪ければスルーされるはずだから、見た目も悪くないのだろう。

「お飲物はお持ちしたの?」

「あ!」

二人が顔を見合わせて「しまった!」という顔をしたのを見て頭が痛くなった。

「もう。お茶もお出ししないで何をやっているの。何を召し上がるか伺ったの?」

「あ、はい! 社長がコーヒーを頼むと……」

私は彼女たちの言葉を最後まで聞かずに、秘書室に併設されたキッチンに飛び込んだ。

どうやらお湯を沸かすことはまではしたようで、コンロではヤカンがシュンシュンと湯気を上げている。

手早くお客様用のコーヒーを準備すると、トレーに乗せて社長室に向かった。

「失礼いたします。コーヒーをお持ちしました」

一声かけて扉を開くと、応接セットに社長とスーツ姿の男性が座っているのが見えた。

「大変お待たせして申し訳ございません」

「おお、戻ってたのか。高根たかねくん、タイミングが良かったな。彼女の淹れるコーヒーは絶品だよ」

「恐れ入ります」

私は一礼してからお客様、社長の順にコーヒーを置いた。

この時間に来客の予定はなかったから、突然訪ねてきたのだろうか? 私はさりげなく社長の向かいに座る男性を見た。

歳は私と同じぐらいで三十手前と言ったところ。この歳にしてはなかなか仕立てのいいスーツを着込んでいて、革張りのソファーに座るその姿は落ち着いている。イソ弁にしておくのはもったいないタイプだ。

イソ弁というのは俗に居候いそうろう弁護士という意味で、自分の名前を掲げて事務所を持っている人がボス弁なら、雇われている人をイソ弁と呼んだりする。

最近ではアソシエイトなんて呼び方もあるし、その方が同じ雇われでも聞こえはいい。

この歳ならイソ弁でも仕方がないだろうとその顔を見たら、彼とばっちり目が合ってしまった。

「……!」

慌てて視線をそらしたけれど、不躾ぶしつけすぎたかも。新人の子たちが騒いでいたから、つい興味を持ってしまった。

これは仕事なのだから、そういう興味の持ち方をしてはいけないのに。

気まずさに早く部屋を出ようと一礼する私を、社長が呼び止めてしまった。

「東くん、彼は今度アンダーソン法律事務所からうちの顧問に派遣されてきた高根くんだ。君は僕の担当だから高根くんと話すことも多いだろう。ご挨拶しておきなさい」

アンダーソン法律事務所といえば、うちの法務関係を一手に引き受けている法律事務所だ。うちの会社は建設関係の会社なので債権の回収や契約書の管理、それからセクハラなどを含めた従業員トラブルまで幅広くお世話になっている。

そういえば前任者の独立に当たって担当が変わるとは聞いていたけれど、こんなに若い人だとは思わなかった。

私はトレーを置くと、ジャケットから名刺を取り出して彼に向き直った。

「はじめまして。社長の秘書を勤めております。東と申します」

名刺を取り出した彼が、私の言葉を聞いてその手を止めた。

「東、さん?君って、A大付属高校の東紀香さん、だよね?」

「え?」

久しく耳にしていなかった出身校の名前に、私はドキリとして彼を見た。

くっきりとした二重の目が、探るように私を見つめる。確かに見覚えのある顔に私の心臓が早鐘はやがねのように大きく鳴り始めた。

「も、もしかして……涼介りょうすけくん?」

きっと二度とその名前を呼ぶことも、彼のことも思い出さないと思っていたのに。

私は信じられない気持ちで目を見開いた。

「やっぱり! さっき部屋に入ってきた時から見覚えがあるなって思っていたんだ。もう……十年ぶりぐらいかな?」

「あ……はい。お、お久しぶりです」

彼の笑顔を見たとたん私の心が萎縮いしゅくして、もうその顔を見ることもできない。

「なんだ、君たちは知り合いだったのか」

「ええ、高校の同級生なんですよ。A大には法科がなかったので大学は別なんですが、東さんはA大に進んだんだよね?」

「はい」

「そうかそうか、昔なじみなら仕事がしやすいだろう。高根くん、東くんはコーヒーを淹れるだけじゃなく、仕事も優秀だ。わからないことがあったらなんでも彼女に聞いてくれ」

社長はそう言って私を振り返った。

「それは頼もしい。東さん、よろしくね」

「……恐れ入ります。こちらこそよろしくお願いいたします」

頭を下げながら、突き刺さるような視線を感じる。ちらりと彼を見ると、その目にはなぜか挑むような、そして少し高飛車たかびしゃともいえる色が浮かんでいる。

どうして? そんな目で見られるようなことなんてないはずなのに。

私の知っている涼介くんとは違う笑みに違和感を憶えながら、それでも彼の顔から目が離せなくなっていた。

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