夢中文庫

花束は恋の予感

  • 作家高崎氷子
  • イラスト九重千花
  • 販売日2015/10/02
  • 販売価格300円

「もうお兄ちゃんじゃない」幼い頃から小野寺龍を兄のように慕ってきた花屋の百合。けれど、両親の死を境に小野寺は百合にお兄ちゃんと呼ぶ事を禁止する。次第に疎遠になっていく二人の距離を感じながらも、彼のサポートを受けながら大人になり、両親の残した花屋を守りながら健気に働く百合。そんなある日、花屋の建つ土地を狙う魔の手が百合へと迫る。絶体絶命のピンチを救ったのは、かつてと変わらない勇敢な彼だった。ピンチを救われた百合は、小野寺からの予想外の花の注文を受けて――? 「――てやる。だから泣くな」長い間秘められていた両者の想いが、記憶のピースを埋めていく。花言葉に秘めた恋の予感が膨らむ、甘く優しい初恋ストーリー。

「――てやる。だから泣くな」
大きな手が私の頭を包んで引き寄せる。ちいさな耳に触れた厚い胸板からは、ドクン、ドクンと力強い鼓動が響いていた。
「……うん」
彼の言葉に頷(うなず)いた私が鼻をすする音が小さく響いてくる。遠くからその光景を眺めながら、私は昔のことを思い出していた。
「お兄ちゃん……」
物心ついた時からずっと側にいてくれた、五歳年上のお兄ちゃん。血の繋がりこそないものの、私を妹のように扱い、ずっとずっと大切にしてくれていたお兄ちゃんは、私の呟きに緩く首を振る。
「もうお兄ちゃんじゃない」
その言葉の意味がわからずに、過去の私が目を瞬く。
小野寺龍(おのでらりゅう)。私は彼の名を唇の中で呟いて、二人のやり取りを眺めた。
「……小野寺さん……?」
ぎこちなく名を呼ぶ声に、彼がゆっくりと頷いたところで、眩(まばゆ)い光が視界を包み込んだ。

東向きの窓から眩い朝陽が零れている。カーテンの隙間から差し込む光に顔を顰(ひそ)め、ベッドの上で静かに息を吐き出した。
「夢……」
ついさっきまで触れていた過去の記憶を辿りながら、確かめるように呟く。
「もう十年も経つのに……」
寝返りを打って、ベッドサイドにあるテーブルから、写真立てを引き寄せる。木製のフレームに収まった父と母と私の最後の写真。両親の自慢の花屋Bouquetを背景に撮られた写真だ。
「お父さん、お母さん、おはよう」
写真の中で微笑む二人に微笑み掛けて、テーブルへと写真立てを戻す。再び寝返りを打って天井を仰ぐと、彼の顔が目の前にちらついた。
「小野寺さん……」
十五歳の頃に事故で亡くした二人に代わって私をサポートしてくれたのは、兄のように慕っていた小野寺さんだった。両親を亡くした当初は、花屋を売り、遠くの親戚に引き取られるという話も出ていたが、私が頑(かたく)なに拒否したために、親戚からの援助は打ち切られた。幸い大学を出られるほどの蓄えもあり、私は小野寺さんのサポートを受けつつ、大学入学を切っ掛けにBouquetを再開、卒業後の現在は一人で店を切り盛りしている。
「そう言えば、あの時……」
今でも夢に見る、あの日のことを思い返しながら呟く。小野寺さんは私に何と言ったのだろう。混乱していたせいか、その部分だけが記憶から欠落していて、思い出すことが出来ない。それに、あの日以来、小野寺さんは私にお兄ちゃんと呼ぶことを禁じたままだ。
「本当のお兄ちゃんじゃないけど……でも……」
本当のお兄ちゃんのように思っていただけに、当時は複雑な気分だった。それでも十年も経った今では、小野寺さんと呼ぶことにすっかり慣れてしまっている自分がいる。その小野寺さんは、私が大学を卒業してからは、どこかよそよそしく、店に様子を見に来ることも少なくなった。
「次期社長……か」
小野寺コンツェルンの御曹司。小さい頃はあまり意識していなかったけれど、今思えば凄い立場の人だとは思う。若くしてその才能を買われた小野寺さんは、私をサポートすると宣言した翌年には副社長の座にまで昇り詰めていた。親戚にも、近所の人からも何の口出しも受けなかったのは、ひとえに彼の立場が確固たるものだったということもあるだろう。
そう考えれば、ここ数年の彼との関係も仕方のないことなのかもしれない。子供の頃は幼なじみとして兄妹のように接して来られたけれど、お互いにもう大人だ。小野寺さんのサポートがなくても自立出来るようになった今、私と彼との接点は殆ど残されていないような気がする。
「……小野寺さん……」
それでも彼のことを忘れたことは一日たりともない。逢えない日の方が多いけれど、彼に逢う日を常に待ち侘びている自分がいることに私は薄々気づいていた。
「目、覚めちゃったし、少し早いけど起きようかな」
時計は午前六時を回ったところだ。朝の涼しいうちに店内にしまってある鉢植えを外に出しておけば、後の作業も捗(はかど)るだろう。
「よし!」
営業用の笑顔を作って、勢いよくベッドから起き上がる。両親の形見でもあるBouquetは私の支えであり、私の誇りだ。
「今日も頑張ろう」
自分に言い聞かせるように言うと、私は早速身支度を整えて店舗へと向かった。

「よいしょっと」
シャッターを開けると、眩い陽差しが店いっぱいに降り注いできた。南向きの店舗入口に所狭しと置かれた展示商品の花達が、朝の爽やかな風を受けて揺れている。
「みんな、おはよう」
父と母がそうしていたように花達に話し掛けながら、鉢やブリキのバケツを陽の当たる場所へと運び出す。開店の準備を進めていると、通りかかった人がふと足を止めた。
「おはようございま……」
笑顔で顔を上げた私は、そこで言葉を失う。黒い髪を後ろに流し、薄いサングラスをかけたその人は、すらっとした長身に、ダークグレーのスーツがとても似合っている。強面のせいか、身長が高いせいか、この人を知らない人なら威圧感さえ感じるだろう。
「今日は随分と早いな」
「お、おはようございます、小野寺さん」
夢に見るくらい会いたかったのに、いざ目の前にすると緊張してしまう。久し振りのことで何と話して良いか戸惑っていると、小野寺さんがふっと表情を崩した。

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