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白薔薇は枯れてもなお芳しく【SS付】

  • 作家青井千寿
  • イラスト逆月酒乱
  • 販売日2019/01/18
  • 販売価格600円

〝白薔薇の精〟――かつてそう呼ばれていた元愛妾マリオンは、国王の寵を失い、湧水豊かな田舎で暮らしていた。もう恋などしない、ましてや結婚など……それなのに国王の命でパヴェア伯爵であるジョスランと結婚をすることに。そして無骨な男ジョスランもまた愛を見失った男だった。「私たちはどうやら似たもの同士らしい……傷を舐めあうのもいいと思わないか?」ふくらみを包み込む手、ふくらはぎの形を辿る指先、耳の軟骨を食む唇。その全てがマリオンの心に華を咲かせていく。過去を振り払うように甘美な愛欲に身を任す二人だったが……。濃密な夫婦愛×子供と二匹の猫、それに六匹の犬たちまでもが加わったヒストリカル温泉ラブロマンス!

プロローグ
 使い込んだチェンバロが美しい旋律を奏でる。
 白い指先は器用に鍵盤を打ち鳴らし続け、完璧な和音で空気を震わせていた。
 譜面も見ずに演奏を続けていた娘は、隣にやってきた者の気配で緑の瞳を上に向けた。
「この曲はもっと明るく弾くのが好みだな」
 青年はそう言うと娘の隣に腰を下ろし、即興で音を加えていく。曲調が明るく変化し、娘は微笑を漏らして青年と共に連弾を楽しみ始めた。
 華奢な指が間違った鍵盤を叩いたのは、青年の指と重なったからだ。
 とくりと鳴った心臓のようにチェンバロが譜面にない音を発すると同時に、青年の骨ばった指は娘の柔らかな指に絡まっていた。娘と青年の重なり合った手は時間をかけて同じ温度になり、すっかり演奏のことなど忘れてしまう。
 華やかなエメラルド色の瞳と、黒真珠を思わせる神秘的なグレーの瞳。二人の視線は惹き合い、会話をするように瞬く。
「お父様とお母様に僕たちのことを話し、結婚の許しを得よう」
 青年はそう言うと承諾を促すように首を傾げた。
 娘はそれに答えるべく、慎みをもって瞼を閉じる。
 二人の唇が重なった瞬間、絡まりあった指が小さく動き、ぽろんとチェンバロが音を漏らす。
 恋人同士の口づけは幾度もそうしてきたことを示すように、しっくりと溶け合った。
 時が止まったような静かな口づけのあと、名残惜しく唇を離した青年は穏やかな声に情熱を込めて言う。
「さあ、行こう。今ならきっとお父様もお母様も東屋で寛いでいる頃だろう」
「え、今? 今、お父様とお母様にお話しするの?」
 青年が頷くと、娘もまたふっくらとした唇を結び、心を決めるように頷いた。
 若い二人の男女が手を取り合って歩き出す。
第一章 暗(く)れ惑(まど)う求婚の果て
 マリオンは空を見上げると、頭上に広がった青空に目を細めた。
 薄い雲を吹き流していく風は少々きついが、雨は降りそうにない。木工細工は湿気が大敵である。
「マリオンおばさん、このお人形並べていってもいい?」
「ありがとうイネス」
 マリオンはイネスの小さな手が木製の人形を並べていくのを眺めながら、自分も商品を陳列していった。
 週末に開催される村の小さな市(マーケット)。そこでマリオンは手ずから加工した木工細工を売っている。
 幼少より家具職人の父親に習った技術は確かなもので、特に繊細な彫刻を施した小箱は女性たちに人気だ。
 しかしながら儲かっているかといえばそれほどでもない。簡易テーブルに並べられた商品はどれも購入しやすい金額で、費やされる労力を考え合わせると利益の少ない商売だった。
 それでもマリオンは市に立っているのが楽しい。客たちが自分の作った商品に笑顔を見せてくれるのが嬉しいのである。
「イネス、そっち側のテーブルクロスを押さえてちょうだい」
 マリオンは強い風にあおられる白い綿布を押さえながら、イネスに声をかける。
 まだ七歳の小さなイネスは風の勢いに体を揺らしながら、一生懸命に使い古されたテーブルクロスを押さえた。
 マリオンと共に毎週この市に来ている少女は、自分が一人前の売り子だと思っていたし、マリオンもそんなイネスの可愛らしい誇りを理解し、彼女を売り子として扱っているのだ。
 強風にせっかく並べた小さな人形が倒れそうになり、マリオンは夢中でそれらを支える。すると今度は彼女の頭を覆っていた頭巾が風にさらわれそうになった。
 慌てて頭巾を押さえようとしたマリオンだったが、一片の布となったそれは華奢な手をすり抜け空中にふんわりと舞った。
「ああ……」
 頭巾の行方を見上げながら、マリオンは風に吹き上げられる己の髪を両手で押さえる。
 布ですっぽりと覆われていた彼女の頭部は露わとなり、光に透けると白金に見えるほど明るい金髪を陽光の下に晒していた。カールした豊かな髪は風に乱され、海に輝く水泡のように柔らかな輝きを湛えている。
 マリオンは乱れる髪を手で押さえながら、地面に落ちた頭巾を拾いに向かう。
 すると彼女より先に長い腕が伸びてきて、再び風が盗んでいこうとしていた頭巾を拾い上げた。
「ご機嫌よう。マリオン・ブランシャール嬢」
「……ご機嫌よう……」
 頭巾を拾い上げたのは、彼女の知らぬ男だった。
 しかしどうやら男のほうはマリオンのことを知っている。その事実に彼女は眉を顰めた。
 男は明らかにこの場の空気から浮いていた。
 上から下まで一見して分かる高品質な乗馬服。濃紺の上着の襟は艶やかなベルベットが貼られ、その上に金の刺繍が施されている。すらりと長い脚を包む長靴は子牛のなめし革で作られ、日差しを反射して光っていた。

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