夢中文庫

激しく憎んで、愛しい人

  • 作家朝陽ゆりね
  • イラスト蘭蒼史
  • 販売日2019/03/27
  • 販売価格500円

今度は私があなたを守る──使用人の子、と藤笠の家で辛い目に遭っている美鈴を常に守ってくれた異母兄・省吾。実は血の繋がりがないことを美鈴だけは知らされ、彼に密かな想いを寄せていた。ライバル会社社長・東堂の策略で省吾は汚名を着せられ会社も窮地に陥ってしまう。救いたい一心で美鈴は「藤笠を憎んでいる」と触れこんで東堂の愛人となり屈辱に耐え、省吾から憎まれるよう演じ、策略の証拠を掴もうとしていた。そんな美鈴を見かねた省吾は止めようとするが、「本気で心配しているなら、この私を抱いてみなさいよ」と言って突き放す。しかし自身で決着をつけると腹を括った省吾に「抱けと言ったのはお前だ」と激しく迫られ……

第一章 嫌われ者の嫌な女
 クラクションが鳴り響く喧噪の中を歩く。夜の銀座は人工のライトで照らされて光り輝いている。美鈴は眩しそうに周囲のビルを眺めつつ地下鉄へ急いだ。
 陰では東堂正彦の愛人として囲われているが、表の顔はその東堂が社長を務める株式会社イーストカラーコンフェクショナリーで秘書員として働いている。イーストカラーコンフェクショナリーとは、創業家である東堂の一族が経営するイーストカラー・ホールディングスの子会社の一つで菓子メーカーだ。
 事業は洋菓子と和菓子の二本柱で、特に四年前には洋菓子のほうで大ヒットを飛ばし、世界進出でも成功している。まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
 東堂は美鈴が見る限り甘やかされて育った典型的な資産家のボンボンで、仕事ができるとは到底思えない人物であるのだが、会社を実質支配しているのは番頭を務めている副社長と財務責任者であり、彼らが優秀であるため盤石であった。それゆえ東堂のごり押しで入社した美鈴は、おのずと彼らから胡散臭がられ、疎まれている。どれほど嫌がられようが、美鈴は東堂の傍にいることを決意しているので気にはしないのだが。
 東堂に体をかけてまで近づいたのにはわけがある。
 東堂グループは、美鈴の実家である藤笠家のライバル企業であるのだが、ただ単にビジネス上のライバルで競い合っているというだけではなかった。
 東堂は藤笠家の長男、省吾(しょうご)の学校の先輩でもあり、その関係を利用して省吾と親しい間柄を演じて藤笠家を潰すため画策していたのだ。
 東堂は藤笠グループ傘下の菓子メーカー、メイプル・スイートの開発担当社員たちの交友関係を調べ、そこからそれぞれの抱える家庭の事情や悩みを探り出した。その中から親が借金を抱えていて困っている社員に目をつけ、省吾の先輩でとても親しいという顔をして近づき、高給を餌にして引き抜いたのだ。
 その際、新開発中だった大ヒット確実のスイーツのデータを盗ませた。アクセスログが残らないように巧妙な手口でコピーされて持ち出されているため、表向きには社員がライバル会社に転職したというだけのことだった。
 このデータを元にイーストカラーコンフェクショナリーは新商品を発売して世界的大ヒットを収め、業界第一位の地位にまで収益を伸ばしていった。
 それに対してメイプル・スイートは、かけた莫大なコストを損失として抱えたまま、業績低迷を続けている。親会社である藤笠グループの資本によって倒産することはないものの、大打撃を食らった。
 グループの社員たちは、東堂が省吾の先輩であることから、省吾が不用意に企業秘密をもらし、社員を引き抜かれるような事態を招いたのではないかと疑っている。いや、美鈴としてはそんなことはありえず、疑いはすぐに晴れるだろうと考えていたが、省吾に汚名を着せ、また会社を窮地に陥れた東堂が許せなかった。なんとか証拠を掴んで東堂を潰したいと考えたのだ。
 が、美鈴は藤笠家の者なので、そう簡単には近づけない。そこで思いついたのが、自らの出生だ。入り婿の藤笠友則(とものり)が使用人に産ませたため、ずっと美鈴は肩身の狭い思いをして暮らしてきた。だから藤笠家とそこで働く連中が憎い、と言って東堂に近づき、距離を縮めた。東堂の懐深くに入り込めれば、不正に取得したデータがどこにあるのかわかるのではないかと思ってのことだが、それだけではなく、省吾個人の弱みを掴んでいることを知ったのだった。
 はあ、と大きな吐息をつく。そして地下鉄の入り口にさしかかった時、人影を認識した。視界の端に入ったそれは男のものだと思うも、自分には関係ないので通り過ぎようとしたらふいに腕を掴まれた。
「え──」
 こんなところで、なに? と、言わんばかりに驚いて顔を巡らせ、より一層目を見開いた。
「──────」
 絶句する美鈴の目に映るのは、藤笠省吾だった。
 省吾は鋭いまなざしで美鈴を見下ろしている。なにが言いたいのか聞かなくてもわかる。だがそんな不快な思いより、もっと複雑で言葉にしがたい熱い思いが込み上げてきた。このまま省吾の顔を見つめ続けていたら、泣いてしまいそうだ。

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