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敵国王子との政略結婚は一途な初恋に染められる

  • 作家日野さつき
  • イラスト蝶野飛沫
  • 販売日2020/06/23
  • 販売価格800円

ロアミール王国の王女・クリスチナは、モラヴィス公国との争いのなか身を潜めるためクラーラと名を変え、髪を染め身分を隠して場所を転々とし、ある村で暮らすようになる。そこで出会った端整で精悍な少年・ダミアンと心を通わせ──初恋だった。しかし互いに将来を誓った直後、突然終戦の報せが入り村をすぐに出なければならなくなる。ダミアンへの想いをおさえ、敵国の王子との政略結婚──王女として和平のため自らを捧げる決意をする。そして3年後、婚姻の日。目の前に現れたのは思いがけない人物! 喜びに包まれるクリスチナ。その晩、夫婦として肌を重ねるのだが、なぜか王子は素っ気なくすれ違いばかりで……!?


 クリスチナは不幸ではなかった。
 十のころに戦火が起きた。
 そのためクリスチナは名を変え、場所を転々とする生活に突然放りこまれることとなった。
 すべてを隠し、あるいは捨て、忘れるよういわれ、それらを飲みこむしかなかったのだ。
 めまぐるしい変化のなか、クリスチナはクラーラと名を変えた。
 慣れ親しんだ場所を去ることは寂しく、愛する肉親と離れたことも悲しかった。
 あちらこちらを渡り歩く日々にはつらくなることも多く、しかしはじめて目にする新しい発見──楽しい刺激があることも事実だった。
 なにより、ひとりにされなかったことが大きい。
 赤ん坊のころからクラーラを知る、ばあやのゾラが一緒にいてくれた。
 ゾラを本当の祖母だと思って振る舞え、という要求はたやすかった。幼いころからずっと一緒だったし、クラーラは物知りなゾラのことが好きだったからだ。
 最初のころ、ゾラはしきりにクラーラを憐れんでいた。
「おかわいそうに……こんな暮らしをされるなんて」
 夜の暗闇のなか聞こえてくる涙声のゾラに、クラーラはおなじ一枚の毛布にくるまりながら答えた。
「ゾラは……こういうの、いや?」
 クラーラたちとおなじく、ロアミール王国を出てきた難民は多かった。
 ある日ロアミール王国は、周囲を囲む国のひとつであるモラヴィス公国に突然攻め入られたのである。
 クラーラもまた、これまでの暮らしを捨てざるを得なかった。
 夜空の下でクラーラが身を丸めていたそのころは、ロアミールとモラヴィス両国に隣接する大国サロが介入をはじめたころでもあった。
 サロはロアミールについた。
 大国の後ろ盾を得たとはいえ、戦火はたやすく消えるものではなかった。
 戦争の被害は大きく、時間とともに難民は増えていった。
 クラーラたちが最終的に身を寄せた難民団は、十人ほどの集団だ。
 自分たちも飢えているというのに、おとなたちは子供たちがこれ以上飢えないよう、食料を優先してまわしてくれた。
 それでもクラーラをはじめとする子供たちはいつもひもじく、おとなたちはみんなひどい顔色をしていた。
 あちこちの難民団を点々として国を横断したが、最終的に身を寄せたその難民団にいる間が、もっともいさかいが少なかった──振り返ったとき、放浪の日々のなかそのころがクラーラは一番気楽に過ごせていた。
「わたしは……ずっとずっと昔に戻ったみたいです。みなさまにお仕えするまでは、こういう暮らしをしていたんです。父の代で家が落ちぶれてしまったので」
 毛布の下でゾラが囁く。風のない夜だった。夜盗でさえ襲ってこないほど、難民たちは貧しく飢えていた。
「……母さまたちも、いやなのかな」
 クラーラの肉親はバラバラになっている。父と長兄だけが城に残り、モラヴィス公国と戦っているのだと。
 父たちと残ることは、最初からクラーラの選択肢になかった。
 母でさえ父たちと離れた。
 まだ十歳になったばかりのクラーラでは、父たちの役に立てる可能性はなかった。

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