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お前は俺だけのもの~幼馴染みの執着~

  • 作家本郷アキ
  • イラスト
  • 販売日2019/01/25
  • 販売価格500円

厚めレンズの黒縁眼鏡、長い黒髪、色気のない地味な服装。希美子は自他共に認める地味子。それは全て幼なじみであり、今は夫でもある樹の希望に沿ってのこと。富豪穂高家の跡取りの樹は、自身も大学時代に会社を立ち上げ、数年後に上場させた今を時めく敏腕社長である。樹に溺愛され甘やかされる希美子。誰もが羨むような毎日なはずなのに……。触れられ、求められ、蕩け甘く喘ぐ日々に、自分は樹の欲望を満たすだけでなにもできない、していないと悩むように。本当にこれでいいの? いつ樹に飽きられるのだろうとそればかり考えてしまう。そんな時、かつて見合い相手だったという依子が現れ、新婚生活は間もなく終わると宣言されてしまう。


 朝、アッサムティーの芳醇な香りとチンと軽やかに鳴るトースターの音で目が覚めた。パチパチと油の跳ねる音、卵を割る音、変わることのないいつもの日常だ。
 希美子(きみこ)は肌触りのいいシーツに身体を沈ませたまま、うんと両手を上に伸ばした。窓から射し込む朝日を遮る建物が周りにないため、ベッドのすぐ横にあるカーテンが開けられてしまえば、眩しくて寝ていられない。
「希美子、起きた?」
 頭上からかけられた声に希美子はうっすらと笑みを浮かべながら目を開けた。
 二十年以上ほとんど毎日と言っていいほどに見てきた三歳年上の穂高(ほだか)樹(いつき)の柔和な笑顔は、結婚し三ヶ月が経った今でもふわふわと身体が浮くような喜びを与え、希美子を面映い気持ちにさせる。
『どうしてあたしなんかと結婚したの』そう言えば樹が怒るため口には出さないが、きっと二人を知っている者は一様に同じことを思っているはずだ。
 日本人にしては色素の薄い飴色の髪と瞳は、樹の父方の祖父がフランス人の血を引いているからだろう。男らしく整った眉に高い鼻、くっきりと線の入った二重瞼にアーモンド型の大きな目は、いつも優しげに細められていた。
 陶器のように透き通った肌は中性的ではあるが、鍛えられた肉体と一八〇を超える高い身長は、さながらファッション雑誌の表紙を飾っていても不思議でないほどに人目を引いた。
 実際にテレビや雑誌の仕事もよく引き受けているため、モデル業を兼任していると言っても間違いではないのかもしれない。
 かたや自分は──そう考えるとため息しかでない。
 量が多く腰まである癖の強い黒髪は、パーマをかけているわけでもないのに緩くウェーブがかかっている。鏡を見るたびに、広がって増えるワカメみたいだと思ってしまう。
 しかし樹はロングヘアーが好きなのか、長い髪が似合っていると言われるため、短く切るのは躊躇われた。
 柔らかい頬は少し身体を動かすだけでもピンク色に染まり、まるで幼い子どものようだ。これも希美子のコンプレックスの一つだ。前髪を伸ばしサイドの髪で顔を隠していても、樹に度々指摘されてしまう。
 樹だけが、そんな希美子を可愛いと言ってくれた。
 それはとても嬉しいことだけれど。
(いっくんは、何でもできて、かっこよくって……なのに、あたしは……)
 釣り合わないと誰も言わないけれど、自分のことは自分が一番よくわかっている。樹とお似合いの夫婦だと自信を持って言えるほど、希美子は自分を過信していなかった。
「おはよう、いっくん」
「おはよ。朝食の準備できたから、顔洗っておいで。僕が洋服準備しておくから」
「ありがとう」
 ベッドの脇に寄ってきた樹に、ひょいと身体を持ち上げられる。前髪をかき上げられて触れるだけのキスが落ちてきた。
「寝起きから襲いたいぐらい可愛いけど、時間なくなっちゃうね。あとで寝癖も直してあげるから行っておいで」
「うん」
 トンと軽く背中を押されて、早足で寝室を出ようとした。
 瞬間──ガツッと鈍い音が室内に響いた。
「いったぁぁ……っ」
「大丈夫? ちょっと見せて。痛かったでしょ? 赤くなってる」
 慌てたように駆け寄ってくる樹に分厚い黒縁眼鏡を手渡されると、ようやく自分が眼鏡もかけずに歩こうとしていたことに気づく。視界が開き眼鏡越しに目の前を見ると、寝室のドアがあった。
 希美子はひどい近眼で、眼鏡がないと壁とドアの区別もつかない。普通であれば朝起きたら眼鏡をかけるという行動が習慣になりそうなものだが、希美子にとってこれは珍しくない日常だった。
 毎日、樹がいなければ何もできなくなるほど甘やかされて、普通じゃないと気づきながらも何も変えられないでいる。
 もう二十年以上だ。これではダメだとわかっていても、長らく浸り続けたぬるま湯は心地良くて抜け出せない。

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