夢中文庫

潔癖ドクターの男子ごはんにすっかり陥落されました

  • 作家本郷アキ
  • イラスト米谷たかね
  • 販売日2019/9/3
  • 販売価格500円

内気で地味子の奈央の心のよりどころは愛犬チョコ。ある日ペットクリニックへチョコを連れていくと、担当医不在のため院長の榎田総二郎が診察してくれた。するとなぜか夜にもう一度来てほしいと言われる。不思議に思いながら出向けば「俺と、結婚を前提に交際してほしい」といきなりのプロポーズ。この総二郎、「腕はいいけど不愛想」という評判だが、顔もいい。なぜ地味で取り柄のない私を? 疑問を抱きつつ「まずは友達から」と答えると、総二郎は奈央を自宅に招待し、ビックリするくらい美味しい料理をご馳走してくれた。食べ物に絆されたわけではないが、美味しい料理と彼の愛犬ヤマトの存在に、奈央は少しずつ総二郎に惹かれてゆき……


「俺と、結婚を前提に交際してほしい」
 まだ夏の暑さを残す、十月上旬。
 突然そう告げられたのは、窓から煌びやかな街並みを眺め見ることができるホテルの一室ではなく、はたまた汚れ一つないテーブルクロスの上で、ろうそくの淡い光が揺らめくフレンチレストランでもない。
 倉本(くらもと)奈央(なお)の足元には、一緒に暮らしているトイプードルのチョコ(♀)がいる。おとなしい性格なのに、今日に限って落ち着きがないのは、目の前にいる男が原因だ。
 獣医師であり、ここ、榎田(えのきだ)アニマルクリニックの院長でもある、榎田総二郎(そうじろう)は、人のいない待合室のソファーで隣り合って座ると、奈央の目を覗き込むようにして、先ほどと同じセリフを言った。
「俺と、結婚前提に交際してほしいんだ」
 奈央が黙り込んでしまったため、聞こえていないと思ったのかもしれない。
「交際……」
 思ってもみなかった出来事に、奈央はおうむ返しに言葉を紡ぐしかなかった。
 たしかに奈央は、チョコのワクチン接種や診察で定期的にここを訪れている。院長である総二郎のことも噂程度には知っていた。
 しかし、会ったのも話をしたのも今日が初めてだ。
 いつも担当してくれている獣医師が、今日に限って休みで担当医が変わったのである。
 まさか一目惚れ、というわけでもないだろうに。
 自分で言うのもなんだが、奈央は別段美人というわけでもないし、目立つタイプでもない。
 目は大きい方だが、肩まで真っ直ぐに伸びた黒髪が重い印象を人に与えるし、いつも真一文字に結んでしまう口元のせいか、周囲にはキツく思われがちだ。
 もう少し笑えば可愛いのに。
 表情変わらないから怖いよ。
 そんなセリフをさんざん言われているから、可愛げがないことは自覚していても、今更持って生まれた性格は変えられない。
 自分ではツンケンしているつもりはないのに、二十八になり、仕事も何とかこなせるようになると“怖い”という印象がよりまとわりつくようになってきた。
 後輩から、肌の白さと無表情への皮肉を込めて“能面”と呼ばれているのも知っている。
 だから、どうして──とそう思ってしまうのだ。
 自分が好かれる要因がないだなんて、口に出しては言いたくないけれど。
(榎田先生は……カッコいいと思う……でも)
 チョコを連れて診察室に入った瞬間、驚きのあまり「お願いします」の一言も出てこなかったぐらいだ。
 一八〇以上ある高い身長がまず目を引くが、それ以上に端正な顔立ちに見惚れてしまいそうになった。
 真っ黒の髪は多少乱れてはいたが、額に落ちる前髪から覗く目は切れ長で異様な威圧感があった。
 総二郎の迫力に呑まれてか、手のかかるペットも割りとすんなり言うことを聞くのだとほかの患者たちから聞いた覚えがあり、思わず納得してしまったほどだ。
 いつもチョコを担当してくれている獣医師の梁川(やながわ)は「チョコちゃ~ん。今日も元気~?」と甘い声色で話しかけてくるものだが、総二郎は真逆で、終始淡々としていた。
 表情もなく、声に抑揚もないため、まるで仕事中の自分を客観的に見ているようだったが、診察自体は丁寧で説明もきちんとあった。
 もしかしたら、ただ顔に出ないだけで心の中でベタ甘なのかもしれないな、と奈央は勝手に榎田総二郎という人間を観察していた。
 けれど、診察中に何か恋愛的なことを匂わされていたわけでもないし、彼の目は常にチョコに向けられていて、奈央とは目も合っていない。
 唯一、起こった出来事といえば、あまりに緊張していたチョコが診察台から飛び降りようとしてしまい、慌てて押さえた奈央がバランスを崩し総二郎に抱きとめてもらったことぐらいだろうか。
(でも……まさか、そんなことで……)
 すぐに「すみません」と謝って身体を離したし、総二郎もその時は何も言ってはいなかった。
「ダメだろうか……」
 目の前でシュンと肩を落とした男が、昼間に会った総二郎と同一人物だとはとても思えない。
 夜にもう一度来てほしいと言われた時には驚いたが、まさか双子の兄弟というオチではないかと疑いたくなる。
「そりゃ嫌ですけど」
「だよなぁ」
 総二郎はますます肩を丸めて、ソファーの上で膝を抱えて項垂れる。その姿に思わず同情めいた気分にさせられた。
(何か、事情でもあるの……?)

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