
イラストルシヴィオ
こっちが恥ずかしくなるくらい可愛いな――特殊な家庭で育った蘭子。外出時は護衛必須(泣)、楽しい学校行事には一度も参加できなかった。訳アリなお家柄のせいでデートすらしたことがない。そんな蘭子の夢は「マトモな男性とデートしてみたい」だ。一人では一歩たりとも家から出ることを許されない彼女は、護衛を巻き込んで『オジサマれんたる』の利用を決意。現れたのは竹之内。ドンピシャストライクな竹之内と、蘭子は夢見心地でデートをする。――叶わない恋だと知っている。でも、少しでいいから夢を見させて。そう願う蘭子に魔の手が迫って!?事件をきっかけに二人の関係に変化が。純情女子大生×癒し系イケオジ様のハプニングラブ!
第一章
1
超軽量ダウンジャケットを小さく丸め、財布と一緒に胸に抱き込むようにし、蘭子(らんこ)は自室の扉をそっと閉じた。
足音を立てないようにスリッパは履いてない。問題は階段だ。日本家屋の木の階段は古く、体重がかかるとギシッと音が鳴る。普段は、慣れてしまっていて何とも思わないが、音を立てたくない時には耳障りで心臓に悪い。
真ん中を歩かず、端の方を使って階段を降りる。一度だけギシッと鋭い音が鳴ったが、どうやら誰にも気づかれずに済んだ。
声を掛けられることもなく、キッチン横を通り過ぎ、裏手のドアまでたどり着いた。ドアノブに手を掛け、そっと回す。
「お嬢さん、お出かけですか」
ビクンと蘭子の肩が震えた。このキンキンに高い声は舎弟の中でも下っ端のタカだ。21歳の蘭子と同い年なのに、高校生にしか見えない。
ゆっくり振り向き、タカを睨みつけると、タカはあからさまに嫌そうな顔をした。
「だったら何なのよ」
「ど、どこに行かれるんっすか」
『どちらに行かれるんですか』だろっ! と、突っ込みたいのを蘭子は堪え、さも苛立った風に眉間に皺をよせ、タカに詰め寄り至近距離で睨む。
タカは一歩後退(あとずさ)った。
「すぐそこのコンビニ」
「すぐそこって、近くにコンビニなんかないっすよ。車回すので待っててください」
「あんたバカなの? すぐそこにコンビニがあるって言ったらあるのよ。あんな黒くてデカい外国車でコンビニに乗りつけるなんて冗談じゃないわよ。恥ずかしいじゃない。しかも運転するのはあんたなんでしょ? チンピラ風情の頭悪そうなあんたが一緒なんて! い・や!」
最後の『いや』を思い切り強くアクセントをつけて言い放っても、タカは困ったような顔をするだけだ。
「あの、じゃあ里中(さとなか)さんが来るまで待ってください」
タカはスマホを取り出すと、護衛の里中に電話をかけはじめた。
「んもう。コンビニ行くぐらいでいちいち里中さん呼び出さないでよ。やっと終わって帰ったとこなのに。可哀相でしょー。そんな気も使えないでどうすんのよ!」
里中に説明し始めているタカにありったけの嫌味を込めてぶつぶつと文句を言う。
低い声でぶつくさ文句を言っているだけなので里中には聞こえてないだろう。
結局今日も『独りで外出』に失敗してしまった。
独りでお使いどころか、玄関から一歩も出られない。21年間、一度も──だ。
もう失望と悲しみで泣くようなことはないが、ため息は漏れる。
「もういい。出かけるの止めた」
「あ、でも里中さんすぐ戻るって」
「あんたが呼び出したんだから、自分で何とかしなさいよ。すぐ電話してお嬢さんはもう出かけないそうですって言えばいいじゃない」
「あ、そうっすね。あの、何か欲しいものあったんだったら俺、買ってきますけど」
引き返そうとしていた蘭子は思わず立ちどまりタカに振り向いた。
少しこの男をからかって気分を紛らわせたい──と、悪戯(いたずら)心が燻り始める。
「タンポンとコン○ーム買ってきて」
「えっ? ええっ??」
タカの顔がみるみるうちに赤く染まる。蘭子はクスリと笑った。
「ふふ、冗談よ。あ、でも買ってきたらコン○ームはあんたにプレゼントしてあげようとは思ったんだけどね」
おどけたように舌を出し、蘭子は階段を駆け上がった。今度はギシギシと音が鳴るのもお構いなしだ。
部屋に入るとソファに座りテレビをつけた。
12畳の自室にはベッド、ソファ、冷蔵庫、机とクローゼット、バスルームがある。
キッチンなしのワンルームマンションのようだ。
蘭子は大学から帰ると、お稽古に行くくらいしか外出しない。その際は必ず護衛が付いている。
明治時代からの老舗極道秋吉会、7代目組長、藤沢(ふじさわ)隆文(たかふみ)を父に持ち、母、松子(しょうこ)は関西で名をはせる極道一家の娘。そんな両親を持つ極道サラブレッドの蘭子は当然普通の生活など送れるわけがなかった。
出かける時は護衛付き。
極道者はどんなに洗練されたスーツ姿でもどことなく漂うヤクザ臭を隠せない。タカのような見るからにチンピラ風なのはもってのほかだが、落ち着いた雰囲気の組員であっても護衛されるのには我慢できなかった。
どうしても譲れないと言い張って、松子を口説き落とし、松子の知り合いの里中が護衛となって七年になる。
蘭子が中学生のころから護衛を務めている里中を身内のように慕っていた。
たった一人、蘭子の近くにいる堅気(かたぎ)。と言っても里中は元警官なのだが。
「あーあ、里中さんの迷惑になりたくなかったのになぁ~」
大学を卒業するまでには、一度くらい独りで自由に過ごしたい。できればデートなんかしてみたい──というのが蘭子の願望だった。蘭子にも同世代が持つ一般的な淡い夢はあるのだ。
彼氏が欲しい。しかも堅気の男性と恋愛したい。夢のまた夢だとわかっている。極道の娘と付き合いたいと言ってくれる勇気のある男性はいまだ現れていない。そんな気丈な男など特に同世代にいるわけがなかった。
「あーあ」
ため息をつきながらテレビをザッピングする。それも面倒になってリモコンをソファの上に放り投げた。
『さて、今日ご紹介するのは、今巷で大流行の! オジサマれんたるです~』
──オジサマレンタル?
その独特の文字列の響きに蘭子はテレビに視線を向けた。
なにやら中年男性をレンタルできるというもので、三十代半ばから70歳くらいの老齢の男性も登録されてレンタルできるという。
一時間1000円から。
イラスト藍太
優しくしてるよ? 智実ちゃんには――
若くして部下から厚い信頼を得ている係長、佐々木智実は会社では弱みを見せない。
が、ある日の通勤中困ったことになってしまった。
焦る彼女を助けてくれたのは小野田真司。
はじめは同じ通勤電車に乗っているだけの赤の他人だったのに、この日を境に二人の仲は急接近していった。
智実はその天然過ぎるけれど優しい彼の魅力に徐々に好意を寄せていく。
そんな時に泥酔した小野田に甘えられた……だけでなく、なんとキスされてしまって!?
頼りになる天然系男子の魅力にたじたじになってしまった智実は、この曖昧な関係をどうするのか――?