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誘惑して、キス~シェアハウスの恋・倫~

  • 作家泉怜奈
  • イラスト筑谷たか菜
  • 販売日2019/02/12
  • 販売価格500円

シェアハウス・Cozyの管理人である倫のもとに、戸川湊と名乗るずいぶん高圧的な態度の男がやってくる。住人である珠洲の兄だと言うが、珠洲とは連絡がつかず、また証明するものもないので追い返す。後日、またやってきた湊がそのまま居座ってしまい、奇妙な同居生活がスタート。珠洲とは義兄妹ということだが……そこまで心配するもの? もしかして、二人は背徳関係? とあらぬ妄想を巡らせる倫。最初の印象と打って変わって紳士な奏に踊り始める倫の心臓。とうとう湊とのキスをきっかけに想いが止まらなくなってしまった。だけど珠洲との関係が気になって――シェアハウス・Cozyを舞台にした恋に未熟な倫の物語。

第一章 招かざる客
(一)
「だから、荻窪(おぎくぼ)珠洲(すず)に会わせろと言ってるんだ。今すぐここに連れてくれば済むことだろう」
 威厳のある低く太い声が玄関に響いた。大声ではないのに、ひるんでしまいそうになる。
「君はこのシェアハウスの管理人の仲村(なかむら)倫(りん)なのだろう? だったら君の一存で珠洲に会わせることができるだろう」
 なんて横暴な!
『こんな偉そうな態度で命令するような男に屈するな!』と、私は心の中で自分を叱咤し、見上げるほど背の高い男の目を睨み付けた。
「お言葉ですけれど、先ほどから申し上げているとおり、アポイントもなしに押しかけてこられた初対面の男性に、その女性がいるかどうかを申し上げることはできません。最近物騒ですから」
 『男性』というところと『物騒』という箇所を強調するように声を張り上げる。
 戸川(とがわ)湊(みなと)と名乗った、通称『珠洲の兄』だというこの男が、般若のように眉間に皺を寄せるので少し怖くなる。それでも私は両手の拳に力を入れ、目力を込めて睨むことを続けた。
 彼は私の頭からつま先までを観察するような目つきで見たあと、かすかに鼻先で笑った。
 Tシャツにジーンズ、しかもショートヘアですっぴんの私は、どこをどう見ても男子高校生にしか見えないことは自覚している。
 男子に見られるのは、わざとそうしているのだからいい。しかしこの馬鹿にしたような笑いは、私が若い管理人で頼りないとでも言っているように思えた。
 勢いよく怒りの沸点に達してしまいそうだ。失礼極まりないこの人に罵詈雑言を投げて追い出してやりたくなるが、その衝動的な怒りを私は必死で抑えつけた。
 衝動的に怒っていい結果を生むことはほぼないと経験からよく知っていたし、最悪の結果が見えているだけにここは落ち着くのが妥当だ。
「俺は珠洲の兄だと何度も言っているだろう。身内だ。身内が会いにきているのに会わせられないとはどういうことだ」
 彼の精悍な顔立ちは、眉間に皺を寄せていなければ硬派なイケメンである。モデルのような長身にオーダーメイドかと思われるぴったりと体型にフィットしたスーツ姿。ファッションに疎い私でさえ高級なものだと見当がつく。
 つい先ほど差し出された名刺をチラ見した記憶の断片にはCEOと書かれてあった。つまり社長なのだ。
 それでもこの目の前に立ち塞がる自称珠洲の兄を信用するには値しない。三和土に立たせたまま中には一歩も入れないつもりだ。
「珠洲さんに確認をしてからでないと、無理です。しかも、お兄様だということ自体信じられません。なんせそんな話、聞いてませんし、名字が違うじゃないですか」
 睨み付けるようにして逸らさなかった彼の瞳が、一瞬キラリと光ったような気がした。と、同時に般若のような恐ろしい表情が含み笑いに変貌し、私は即座に何か失敗をしたのだということを察した。
「なるほど、珠洲がここに住んでいることは間違いないようだ。では、今すぐ確認しろ」
 この押し問答に辟易していた私はついぼろを出してしまったようだ。悔しくて地団駄を踏んでしまいそうになる。そんなことをすれば余計に管理人としての信頼を失うだけだ。 ここは深呼吸をして気持ちを落ち着かせなければ……。
 彼は腕を組んだ状態で仁王立ちしており、その表情に余裕が出ていることが口角を上げた微妙な笑みで見受けられる。その余裕綽々な態度に敗北感さえ抱いている自分に苛立ちが増した。
「ですから、今日のところはお引き取りください」
「いないなら電話すればいいだろう」
「兄だと言うならあなたが電話すればいいでしょ」
 売り言葉に買い言葉、私の平常心は崩壊寸前だ。そのため、口調が苛立ちを含んだ荒っぽいものになっていた。
「俺の番号を着信拒否してるから君に電話をかけろと言っている。自分でできるならとっくにそうしてるに決まってるだろ。どこまで鈍いんだ!」
「な、なによ! 失礼な! ふん、つまり、珠洲さんはあなたに会いたくないから着信拒否してるんでしょ。兄とか言って本当はストーカーじゃないの? 警察に通報される前に、お引き取りください」
 してやったりと満面の笑みを向けた。……が、彼の表情は余裕なままで、意味深で意地悪な笑みを貼り付けている。

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