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夕暮れ時の二人だけの時間~伯爵令嬢の秘めた恋~

  • 作家泉怜奈
  • イラスト桜之こまこ
  • 販売日2019/6/25
  • 販売価格600円

体の弱い伯爵令嬢のコンスタンスは、将来を悲観しながらも自分らしく生きようと思っている。ある日、彼女の住むパリで流行り病が発生。罹病を避けるため、パリから離れ別荘で暮らすことになった。そこでジュリアンという名の麗しい青年と出会う。夕暮れ時、池で釣りをするジュリアンに会うため出かけるコンスタンスは、彼に惹かれていることを自覚する。だが労働者の身なりのジュリアンとは身分が違う。実らない恋だと思うも、どうしても会いたくて毎日通ってしまうコンスタンス。そんな中、結婚の話が舞い込んできて……。絶望するコンスタンスはジュリアンに想いを告げ、一夜だけの妻にしてほしいと懇願するのだが――

第一章
(一)
 コンスタンスの胸はドキドキと早鐘を打ち始める。
 池の畔や、遠くの景色を見る振りをして控えめに視線を彷徨わせるが、夕刻でもまだ日差しが強く、眩しい。目を細めた瞬間、その先にいる人を見て鼓動が激しさを増した。
(あ、いらしたわ!)
 心の中で歓喜の声を上げる。
 蜂蜜色の癖のある髪が、眩しいほどの夏の日差しでキラキラ輝いて見える。肌は焼けて小麦色でとても健康的だ。確かにあの人だ。
 コンスタンスはその人を見ただけで自分までも活力がみなぎるような気がしていた。
 青白い肌に烏の濡れた羽のような漆黒の髪の自分となんと対照的なのだろう。
 その人は池の水面を見つめているからコンスタンスには気づいていない。
(この時間、いつもここで釣りをしているのかしら……?)
 もしそうなら、これから毎日夕方のこの時間はここに散歩に来ようとコンスタンスは心に決めた。
「お嬢様、気温が下がって参りました。風邪を引いてはいけません。屋敷に戻りましょう」
 侍女のマドレーヌの声に我に返る。あの人の姿を見られただけで満足しなければ……。
「そうね。では、帰りましょう。でも、明日もこの時間にここを散歩したいわ。とても気持ちがいいもの」
 マドレーヌが微笑みながら頷いた。
「はい、そういたしましょう。ここに来られてとても顔色がよろしくて、安心いたしました。ここは自然も多く、きっとお嬢様に良い環境に違いありません」
 コンスタンスは嬉しくなった。
 ブドウ畑が広がるこの地域は、コンスタンスが住むパリから遙か遠く離れており、空気も良く疫病に怯えることもない。
 体の弱い一人娘を心配した両親がコンスタンスだけ、別荘に送り込んだのだ。
 毎年夏になれば訪れる場所だった。
 そして毎年、コンスタンスはあの人を見かけていた。
 この三年ほどだろうか。あの人は必ず池で釣りをしている。いるだろうか……と、興味本位で訪れると大概はそこにいた。
 決まって午後、午前に来た時には見かけることがなかったから、あの人は午後にここで釣りをするのだとコンスタンスは考えた。
 昨晩コンスタンスは別荘に到着した。
 さっそく、午後の散歩にと来てみたら、あの人がいた。
 胸が高鳴り、笑みが漏れる。
 ただ、見るだけでよかった。
 それがコンスタンスの心の支えでそして生きる活力になっていたのだから……。
 コンスタンスはこの場所に来ることを楽しみにしていた。周りはブドウ畑に囲まれ、麦やひまわり、野菜、林檎の木が植えられているとてものどかな場所だった。
 伯爵令嬢のコンスタンスが滞在する屋敷は、英国とワイン貿易で栄えるフランス南西部にある。英国領土だった長い歴史があり、フランスだけでなく英国貴族の別荘地としても栄えていた。西側に海が広がっており、その辺りは広大な沼地だ。池も多く、コンスタンスが滞在する伯爵家の別荘の近くにも大きな池があった。
 あの人が英国人なのか、コンスタンスと同じフランス人なのかはわからない。しかも、貴族なのか平民なのかも。
 それを確かめたくはなかった。なぜならコンスタンスが思うに、彼の服装から平民だと想像したからだ。
 それでも夢を見るのは自由だと思う。
 コンスタンスのような体が弱く結婚相手が見つからない貴族の娘の儚い夢だ。
 このまま結婚相手が見つからず、独りでも一向にかまわない。
 両親は娘の結婚よりもまず健康を気遣ってくれているが、結婚の申し出があればすぐにでも受けてしまうに違いなかった。
 その場合、コンスタンスは従うしかない。
 それまで、いや、結婚した後も思い出して妄想に耽るくらいは許してもらえるだろう。
 そのために心に刻みつけておくのだ。心をときめかせる彼の姿を。この脳裏に。声が聞ければさらにいい。そのチャンスを狙ってこれから毎日この場所に通うことにする。
 自分から声をかける勇気がないから、誰かと話している声を聞けるチャンスを待つしかないのだけれど……。

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