夢中文庫

惑わす私でごめんなさい 君のすべてを愛している

  • 作家桐野りの
  • イラストnira.
  • 販売日2018/6/8
  • 販売価格300円

目覚めると、端正な顔立ちの男が隣に寝ていた。この男は誰…? 抜け落ちた記憶。月子の仕業か── かなえは幼い頃、怖い出来事に遭遇してから、現れた華やかで奔放な別人格の月子と体をシェアしている。しかし行きずりの男と関係するなんて初めて。ある日、ハイスペックエリートの久我総司が、同じ部署へ配属されかなえは衝撃をうける。あの朝、隣に無防備な姿で寝ていたその人だった。しかし彼はかなえがその相手だと気づいていない様子。仕事を通じて接近する二人。男性と縁のなかったかなえにとっては夢のようなひと時。しかし久我から、探している女性がいるとかなえは相談され……少しずつ久我に惹かれていたかなえは──

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◆一話
 ひどい頭痛と共に目覚めたとき、二月(につき)かなえの目に飛び込んできたのは、真っ白な天井と怪しく回るミラーボールだった。
(私の部屋じゃない……嘘。どうして……)
 金曜日の夜、会社から戻って夕食を食べた。それ以降の記憶が抜け落ちている。
 激しい焦燥がかなえを襲った。
 彼女の仕業に間違いないが、以前、このことが発動したのは六月の頭で、まだ二週間しか経っていない。
 出現頻度が早すぎる上に、見知らぬ場所で目覚めるのも初めてだ。
 イレギュラーな事態に心臓がバクバクと音を立て、背中に冷たい汗が流れる。
「ん……」
 スプリングがかすかに軋み、誰かの声が耳に届いた。
 恐る恐る顔を横に向け、吐息がかかるほどの至近距離にある、見知らぬ男の顔に息を飲む。
 男はぐっすり眠りこんでいて、形のよい唇から規則正しい寝息がこぼれていた。
 彫刻のように整った端正な顔を凝視しながら、こみあげそうになる悲鳴を必死に堪える。
(……と、とにかくここを出なきゃ。何が起きたか探るのはそれからだ……)
 かなえはそろそろと半身を起こし、下着一枚身につけていない、丸裸の自分にはっとした。
 全身の血液が一気に顔へとあがっていく。もうだめだ。我慢の限界である。
「きゃっ……」
 悲鳴をあげてベッドから飛びおりると、ずれたケットから男性の鍛えられた上半身があらわになった。
 たくましい筋肉で盛り上がった男の胸板に、くるくる回るミラーボール。キングサイズのダブルベッド。無防備な肢体をさらけ出した自分。
 一気に網膜へと押し寄せてきた刺激的なビジュアルに、頭の中がクラクラする。
 絶望とともにかなえは確信した。
(やっぱりここはラブホテルだ。私、この人と……しちゃったんだ……!)
 恐れていた日がとうとうやってきた。
 心と体の操縦桿を、自分以外の誰かに明け渡している間、何が起きてもおかしくはない。
 派手で男遊びが大好きな彼女が、一線だけは越えずにいたのが、逆に奇跡だったのだろう。
(落ち着け私。処女なんて別に惜しくない……もう二十五なんだから)
 かなえはベッドの端からそろそろと床へとにじり下り、スツールの上に重ねられた赤いワンピースを手にとった。少し俯けば下着が見えてしまいそうな、短い丈に頬が赤らむ。
 薄桃色のショーツは両サイドが紐になっている、布面積の狭いセクシーなものだ。
 クローゼットに溢れている、買った覚えのない洋服たちの中に、これらも紛れていたのだろう。
(脱がされたの……それとも自分で……? ううん。考えてもしかたない……)
 寝返りを打つ気配に振り向くと、彼はまだ眠っていた。
 長く艶めいた前髪から、秀でた額がのぞいている。もう二度と会うことのない、行きずりの人。
 しかし、この人でよかったと、心から思える素敵な寝顔だ。
「さようなら。ごめんなさい」
 かなえは静かに頭を下げ、ホテルを後にした。
 アパートに戻ると、かなえはせわしなくスマートフォンのビデオアプリを立ち上げた。
『私の大切な分身へ。ムーンチャイルドより』。
 ふざけたタイトルのビデオフォルダには、彼女の自撮り動画がたくさん保存されている。新着を示す赤い矢印をクリックすると、彼女が華やかな笑顔で語りかけてきた。
『かなえ、お久しぶり。どう? 初のラブホテル、楽しかったかしら?』
 昨日の夜、ホテルで撮影したらしく、バックには銀色のミラーボールがくるくる回っている。
 赤いワンピースは今かなえが着ているものと全く同じだ。髪型も同じ。目も鼻も口も体も同じ。
 それでも彼女は他人なのだ。体は共有しているが心は違う。
『今どこ? ホテル? いいえ、きっとアパートよね。男と寝ている自分を見て、慌てて逃げ帰った、ってところでしょ。ふふふ。図星ね。あなたの行動パターンなんてお見通しよ。だって、私はあなただもの』
 真っ赤なルージュのひかれた唇から、毒にまみれた言葉が流れ落ちる。
 かなえにダメージを与えるためだけに、発せられる言葉だ。
 かなえをいたぶり貶めるのが彼女のアイデンティティーだから。
 彼女の名は月子(つきこ)。
 かなえが16歳の頃に現れた、別人格である。

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