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ヒロインになんてなれません!~いじわる編集者と上手な恋の描き方~

  • 作家桐野りの
  • イラストよしのずな
  • 販売日2018/12/04
  • 販売価格300円

「俺のリサーチ力を舐めるな。言っとくが、他にも色々知ってるぞ」編集担当に溺愛されています──!? 5年間ホラー漫画を連載し続けてきた美里を頑なに誘い続けてきた内田。最初は先生と呼んでくれていたのに気づけば「お前」呼び……。そもそも恋愛経験のないホラー漫画家が、どうやって恋愛漫画を描けばいいの!? と頭を抱えた美里に内田が挙げた提案は「俺がお前に恋を教えてやる」相手は御曹司設定なんですが……。積極的な内田の行動に翻弄される美里。でもそれは、作品のためという前提がついて回っていて──。恋愛不器用な(元)ホラー漫画家×御曹司(風)編集のドキドキラブストーリー。

◆一話
 エアコンが壊れているのか、いつもの喫茶店はとても暑く、客は自分たち以外いなかった。
 重苦しい空気が流れる中、山本(やまもと)美里(みさと)は、伏し目がちにアイスコーヒーを飲み干した。
 ノートをめくる内田(うちだ)拓郎(たくろう)の眉間には、深い皺が刻まれていて、覚悟はしていたけれど胃の縮むような思いがする。
「なあ、お前、やる気あんの?」
 ノートをパタリと閉じた内田は、長い前髪の奥から覗く切れ長の目をキラリと光らせ、この上なく冷たい声で尋ねてきた。
 一週間悩み抜いて描き上げた、しかし詰めの甘いプロットは、案の定お気に召さなかったらしい。
「やる気は……あります!」
「じゃあなんで、こんなつまんねぇプロットなんだ」
「なんででしょう……」
「もしかして、俺のこと、舐めてる?」
「違います……違います」
 美里は慌てて否定した。
「私は恋愛とかよくわかんなくて……すみません」
 テーブルについた水滴で、いじいじと小さな丸を描きながら、美里は小声でそう告げた。
 内田ははあっ、とため息をつく。
「お前、何歳だっけ」
「二十二です」
「今まで男と付き合ったことは」
「ありません」
 正直に答えた美里に対し、内田は唖然とした表情を向けた。
「どうせ奥手ですよ。でも仕方がないでしょう。女子校だったし、ずっと漫画ばかり描いてたんですから」
「竹下(たけした)先生は女子校出身だが、男を切らしたことないらしいぞ。だからヒロインに艶があるんだよな」
 お前とは違って、という言外のメッセージを、厳しい視線で伝えつつ、内田はコーヒーのストローに口をつける。
 美里は思わずその優雅な仕草に見とれた。
(綺麗な人は怒っても綺麗なままなんだなぁ)
 非常時なのにそんなことを考えてしまう自分が情けない。
 いや、非常時故の現実逃避か。
「参ったな。いや、何かアイデアがあるはずだ……」
 独り言を言う内田に美里は「頑張ってください」と声をかけ、ポカリと頭をはたかれた。
「お前の原稿だろ? 他人事みたいに言うなよ」
「はい……すみません」
「ちゃんと考えろ」
「承知しました!」
 敬礼ポーズでうなずいた後、美里は内田の手前、神妙な表情を作ってみせる。頭の中にもやっとした、男性の姿が浮かび上がった。黒い影絵のようなその男は、妄想の中の美里の頬をすっと撫でる。
(ん? いい感じ)
 美里は目を閉じ拳を握りしめ、必死にその続きを思い浮かべようとした。男が顔を近づけてくる。
(キス……だよね……ここは……)
 ところが唇が重なる直前で、男のルックスがあらわになる。
(わあ、ゾンビ! ラッキー!)
 と思った瞬間、ぺちんと頭を叩かれた。
「痛っ」
 目を開ければ、ムッとした顔の内田と目が合った。
「ゾンビの妄想してただろ」
 美里は両眼を見開いた。
「なんでわかるの? もしかしてエスパー?」
「顔が思いっきりニヤけてた。仕事しろ。まったく……」
「はい……」
 しゅんとしながら、美里は再び考え込む。
 しかし何も浮かばない。
 今度は内田が目を閉じ、美里はまじまじとその顔を見つめた。
(なんでゾンビってわかったんだろ。ドラキュラとか、おおかみ男でもおかしくないのに……)
 怖い妄想が大好きなのはバレてるだろうが、ピンポイントで当てるなんて、やっぱりエスパーじゃないかと、半分本気で疑ってしまう。
(睫毛、長いなあ)
 イケメンすぎる担当も困り物だ。美しいものが大好きな漫画家としては、描きたくてたまらなくなる素材である。
 今までの担当は全員四十超えのおじさんばかりで、こんな衝動に見舞われることはなかった。
(そのせいで描けなくなったのかな……)
 いやいや、それこそ現実逃避だ。描けないにはれっきとした理由がある。
「お前、なんか別なこと考えてたろ」
 いきなり内田が目を開けた。
「やっぱりエスパー?」
「お前、舐めてるどころかバカにしてるだろ」
 綺麗な額に怒りマークが浮かんだ気がして、美里は慌てて否定する。
「滅相もありません」
 それにしても……。
(初めて会った時には先生って呼ばれてたのに、今ではお前になっちゃったなあ……私がダメダメだからだけど)
 美里はしょんぼりと肩を落とした。
 担当になったのは半年前だが、知り合ったのは二年前と、内田との付き合いは案外長い。
 集中力を失った思考回路は、過去へと触手を伸ばしていく。
 美里は内田との出会いを思い出していた。

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