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隣人は社長!?~『あの声』に抗議したら、手懐けられました~

  • 作家如月一花
  • イラストゆえこ
  • 販売日2019/01/29
  • 販売価格300円

ボロアパートに住み、貯金に精を出す貧乏OLの木村瞳は、隣に越してきた伊藤大樹の部屋から夜な夜な聞こえてくる「いやらしい声」にたまらず抗議する。秘密を知った瞳に伊藤は、彼の会社の秘書になることと引き換えに合コンまで夜の練習相手になることを持ち掛ける。伊藤にとって自分は、体だけの関係……割り切らなきゃと思っているのに、甘いデートやプレゼントに伊藤の気持ちがわからなくなる瞳。でも伊藤の気持ち以上にわからないのは彼に触れられることを次第に受け入れている自分自身の体とこころの反応。合コンに行かないで欲しいという気持ちが芽生えてしまう瞳だったが、とうとうその日が来てしまい――。

「あひゃひゃひゃ。ひひひひ、ひひひひ」
 一階に住むおばあちゃんの笑い声が二階の真ん中の部屋にまで聞こえてきて木村(きむら)瞳(ひとみ)はびくんと身体を震わせた。
 丁度お風呂に入っていたところで、その声が思い切り浴室に響いて魔女の笑い声かと思うほど不気味なものに聞こえる。
 いつもは慣れていて適当に聞き流すことが出来るのだが、狭い風呂場であの声が響くとさすがに不気味だ。
 半畳ほどの湯船に浸かりながら、今でも聞こえてくる笑い声に思わずため息を吐いてしまう。
(何のテレビ見てるんだろ? そんなに楽しいのかな)
 瞳はテレビを見るより、スマホで適当にネットテレビを見たり、動画を見た方が楽しかったりするので、テレビは持っていない。
 ここの安いアパートに越してきて五年、今年で二十五歳になるが、テレビのない生活は慣れればそれなりに快適で、漫画や本を読んだり、ネットを充実させるともはや不要のものとなった。
 家電は冷蔵庫、ガスコンロ、棚にローテーブルと最低限のものだけで生活していて、服も多くは持っていない。勿論、ベッドではなくて、布団生活なので、ワンルームでありながらも狭さを感じないと我ながら思っている。
 しかし、問題は生活音が丸聞こえという点だ。
 一階の角に住むおばあちゃんの笑い声がはっきりと聞こえてくるのだし、もうひとりのおじいちゃんの声も、大声でテレビに向かって文句を言っているのがはっきりと聞こえてくる。
 しかし、それさえ我慢してしまえば、文句はない物件でもあった。
 昼間は仕事をして部屋にはいないのだし、夜、そのふたりは大きな音を立てるでもなく、声を出すでもない。時々音もしているが、眠りを妨げるようなこともなく、疲れている瞳には関係ないことだった。
 帰宅後の数時間が、ほんの少し憂鬱であるだけ。
 それもこれも、瞳の趣味が貯金のせいだ。
 安月給で働くOLであるが、貯金と交際費だけは欠かせないとここのアパートを引っ越せないでいる。
(いつか結婚する時、家を買う時、その他諸々、お金はいくらあっても必要だもの)
 湯船にちゃぷんと顔を浸けると、温泉気分を味わう為の入浴剤がほんわかと鼻先で香る。
(旅行だって、行くなら派手に。その時の為に……貯金)
 頭の中でチャリンと音がした。
 豚の貯金箱の中に五百円玉を入れて、したつもり貯金をしているのだ。
 瞳の愛読書の主婦雑誌によく出てくる、○○したつもり貯金。
 もはや学生時代から読んでいて、見慣れてしまい、今ではその雑誌もあまり購読していないが、その雑誌のお陰で貧乏OLだと自分を蔑むことなく生きてこられたと思う。
誰もが華々しい生活を送れるわけじゃない。その雑誌と出会って、瞳の金銭感覚はかなり磨かれたと思うし、こうして貯金への意欲を燃やしている。
「ほおお。そうなんじゃなあ。知らなかった。鯖にそんな効果が」
(おじいちゃん、また健康番組見てる。朝外に出て体操もしてるし)
 自分もそんな風になるまで楽しく生きていられるように、お金は大切にしなければならないと思いながら、お風呂から出た。
 湯船にしっかり浸かり疲れを取ることが明日への活力になるのだと雑誌にも書いてあり、狭くとも風呂ありなアパートは外せない。
 身体を拭いて寝間着に着替えると、瞳は用意していた肉じゃがを鍋から皿に盛り付け、ごはんと味噌汁で食べ始める。
 このささやかな幸せが、なんとなく続けば良いと思う反面、そろそろ彼氏でも出来ないかと夢を見始めていた。
(職場の年齢層は高いし、合コンは苦手だし。学生時代の時の男子なんて、今更ねえ)
 恋に奥手なことを実感すると、今が本当に幸せなのかと疑問にも思えてしまう。
 ご飯を食べ終えて食器を片付けると、ローテーブルをどかして布団を敷いて、明日の休みの為にさっさと眠ってしまおうと、電気を消した。
 のんびりと起きた日曜日の朝。
 適当にスウェットを着て、漫画でも読みながらダラダラ過ごそうと畳に寝転んだ時、ピンポンとドアホンが鳴った。
「はい」
 このボロアパートに来て、事前に連絡もなく来る友人はいない。
 宅配便も頼んでいないし、両親は最近、滅多に顔を出さなくなった。
 誰かと思い、念のためにチェーンを掛けてドアを開けると、隙間から見える男性を見て思わず胸を鳴らした。
 高い鼻梁に切れ長の瞳、黒髪は整えられていて、仕立ての良いスーツを着ている。年齢は三十歳くらいだろうか。自分より年上だろう。

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