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婚約破棄に効く魅力的な誘惑~恋のかさぶたに優しくキスして~

  • 作家山内詠
  • イラスト天路ゆうつづ
  • 販売日2019/04/26
  • 販売価格500円

美優は婚約者とともに同僚の結婚式に出席したその日、突然彼から結婚をやめると告げられる。理由は浮気相手の妊娠。しかもその相手は美優が面倒かけられている後輩。婚約者から放たれる言葉に耐え気丈にふるまい、そして彼は去った。ひとりきりになり暫く動けずにいると、「あちらのお客さまからです」と目の前にカクテルが。戸惑いつつ口にすれば不思議と気持ちが落ち着く美優。そのお礼を伝えるだけで良かった。「知らない自分になりたくないかい?」──端整な男性からの誘惑に美優は身を委ね甘く満たされる。翌朝、男性は姿を消したが貰った優しさを胸に新しい生活をスタートさせた美優。しかし取引先であの夜の男性と偶然再会して!?

 差し出されたキャンドルの炎の揺らめきに、一瞬目を奪われると同時に、私──小野寺(おのでら)美優(みゆ)は我に返った。
 慌てて下に固定されていた視線を上げる。すると制服姿のスタッフがにこりと笑顔を浮かべて会釈をしながら手にしたキャンドルをテーブルの中央へと置いた。
 キャンドルが灯る様を見て、ふと気づく。
「……あっ!」
 都心にあるホテルの高層階にあるこのラウンジを訪れたのはアフタヌーンティーを楽しむ時間であったはず。それなのに気づけば窓の外から見える空にはとっくに闇の帳(とばり)が降り、窓の外に広がる街はすっかり夜の顔へと様変わりしている。
 ラウンジの中はどことなくレトロなオレンジ色の暖かな光に包まれ、昼間の明るいカフェのような雰囲気から落ち着いたバーへとその姿を変えていた。キャンドルも演出のひとつであろう。
 一体私は何時間居座っていたのか。しかも頼んだのは紅茶だけだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
 慌てて立ち上がろうとすると、スタッフは笑顔で優しくそれを制した。
「どうぞお気の済むまで、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「あ、りがとう、ございます……」
 笑顔に甘えるように、私はまた座り心地のよいソファに沈み込んでしまう。……正直、まだ立ち上がる気力が戻ってはきていなかったから。
「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか?」
 スタッフが指し示したのは、私の向かいの席に置かれたコーヒーだった。半分ほどしか手の付けられていない、もとは温かかったそれはとっくに冷めきっている。
「……ええ、構いません」
 コーヒーをオーダーした彼──児玉(こだま)直樹(なおき)は、もう何時間も前にこの席を立ち、出ていってしまった。
 二度と、私の前に戻ることはない。
 片づけられていくカップから意識を逸らすように、私は窓の外へと視線を向ける。すると、ガラスに映る自分の姿が目に入った。
 髪を美容室でセットしメイクも華やかにしても、やや下がった眉のせいでいつもどこか不機嫌そうな風に見える顔はさして変わらない。造作が特別綺麗でも不細工でもない分、僅かな特徴が余計に目立ってしまう自分の顔が、昔から嫌いだった。
「失礼致しました」
 笑顔と気遣いを残し、スタッフは去っていく。
 ……今対応してくれたこの人は、私のことをどう思っただろう。ふたりで来店し、男は先に帰ってしまったのに、その後何時間もぼんやり居続ける女。
「……同情してくれたのかな」
 仕事とはいえ優しさが沁みる。さすが、都心の一流と呼ばれるホテルのスタッフだ。
 それに対して、彼はどうだったか。比べる方がおかしいとわかっているけれど。
 冷たくなった紅茶のカップを持ち上げながら、私はぼんやりと数時間前の記憶を思い出し始めた。
 週末の土曜の昼、直樹と私がこのホテルを訪れたのは、勤め先の同期である木崎(きざき)沙希(さき)の結婚式のためだ。昼前から執り行われた披露宴終了後、二次会が開催されるまでの間、上層階にあるラウンジでお茶をしながら時間を潰していた。
「素敵なお式だったわねぇ」
「そうか? 仰々しくて疲れたよ。ホテルでの披露宴ってこんな感じだったか?」
 沙希のお相手は有名な商社にお勤めで、招待客も多かった。キャパシティの都合で決めたという一流ホテルでの披露宴が気づまりだったのか、直樹は疲れたように首をぐるりと回す。

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