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王太子殿下、密偵業務は他言無用です!

  • 作家熊野まゆ
  • イラスト藤谷一帆
  • 販売日2019/03/12
  • 販売価格400円

「きみのあらゆることを、俺は知りたくてたまらない」シュナイデラ国出身のハリエットは敵対するルティエンサス国に、偽りの身分であるリリー公爵令嬢を名乗り密偵として潜入中だが、ルティエンサス城の茶会で王太子殿下のウィルフリッドに遭遇して以来、事あるごとに彼に話しかけられてなかなか情報収集が進められずにいた。舞踏会の夜、不正を働いていると思しき男爵と二人きりになり、彼に無理やりキスをされそうになったところをウィルフリッドに助けられるハリエット。いつもは温和な王太子殿下が、このときばかりはとっても不機嫌! 「きみの本当の名を知りたい」ウィルフリッドに、蕩けるような甘い責めで問われるハリエットは――!?

序章 執心の王太子
 ──ああ、まただ。また、彼に捕まってしまった。
「殿下はいつも女性の味方ですのね」
 にこにことした笑顔を貼りつけて、心にもないことを言う。
 ヘーゼル・リリー──本名はハリエット・ルーカスという──は、今夜も社交場と噂話が好きな公爵令嬢を演じていた。
 いっぽう、会話の相手であるルティエンサス国の第一王太子、ウィルフリッドはその琥珀色の瞳を細めて「本当にそう思うか?」と訊いてきた。
「ええ、もちろん」
 ハリエットはにっこりしたままそう言葉を返しつつ、心のなかでは大きなため息をついた。
 最近は出席する茶会や夜会でたびたびこの王太子ウィルフリッドに話しかけられ、思うように情報収集が進まないのだ。
 ──これでは仕事にならない。非常に動きづらい。
「それにしても……レディ・リリーはいつ見ても凛としていて麗しい」
「まあ、そんな……。もったいないくらいのお言葉をちょうだいしまして……光栄でございます」
 自身の口もとが引きつっていないか心配になった。
 顔を合わせるたびにこうして口説かれるのだが、その理由がさっぱりわからない。
 ウィルフリッドはだれかれ構わず声を掛けるのかと思えばそうではなく、ほかの女性にみずから話しかけるようなことはいままでに一度も見受けられなかった。
(もしかして、私の素性を怪しまれている……?)
 自分にとびぬけた美貌があるとは思っていない。平々凡々なのは自覚している。だからこそ、このルティエンサス国で密偵が務まるのだ。したがって、彼が自分の見目を褒めるのは社交辞令だとわかっている。
 それに引きかえウィルフリッドは、まさしく『とびぬけた美貌』の持ち主だった。
 赤みがかった金髪は彼が少し首を傾げるだけでもシャンデリアの光を反射してまばゆく煌く。いや、反射しているというよりもむしろ、光を吸収してみずから発光していると錯覚するほど艶やかで美しい。
 目鼻立ちはくっきりとしていて、一度見ればなかなか忘れることができない。むろん、よい意味で印象的ということだ。
 加えてウィルフリッドはかなりの長身である。ハリエットは女性にしては背丈があるほうだが、彼はそれよりもさらに頭二つ分以上、背が高い。
 王族のわりに体の線が太く、貴公子然としていながらも力強さを感じる。緻密な金銀細工が施された上着の向こうにはさぞ鍛え上げられた肉体があることだろう。
(──って、私はべつに……見たいわけじゃ、ないんだからっ)
 断じてそんなことはないと自分に言い聞かせていると、
「そうだ、今度また城の庭にくるといい」
「ええ、よろこんで!」
 ハリエットの表情がパァッと明るくなる。
「あ──……いつも、お招きいただき本当にありがとうございます」
 つい、食いぎみに返事をしてしまったハリエットは「コホン」と咳払いをしてまたもとの仮面に戻った。
 王城の彼の専用庭にはたくさんの猫がいる。ウィルフリッドは無類の猫好きなのである。そしてハリエットもまた、猫たちをこよなく愛している。
 ハリエットとウィルフリッドが並んで立つ、南側に面したバルコニーに強い風が吹き抜けた。彼の視線の先には険しい山々がある。その向こう側には、ハリエットの祖国でありこのルティエンサスと何年もいがみ合っているシュナイデラ。二国は決して相容れない。
(そもそも私は、本当は貴族なんかじゃないんだし……)
 ヘーゼルことハリエットはルティエンサスが敵視する南の隣国、シュナイデラから派遣された密偵なのである。
 十二歳からこのルティエンサスに潜り込み、祖国から授かった偽りの身分、リリー公爵令嬢ヘーゼルとしてもう六年ほどこの敵国で偵察を続けている。
 密偵としてルティエンサスに潜り込んでいるのでなければ、彼──第一王太子ウィルフリッドと話どころか顔を合わせる機会すらなかっただろう。
 本音を言うと、彼と話をするのが嫌だと思ったことは一度もない。ウィルフリッドはいつも紳士的で会話上手だ。任務を忘れて話に花を咲かせたことも──ないとは言い切れない。ただ、ふたりきりで話すばかりでは、他所(よそ)の貴族たちの会話に耳を傾けることができないというだけだ。

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