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怜悧な侯爵と給仕令嬢との蕩けるキスの密約

  • 作家熊野まゆ
  • イラストワカツキ
  • 販売日2019/10/29
  • 販売価格700円

幼い頃に乗った遊覧船に心躍らせ、以来、船が大好きな男爵令嬢のアダリナは、大好きな遊覧船の給仕の募集を知って応募を申し出、採用された。歓喜するアダリナ。だが幸せもつかの間、経営している侯爵が亡くなり、後継の息子は船には興味がないとのことで、廃船が囁かれる。不安な日々の中、なんと後継者のエミディオが乗船してきた。その美貌に驚くアダリナであるが、今は見惚れている場合ではない。エミディオに向け、頑張るから廃船だけはしないでほしいと訴える。するとエミディオは、毎日頬にキスをする約束を交わせば、存続させると言い出す。キス!? 廃船を避けたいアダリナは、エミディオの条件をのみ、キスの密約を交わすのだが――

序章 遊覧船の給仕係
 子どもの頃に見たその蒸気船はとてつもなく巨大だった。見上げる恰好になるからよけいに大きく感じたのだろう。
 入り組んだ海岸に停泊する勇壮な蒸気船に一目で魅入ったのをいまでも覚えている。
 高くも低くもない鈍い汽笛の音を聞き、石炭の燃える独特の匂いを吸い込んで船に乗れば、そこは別世界だった。
 十歳のアダリナ・ラミレスは薄茶色の瞳を輝かせて駆け出す。ドレスの裾が翻ってしまい母親のブリタに咎められたが、目の前に広がる景色を眺めることに夢中で気にならなかった。
 甲板から見る海岸は地上から眺めるのとは比べ物にならない絶景だった。船に乗り目線が高くなったぶん、遠くまで見渡すことができる。
「わぁ、わあぁっ……!」
 甲板の白い柵に両手をつき、瞳を右へ左へと忙しなく動かして、複雑に連なる入り江を見まわす。穏やかな海面が、真上から降り注ぐ陽光を反射して煌いている。
 大きく息をすれば潮風が香る。石炭の匂いもわずかに混じっている。
「ずっとここにいては冷えるから、中へ入ろう」
 すぐうしろに立っていた父親──セリノ・ラミレス男爵が言った。
「はい、お父様」
 本当はまだ眺めていたいけれど、船の中がどうなっているのかも気になる。
 アダリナは両親のうしろについて甲板の端を歩く。船内へと続く扉の向こうは、眩いばかりの光に溢れていた。
 アダリナは先ほどと同じように「わぁっ!」と声を上げて感嘆する。
 艶のある茶色い円柱が森の木さながらに立ち並び、大きなシャンデリアからは太陽に負けず劣らずの光が降り注いでいる。
(こんなに素敵なのに、船の中だなんて……!)
 瞳に映るすべてのものが煌びやかで、そして絢爛だった。
「ひとまず客室へ行こうか」
 父親が言うと、船旅に同行するラミレス男爵家の執事が「かしこまりました」と返事をして歩きだした。アダリナはきょろきょろとあたりを見まわしながら執事についていく。
 窓のない廊下を通り、客室の鉄扉を開けて中へ入る。
 ダブルベッドが三つと、ソファやローテーブル、円卓や椅子が置いてあった。アダリナはすぐに駆け出し、窓に張りついて外を眺める。
 甲板で見たときよりも視界は狭いけれど、それでも海を眺められるのは嬉しい。波打つ海面や飛びゆく鳥たちはどれだけ見ていても飽きない。
「アダリナ? 夕食よ」
 母親に声をかけられてはじめて、円卓に並べられた料理に気がつく。窓の外に夢中になっているあいだに夕食の準備が整っていた。壁際には給仕のメイドがふたり、ワゴンのそばで控えている。
「美味しそう!」
 食欲とは恐ろしいもので、眺望から食事へとすぐに目移りする。
 アダリナはそそくさと着席し、両親とともに魚介料理を楽しんだ。
 海は真っ暗だから、どれだけ遠くを眺めても奥行きがわからない。けれど、船から漏れる明かりが海面を照らしていてとてもきれいだった。

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