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契約結婚は幼馴染の策略だったのに、なぜか溺愛されています

  • 作家椋本梨戸
  • イラスト霧原すばこ
  • 販売日2019/10/8
  • 販売価格900円

アラサーの加賀綾乃は、仕事に打ち込み恋愛経験ゼロ。結婚など考えたこともなかったのに、婚期を心配する母親からの、執拗なお見合いの催促に辟易していた。そんなある日同じ職場に赴任してきたのは、高校時代に綾乃に告白してきた幼馴染の一ノ瀬悠だった! 当時は告白への返事もろくにできず、悠から逃げ出してしまった綾乃。最初は気まずい思いをするのだが、実は悠も家族から結婚をせっつかれているそうで──「僕と結婚の契約を結んでください」 そんな悠からの提案にのった、形だけの夫婦生活がスタート。でも、恋愛初心者の綾乃にどんどん距離を縮めて翻弄してくる悠にはドキドキさせられっぱなしで……!?

第一章
 生徒たちの受験結果が出揃い、緊張から解放されつつある三月下旬のことである。
 加賀(かが)綾乃(あやの)は、一人の女子生徒を前にして大ピンチに陥っていた。
「それでね、綾乃先生。塾(ここ)からの帰り道に、傘の中に航生(こうせい)がわたしを入れてくれたの」
 春から高校二年生になる里山(さとやま)りつは、ふっくらした頬を赤く染めつつ、小さな声でカウンター越しに報告してくる。いつもはセーラー服姿で現れる彼女だが、春休みのため今日はアイボリーのブラウスに桜色のスカートという出で立ちだ。
 初々しく可愛らしい生徒の、これまた初々しい恋の話を、伊達眼鏡と隙のないスーツで身を固めた綾乃(今年めでたく三十歳を迎えた)は、心の中で冷や汗を流しながら必死に聞いていた。自分の守備範囲内からどれほどかけ離れた話題であっても、真摯に耳を傾け、適切なアドバイスを送ることが、教室長である自分の務めだからだ。
 里山りつは、生徒から恐れられがちな綾乃に懐いてくれている、数少ない生徒のうちの一人である。勉強に運動に友情に恋愛にと、青春に属するおよそすべての事柄に全力投球しているがんばり屋さんのりつを、綾乃は応援したい気持ちでいっぱいなのだ。
 ここは鳴宮(なるみや)塾大学受験科、都内にある篠崎(しのざき)校である。そして綾乃は、この校舎の最高責任者である教室長の立場にあった。
 各教室では春期講習が行われているため、受付に人影はまばらだ。カウンターの奥にある数台のパソコンデスクを前に、二人のスタッフが事務作業をしている程度である。
 受付カウンターは、つるつるした大きな石造りだ。受付ホールは、何人もの生徒が出入りしても支障がないように広く取ってある。
 三階建ての校舎は清潔感に満ち、大きな窓からたっぷりの光が差し込み、絨毯や机、椅子などからは品のいい高級感が漂っている。これらは、良質な環境で勉強に集中できるようにと気を配ったのと、また、入塾希望の保護者を安心させる効果を狙ったものだ。
 その広いカウンターの隅っこで、りつはひそひそと話を続ける。
「わたしの家の前で別れたんだけど、そのときに見えた航生の右肩が雨にびっしょり濡れてたの。それなのにわたしはちっとも濡れていなくて……航生が庇ってくれてたんだって気づいたら、きゅんきゅんしちゃってどうしようもなくなって、夜なかなか眠れなかったくらい」
 りつは両頬をてのひらで包んで、可憐な瞳を恋心に潤ませた。
 大切な生徒の幸せそうな姿をいつまでも堪能していたいと思う綾乃だが、りつの話はやがて不穏な方向に流れ始める。
「航生は、ライン全然返してくれないし、いつもぶっきらぼうなんだけど、イケメンで優しいから、ほかの女子たちにも人気があるんだよね。バレンタインに、いーっぱいのチョコをもらってたもん。先生も見たでしょ?」
 綾乃はうなずきを返した。

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