
イラストルシヴィオ
優しくしてるよ? 智実ちゃんには――
若くして部下から厚い信頼を得ている係長、佐々木智実は会社では弱みを見せない。
が、ある日の通勤中困ったことになってしまった。
焦る彼女を助けてくれたのは小野田真司。
はじめは同じ通勤電車に乗っているだけの赤の他人だったのに、この日を境に二人の仲は急接近していった。
智実はその天然過ぎるけれど優しい彼の魅力に徐々に好意を寄せていく。
そんな時に泥酔した小野田に甘えられた……だけでなく、なんとキスされてしまって!?
頼りになる天然系男子の魅力にたじたじになってしまった智実は、この曖昧な関係をどうするのか――?
「智実(ともみ)ちゃん、俺、今日はここに泊まっていってもいいかな」
トロンとした顔で彼が私の肩に寄りかかる。
彼の手には缶ビール。頬は少し赤みを帯びている。
えっと……彼の名前はなんだっけ。思い出せない。
「智実ちゃん……」
目が合い、逸らせなくなってしまう。途端に彼の顔が近くなる。お酒の甘い匂いが私をクラクラさせた。
彼がビールを持っていない方の手で私の腰を抱き、グッと引き寄せられる。
名前なんてどうでもいっか……。ずっと彼のことが好きだった。
静かに目を閉じて、彼のキスを待つ。
ゴンっと派手な音を立てて、頭に痛みが走った。
「いったぁ……」
目を開けると通勤電車の中だった。クスクスと笑い声が聞こえる。どうやら私は手すり棒に寝ぼけて頭をぶつけたらしい。
私に視線が集まる中、恥ずかしさから体を小さくした。私はこっそり二つ向かいの窓際を見る。
背の高い、背広を来た男性が文庫本を読んでいる。
清潔感のあるサラサラな黒髪、綺麗な奥二重。アーモンド形の瞳、スッと通った鼻筋と常に口角の上がった口元が優しい彼の雰囲気を表している。彼がさっき夢の中で会った男性だ。
彼が本から顔をあげて目が合った。クスリと笑われて、私の体温が上がっていく。私はすぐに俯いた。
あー……恥ずかしい。会社では鬼の係長と呼ばれている私なのに、連日の残業で疲れて立ったまま寝てしまうなんて。しかもよりにもよって“彼”にみっともない姿を見られてしまった。
私はもう一度彼を横目で盗み見る。彼はまた本に視線を落としていた。思わずかっこいいと思ってしまう。年は私と同じくらいかな。年齢はおろか、名前も知らない。
三年前、一人暮らしでこちらに引っ越してきてから彼と同じ電車に乗ることが増えた。気が付いたら目で彼を追ってしまっている自分がいた。すぐに恋だと気付いたけど、なかなかきっかけがなくて今日もまた盗み見ることしか出来ない。
でも、今日は彼と目が合ったし! なんだかいいことがある気がする。
心の中でガッツポーズを浮かべていると、電車がホームに到着して、なだれ込むように人が乗車した。この停車駅はいつも沢山の人が乗車する。私は手すり棒に押し付けられるような体勢になってしまった。三年間この電車を使っているけど、未だにこの満員電車には慣れることが出来ない。
でも、あと三駅で降りられるし、我慢しなきゃ。俯きながら息を整えた。
電車の扉が閉まり、発車し始める。
車体が大きく揺れ、何人かがふらついた。私は幸い手すり棒を掴んでいたから大丈夫だったけど……。でもその時、太ももに誰かの手が触れた気がした。一瞬で全身に鳥肌が立ったけど満員電車だし、私の気のせいだと思うことにした。
だけど、その手は私の太ももを上下に撫でる。
多分、痴漢だ……。
そう思ったけれど、不思議と怖くて声が出ない。振り返って相手を見ることなんてもっと出来ない。そうだ、会社まであと二駅だけど、次の駅で降りよう……。
心に決めるもいつも何気なく過ぎていく次の駅までのわずか三分ほどが永遠のように感じられた。
妙にがさついた指。手の大きさから男だろうと勝手に決め、姿を想像すると怖さで体が震えてくる。
次で降りるつもりだけど、相手も一緒に降りてきたらどうしよう……。
車内アナウンスで次の駅名が流れる。到着までもう一分も掛からないだろう。
カバンをギュッと持ち、扉が開いたら走ろうと決める。
その時、私の太ももを撫でていた手がグンっと上にあげられて、私のお尻にあたった。
「さっきからこの女性に触ってますよね?」
知らない声に振り返るといつも私が眺めていただけの彼が私の後ろに居た。
もしかして、この人が私を……?
イラストヤミ香
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