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美しい伯爵と引きこもり令嬢の密やかな歩調

  • 作家黒田美優
  • イラスト蘭蒼史
  • 販売日2018/11/26
  • 販売価格300円

半年前、レイラは馬車の転落事故に遭い、家族を失った上、背中に一生消えない傷を負った。以後、領地の管理は叔父に任せ、自分は屋敷に引きこもっている。自堕落な生活を送っていたある日、目を見張る美しい貴人が訪ねてきて、レイラの生活は一変してしまった。彼の名はオーガスト。亡き父の友人だという。そしてその美しい外見とは正反対の、冷徹な言葉でレイラの自堕落な生活を非難する。レイラは売り言葉に買い言葉で彼の滞在を許すものの……親子ほど年の離れた若々しいオーガストが父の親友? 父の話が聞きたい――知性溢れる美しい伯爵が、痛ましい事故によってふさぎ込んでしまった令嬢の心を軽やかに解放する。

第一章 引きこもり令嬢、部屋を出る
 窓から差し込む日差しでレイラは目を覚ました。
「……よく寝た」
 時計の針は、昼過ぎを示している。
 ベッドから起き上がった彼女は、女性というよりも少女のようだ。
 年齢は今年で十六歳。日々の不摂生でやせ細り、もともと小柄ではあるが、実年齢よりずいぶん幼く見える。
 緩いウェーブの長い金髪は絡まり、青い瞳は目の下にできた深いクマと血色の悪い肌から余計にくすんで見え、精気は感じられない。
 十分すぎるほど広い部屋には贅沢な装飾があしらわれた家具があるのに、彼女はみすぼらしい。まるで捨てられた人形のようであった。
 しかし、この屋敷に自堕落な生活を送る彼女に意見する者は誰もいない。
「お腹、久々に空いたかも」
 ペタンコの腹を擦り、ベッドから下りて、ナイトウエアのまま部屋を出る。
 世間一般で、はしたないとされる行為でも彼女は叱られない。
 屋敷自体が静まり返り、レイラ同様元気をなくしているようで、彼女のか細い足音だけが廊下に響いていた。
 レイラ・ブルームは、裕福な伯爵のもとに生まれた。
 何不自由なく暮らし、教養と知識を兼ね備え、天使のように美しく、将来的には名の知れた相応の家へ嫁いでいくものだと周りに期待されていた。
 しかし半年前、両親とレイラを乗せた馬車が転落事故に遭い、彼女の世界は一変する。
 両親は亡くなり、レイラの背中には一生消えない傷を負った。
 くしくも、その日はレイラ十六歳の誕生日。翌日は葬儀で、レイラが病院のベッドで目が覚めた時には、すでに一週間が経っていて現実感がないままに全てが終わっていた。
 はじめは可哀そうな娘だと同情の声を投げかける者や、婚約を申し出る者もいた。
 しかし、レイラは屋敷から出ようとはしなかったし、一部を除いた身内以外と会おうともしない。誰かが屋敷に訪れたことがわかると、侍女のサキがいくら呼んでも自室から出てこないのだ。
 その様子に無礼だと怒る人もいれば、仕方がないと諦めてくれる人もいた。
 けれど、事故から月日が経つと人々はレイラのことを忘れていった。今では屋敷を訪ねる者はいない。
 そのことに、レイラは悲しむどころか、心の底から安堵している。彼女は一人で悲しむ時間を欲していた。それが、どのくらい必要なのかわからないまま、事故から半年経ってしまった。
 レイラが調理場を覗いていることに気が付いたのは侍女のサキだった。
「レ、レイラさま! いかがされましたか?」
 駆け寄るサキにレイラは俯いて、首を横に振る。
「どうもしてないの。ちょっと……お腹が空いただけで……」
「ではコックに今すぐ作らせます! どんなものが食べたいですか?」
「作らなくていいわ……これ、もらっていくわね」
 レイラは力なくボソボソと呟くとキッチンカウンターの上に置いてある、ナイフで切り分けられたリンゴの欠けらを手に取り、背を向ける。
「レイラさま……」
 サキが何か言いかけたが、レイラは無視するように自室へと戻っていった。
 自室の鍵をかけたところで、レイラはその手に持ったリンゴを口に放り込む。
(おいしくない、わね……)
 パイなどに使用するリンゴだったのかそれほど熟れておらず、硬い。
 事故に遭ってから味覚が鈍感になってしまっているが、なんとか飲み込み、溜め息をついた。
(っていっても、おいしいってよくわからなくなっちゃったけれど)
 両親が健在な時、レイラは食事の時間を楽しみにしていた。
 父が異国から連れてきたコックは、何を作っても絶品だった。家族で料理を囲む時間がレイラにとって幸せな時間だ。
 しかしそれはレイラにとって昔の話。今は事故のショックでどんな料理も味がわからないし、匂いもしない。なにより広いテーブルに一人でつくのが嫌だった。
 楽しみのない食事は自然と億劫になり、今のようにときどきつまみ食いをしてなんとか生命を維持するためだけのものに変わってしまった。
 レイラ自身、サキや他の使用人に心配をかけていることはわかっている。
(こんな生活、続けていてもダメよね……)

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