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溺愛度数高めの伯爵とお仕着せのシンデレラ

  • 作家黒田美優
  • イラスト霧夢ラテ
  • 販売日2019/6/12
  • 販売価格600円

孤児のレイは行き場を転々とし、ある貴族の邸でメイドとして働いていたが、そこの令嬢に嫌い抜かれ、濡れ衣を着せられた挙句、奴隷商に売られてしまう。そんなレイを救ったのはハロルドという名の伯爵だった。メガネの奥のまなざしは鋭く、不愛想で言葉もストレート。周囲から怖いと言われている彼だが、ある秘密があった。偶然それを知ってしまったレイは黙っていてほしいと懇願され、二人だけの秘密が始まる。急速に縮まっていくハロルドとの距離。彼の優しさや気遣いに触れるたびにレイの心は震える。いつしか救い主に仕え、恩を返したいという気持ちが恋心に変わっていくが、ハロルドはレイにとって到底手の届かない存在で――

第一章 不幸な少女
「さっさと歩け! 馬車に乗るんだ」
 男は罵倒した。
 地下室から出てきた少女の足取りは重い。歩きたくても思うように体が動かないのだ。二日間、食事もロクに与えられず意識が遠のきかけている。それでも足を引きずり、言われたとおりに荷馬車へ乗り込んだ。すぐに背後で施錠される音がする。
 少女の名前はレイ。
 黒い髪と、瞳には生気が感じられない。小さな顔には似合わない大きな丸いメガネをかけていた。
 レイはその場に身を抱えるように座りこんだ。馬車が動き出すと、力の出ない体はゆっくりと眠りに落ちていった。
 レイは何度も拾われる運命にあった。
 何度も拾われるということは、何度も居場所がなくなるということだ。
 四歳のときに雪道で一人泣いているところを発見された。置き去りにされたショックからか当時の記憶はなく、失語症を患っていた。唯一『レイ』という文字を書けたため、それが名前になっていった。
 話すことができないため預かり先の孤児院でもなかなか養女として縁がない。しかし八歳になった春の日、優しい老夫婦に出会い、引き取られてからというもの徐々に言葉と笑顔を取り戻していった。
 だが、幸せな日々は続かない。十四歳の冬に、老夫婦は事故に遭い亡くなったのだ。
 見かねた領主がレイを住み込みメイドとして引き取り、今度こそ幸せになるかと思われた。
 だが、メイドとしての生活はさんざんなものであった。
 伯爵は柔和な方であったが、令嬢はことごとくレイを嫌い、陰険なイジメを繰り返した。
 誰も見ていないところで足を引っかけ、花瓶が割れればレイのせいにする。おまけに、レイの名前などけして呼ばなかった。人前では「ねえ」や「あの」などと呼びつけ、二人きりになると「ブス」と呼んだ。
 しかし、レイは挫けなかった。
 彼女の長所は笑顔と常にポジティブであろうとする心構えだ。老夫婦との生活は短かったが、レイの性格を明るくさせたのだ。
「ブス、さっさとドレスを用意しなさい」
「ブス! 掃除がぜんぜんできてない。アンタってホントにグズね」
 つり目気味な令嬢が、容赦なくレイをなじる。
 それでもレイは反抗的な態度を取ることなく、素直に非を認めた。その、上手く立ち回る態度が令嬢をさらにいらだたせる。
 日常的に『ブス』と罵られるレイであるが、その容姿は息を呑むほど美しい。
 黒の長い髪は緩やかにウェーブしていて、丸い瞳は石炭を磨いたように光り輝く。長いまつげに、スッととおった鼻筋、小さな唇はピンクに色付いていた。肌は白く、口をつぐんでいれば人形のようだ。
 だが、その見た目は『ブス』と言われないものの、不気味だと指さされる対象であった。
 漆黒の髪に暗い瞳は魔女を連想させ、その美しさはミステリアスに映る。彼女とすれ違う人々は足を止め、振り返る。とくに同性は彼女の美貌を妬んだ。
「気味が悪いったらありゃしないわ。あのレイって子。私の彼をたぶらかして」
 キッチン前を通りかかったレイが悪気なく聞いてしまった言葉だ。
 メイド仲間のマチルダがぼやき、周りのメイドたちも口々に賛同した。容姿をけなし、ありえない噂話をしていた。
(マチルダさんの……彼氏? って、あの庭師のハーシーさんだったかしら。たぶらかした覚えはないけれど……。むしろ、給仕中に呼び止められて私が困っていたくらい。……でも、そんなこと言っても無駄よね)
 キッチンの扉に手をかける。
「おつかれさまです! キッチンの人手が足りていないとお聞きしたのですが」
 レイは明るい声色で入っていった。
 さきほどまで陰口を言っていた者たちは黙り、マチルダだけがレイを睨んでいる。
 それでもレイは気にする様子もなく、コックに命じられた皿洗いを快く受け入れた。
 皿を洗っているとまた、ひそひそ声が聞こえてくる。
「さっきの話、聞かれたかしら」
「大丈夫でしょ。ニコニコ笑ってるんだから」
「聞こえていたなら、ずいぶん厚かましい子よね」
 レイは洗い場に浮かぶ泡を見つめながら静かに溜め息をついた。
(厚かましい……か。じゃあ、いったいどうすればいいんだろう)

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