夢中文庫

傾城の姫は生真面目な婚約者に溺れる

  • 作家群田景
  • イラスト
  • 販売日2019/03/15
  • 販売価格500円

秋津国はアルビオン王国との婚姻による結びつきを決め、太守家の娘、雪代を送り込む。麗しくたおやかな雪代は、実は裏の教育を施された傾城の姫であった。雪代は政略結婚の相手であるジェレミーを虜にしようとするが、彼に心惹かれるあまりうまくいかない。一方、ジェレミーもまた、雪代の少女のような愛らしさに戸惑い、どう接していいのかわからず困惑していた。互いに相手を想いながらも本心に気づかず、己の役目を果たすことを迫られて苦しみ、すれ違う毎日。さらには秋津国の外交特使の鶴木が現れ、雪代の体たらくを責め、ジェレミーに雪代が気に入らぬなら取り換えると言って揺さぶりをかけてきて――

秋津国(あきつこく)から来た雪代(ゆきしろ)という女は、これまでのジェレミーが知る女という生き物とは一線を画した、変わった女であった。
 伯父のアッシャーランド公爵家の屋敷で開かれた茶会の形をとった顔合わせ、そこに現れた彼女は秋津国の民族衣装を纏い楚々と挨拶をする。
「お初にお目にかかります、雪代でございます」
 聞き取りやすくもどこか古風な発音と落ち着いた柔らかな声。六フィートを超えるジェレミーの肩にも届かない小柄さ。ガウンのような絹地のドレスは鮮やかな朱色に美しい花鳥の柄が施され、ドレスを締め上げる幅広なベルトには金糸銀糸で細かな刺繍がなされ、衣服というよりも工芸品のようだ。その豪奢な衣装を着こなす彼女は、黒曜石のように煌めく長くまっすぐな髪、大理石にも似た艶やかな肌、けぶるような睫毛に彩られた瞳は黒にも金にも見えブラックアンバーのごとく不思議な色合いだ。ハッとするほど艶めかしい紅を差した唇は小さく、その小さくもふっくらとした質感にジェレミーの心臓は不自然なほど騒ぐ。
 躰の線など拾えぬよう禁欲的なまでに覆われた民族衣装でも見て取れる華奢な身体つきで、とても成人しているとは思えない。雪代と名乗った女は十五やそこらの少女にしか見えなかったが、黒光りする重厚なオーク材の設えが見事なティールームを背景にしても負けぬ華やぎと優美さを持っていた。
 婚約者となる女はジェレミーよりも二歳年上の二十二歳だと聞いていた。どんな年増が来ることかと思っていたジェレミーだけに、その幼いともいえる彼女の姿に困惑する。
 人違いか、はたまた身代わりか? 訝しみ無言になるジェレミーの視線はどうしようもなく険しいものとなり、当然表情も厳しいものへと変化したが、雪代は泰然とした穏やかな笑みを浮かべたままである。
 この怪しい女、何者だ? 誰何の声を上げるべきか、紳士としてまずは名乗りをするべきか、決めかねているジェレミーよりも先に、彼の妹であるシャーロットが両手で口を押さえ、小さな歓声を上げて飛び上がった。
「すてきすてき! なんて素敵なの! ジェレミー兄さま、知っていて? ユキシロ様のお召しになっているドレス、キモノと言うのよ、それもフリソデ! 絵で見たものよりもずっと煌びやかで鮮やかで綺麗だわ! それになんてお可愛らしい方なの! こんな素敵な方がお姉様になるだなんて、私嬉しいわ!」
 本人は小声で兄へ囁いたつもりのようだが、興奮状態の彼女の声はそこそこに大きく、雪代にも充分に聞こえるかしましさであった。雪代も反応に困ったのか曖昧な微笑みのまま眉を下げて、小首を傾げる。その姿があまりにも稚く、それでいて艶めかしく美しく……ジェレミーは無意識のうちに汗ばむ手を握りしめた。
「おお、本当に愛らしいのぉ。どうした、ジェレミー。雪代さんの愛らしさに見とれ、挨拶の言葉も忘れてしまったのか?」
 伯父であるアッシャーランド公爵につつかれ、ジェレミーは慌てて姿勢を正す。内心の動揺を隠すべく、ジェレミーは厳しい表情のまま口を開いた。
「……俺、いや、私はブルーブリッジ侯爵ダスティン・メイスンの息子、ジェレミー・メイスン、アルビオン王国海軍に所属している、階級は少尉だ」
 自己紹介にしては重々しく、婚約者への言葉にしては素っ気なさすぎる。好意などまったく感じ取れないジェレミーの挨拶に、雪代は少し目を細めた。
「ジェレミー様、どうぞ、よろしく申し上げます」
 甘いほどに優しい声で返事をする雪代の目には、どこか冷ややかな色がちらりと浮かんだ。

オススメ書籍

初恋は実らない……?

著者佐久良慶
イラスト炎かりよ

「君みたいな素敵な人、忘れられるわけがない」──会社での頑張りを認められ昇進を果たしリーダーとなった常磐杏奈。しかしプレッシャーからかミスも増え、あげくの果てには恋人にも振られてしまう…。そんなある日、ふらりと入ったカフェで高校時代の同級生、藤崎匠と再会することに。かつての匠は誰からも好かれる人気者で、地味めで大人しい杏奈とは正反対の存在。あまり接点がなかったはずのに、杏奈を初恋の人だと主張する匠から猛烈なアタックをうける。からかわれているの? 本当に私のことが好きなの? 疑問に思いながらも、押せ押せな匠に杏奈もタジタジで…。不思議系爽やか男子に振り回される、ビタースイートラブコメ!

この作品の詳細はこちら