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新しい隣人は猫かぶりのエリート王子でした!?

  • 作家長曽根モヒート
  • イラスト蜂不二子
  • 販売日2019/9/6
  • 販売価格600円

本社から異動して早々『王子』と呼ばれ、女子社員の憧れの的であるエリート社員の芦屋。経理部で働く美音は、ある日故障したエレベーターに彼と二人で閉じ込められてしまう。思わずパニックになる美音は落ち着かせようと声を掛けてきた芦屋にわずかな興味を抱く……。ところが彼がアパートの隣人として引っ越してきたことで、偶然真の姿を見てしまう。外では猫を被っていたのだ。本性を知られたことを警戒し家に乗り込んでくる芦屋に、興味ない! と言い返してしまう美音。意地悪でひねくれ者だと思っていたのに、時々見せる不器用な優しさや寂しげな表情が気になってしまい――猫被りに隠された彼の本当の思いとは……?

「本社から営業部に異動してきました、芦屋(あしや)雅隆(まさたか)です。こちらでもお世話になると思うのでよろしくお願いします」
 百八十センチ近くのすらりとした体型を細身のスーツに収め、夏の早朝のような爽やかさが光る笑顔を浮かべて男はそう告げた。
 一部で王子と呼ばれているという噂は伊達じゃない。意志の強そうな黒目がちの二重に、まっすぐ伸びたお手本のような鼻梁、活気に満ちた大きめの口が絶妙のバランスで配置されている。精悍ながらもどこか品のいい顔は高身長の与える威圧感を完璧になくし、まるで姫を守る騎士のようだ。
 本日付けで本社から異動してきた芦屋と名乗る男は、正統派アイドルのような美丈夫だった。
「ちょっと、見た? ねえ、見た?」
 営業部の若者が挨拶もそこそこに立ち去ると、経理部は騒然となる。
「若手のエリートでしょ?」
「本社からこっちの営業部への出向だっけ? いくつくらいなんだろう。結構若かったよね」
「本社の子から聞いた話なんだけど、学生時代にモデルやってたらしいわよ」
「高学歴のエリートって聞いてたけど、見た目もいいとか完璧すぎるじゃん」
「まだ二十六歳でしょ? あの笑顔……最高……あー、私でもチャンスあるかなー」
「とりあえず歓迎会があるじゃん? 営業部と合同でーとかって交ぜてもらえばよくない?」
「受付の子がかっさらっていく未来しか見えないんだけど」
「わかるわー」
(へえ……あんまり歳変わらないのに、あの人エリートなんだ。期待されてるんだなあ)
 耳をそばだてずとも聞こえてくる声に、冬野(とうの)美音(みすず)は納得する。
 どうりで今朝は受付が香水のにおいプンプンだったわけだ。王子と噂される期待のエリートを、皆今か今かと身だしなみを整え待っていたのだろう。
 美音はといえば、何も知らなかったので無理もないが、いつも通り高校時代から変わらない、一切染色したことのない黒々とした髪を無造作に結び、ふとすると未成年にも間違われるベビーフェイスに必要最低限の化粧を施した姿で呑気に事務処理をしていた。
 美音の場合、たとえ事前に知っていたとしても今と全く変わらない身支度をしていただろうが。
 漁業が盛んな田舎出身の美音にとって、男性といえば日に焼けた粗野な偉丈夫を指す。芦屋のような線が細い都会的なイケメンはピンとこないのだ。もちろんかっこいいとは思うけれど、それ以上の感想は生まれない。他の女子社員がよく言うような「付き合えたらいいのに」なんて思いは、自分にはどこか恐れ多い気さえしてしまう。
 王子との今後に胸を膨らませ、彼の華やかな経歴や容姿を話し合う同僚たちを横目に、美音はつい今し方見たばかりの男の笑顔を思い出した。
(まあ、かっこいいけど)
 テレビでアイドルを見るのとさして変わりない感想しか浮かばなかった。
 若い身空にも関わらず、あまりに動かない己の乙女心につい自問する。
(私も恋したら、あんな風にウキウキするのかな)
 美音は二十四年間の人生で一度も恋をしたことがなかった。
「あっ、乗ります!」
 昼休憩を近くの定食屋で一人簡単に済ませ、オフィスに戻ろうとエレベーターホールに向かうとちょうど閉まるタイミングだった。
 美音が咄嗟に声を上げると、ほとんど閉まりかけていたドアがゆっくりと開く。
「どうぞ」
「あ……どうも」
 中にいたのは先ほど経理部の女子を虜にしていた王子だ。本人のいないところで散々噂を聞いていた美音は反射的に後ろめたさを覚えて、視線を逸らしながら狭いエレベーターの奥に体を滑り込ませた。

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