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愛しい夫は森の美しき神~捨てられ令嬢、幸せをそそがれる~

  • 作家猫屋ちゃき
  • イラスト風凪ひかり
  • 販売日2018/12/25
  • 販売価格500円

伯爵令嬢ルゥシーは、遠い異国から嫁いだ母亡きあと実父に疎まれ、とうとう森に捨てられてしまう。その森で恐ろしい化け物に襲われたルゥシーは、美しい獣に助けられる。その美しい獣は神々しさすら感じさせる美貌の男性へと姿を変え、ルゥシーを安全な場所へと連れ帰ってくれた。美貌の男性の正体は、この森でかつて崇められていた神・ヨニ。「幸せになりたい」というルゥシーの願いを叶え、ふたりとヨニの使いの愛らしい生き物は慈しみあいながら共に暮らすようになる。森を以前のように美しく豊かにするために尽くし、森に迷い込んでくる人々を助けながら平穏に過ごしていた。しかし森の周囲を探るようにうろつく不審な男の影が現れて……

第一章
 鬱蒼と木々が生い茂る森の中を、少女が走っていた。
 森の中は暗い。それは夕暮れが近いからなのか、密に茂った木々の葉が日の光を遮断しているからなのかはわからない。
 それに少女・ルゥシーには、ここがどこなのかもわからない。
 サパトースド国のどこかの森、ということはわかっている。お使いと称して父に手紙を託され、それを届けるために馬車に乗って目的地へと向かっていたのだから。そのときに国境を越えたということはない。つまり、ここがどんなに得体が知れないところでも、国内にいることは間違いないのだ。
 「お嬢様、申し訳ございません!」と言って御者がルゥシーを馬車から下ろし、そのあと走り去っていったことから考えて、最初からこの森に捨てていく予定だったのだろう。
 けれど、自分が捨てられたのだということに理解が追いつくより前に、ルゥシーはその場から逃げださなければならなかった。
 得体の知れない何かが、こちらに迫っているのに気がついたのだ。
 黒きもの。地を這うもの。異形のもの。
 それしかルゥシーにはわからない。捕まってはいけない、ということも。
 ルゥシーに迫るそれは、不気味に静かな森の空気を音もなく震わせていた。気配が、存在感が、この森の中でなお異物であることを示している。
 まるで張り付くようにすぐ背後に迫る息遣いに、ルゥシーは半狂乱になりながら走った。
 けれども、走ったところで逃げ場があるわけではない。それに、おざなりとはいえ、よそ行きのドレスに履き慣れない靴を身に着けている。
 そう長く走っておられず、地面に張り巡らされた木の根に躓いて、無情にも転んでしまった。
(あ……こんなのって……こんなのって、ないわ)
 転んだ拍子に、足首を捻ってしまった。
 それでも何とか立ち上がろうとしながら、ルゥシーは自分の身に起きた不幸を振り返っていた。
 まず第一に、こうして捨てられたことからして不幸だ。
 捨てられた理由は、何となくわかっている。
 実家にとって、父にとって、ルゥシーがいらない存在だからだ。跡継ぎである弟が生まれてからずっと疎まれていたことには気づいていたけれど、年頃になって政略結婚の駒にも使えないとわかると、いよいよ目障りになったらしい。
 第二に、嫡出子でありながら不当な扱いを受けていることも不幸だ。
 ルゥシーが混血児でなかったら、少なくとも美人であったなら、父もきっともう少しましな扱いをしてくれただろう。
 ルゥシーの母は、このサパトースド国から遙か遠い、大陸の東に位置するシーナ国という場所から嫁いできた。嫁いできた当初は、一応は友好国への輿入れだった。
 およそ百年ほど前、航海術の発達したサパトースド国が新大陸を見つける途中にシーナ国にたどり着いた。それをきっかけに、二国間は交流を始める。
 それまで大陸は険しい山脈によって西と東に分断されており、その山脈の隙間を縫うようにして敷かれた街道によってしか行き来ができなかった。
 ところが、新大陸を目指した際の思わぬ副産物だったとはいえ、大陸東のシーナ国へ至る航路が発見されたことで事態は変わってくる。
 サパトースド国とシーナ国とは国交を結び、西から東へは武器や機械時計や印刷技術などが、東から西へはお茶や香辛料や変わった薬などが持ち込まれるようになった。分断されていたからこその文化の違いが、価値を持つことに気がついたのだ。
 ということで航路が発見されてから、シーナ国の人々はこれを商機とみなして多くの人々が販路を獲得しようとサパトースド国へと乗り込んできた。
 そうして大勢のシーナ人が移民してきて半世紀が経とうというとき、遊学でシーナ国を訪れたルゥシーの父は母を見初め、サパトースド国へと連れ帰ったというわけだ。
 ルゥシーの母はとても美しく、人々は彼女を「シーナ国の黒真珠」と呼んでもてはやした。父もそんな母を蝶よ花よと愛で、仲睦まじく暮らしていた。
 ところがそんな生活は長くは続かず、ルゥシーが生まれる頃には二人の仲は冷え切っていた。その上、折悪くサパトースド国とシーナ国の関係が悪化し、大勢居着いた移民たちはこぞって国へと逃げ帰った。
 ルゥシーの母も離婚と帰国を望んだけれど、父はそれを叶えることはなかった。愛が冷めても所有欲はなくならず、美しい母を手放すことができなかったのである。
 母は母国へ帰ることが叶わぬまま病死し、父はその後すぐに別の貴族の娘を娶った。そして跡継ぎである男子が生まれたため、ルゥシーは父にとって不仲な前妻が残した可愛くない娘という邪魔な立ち位置として生きていかねばならなくなったというわけだ。

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