
イラストルシヴィオ
珠美と笹井は同じ部署で働く同期。遠慮なく何でも言い合える、気心知れた関係だ。密かに珠美は笹井に恋心を抱いていたが、その想いを打ち明けるつもりはなかった。居心地がいい今の関係を変えたくない。抜群に仕事しやすい相手である笹井と、気まずくなりたくない。ずっとそう思っていた。それなのにある夜、酔った勢いでうっかり笹井と一線を越えてしまい……。今さら素直になれない珠美とイケメン出世頭(なのに実はこじらせ童貞)である笹井の、すれ違いオフィスラブ。書下ろし番外編付き。
1 同じ部署の同期
──何かおかしいとは思ってたけど。
川原(かわはら)珠美(たまみ)は、肩を落としてスマホの終話ボタンをタップした。そしてそのまま、知り合ったばかりの男性の連絡先をブロックする。友人の結婚式でその男性と意気投合したのは先週末のこと。穏やかな雰囲気の彼とは話も弾み、好印象だった。
たぶん、結婚式という非日常の空気にのまれていたのだ。そうでなければ、出会ってすぐにデートの約束なんてすることはなかったはず。普段なら絶対にもっと慎重だったのに……そしてその結果がこれ。
「まさか、結婚してるなんて思わないでしょー……」
本当に危なかった。一歩間違えれば泥沼。気持ちを切り替えるきっかけになれば、他の誰かに目を向けることができればと思って受けたデートの誘いだった。それなのに、こんなオチだなんて。
「……っ、時間」
自己嫌悪に陥りそうになったところで我に返り、休憩室を出る。時刻は二十時過ぎだが、珠美が所属するシステム開発部は長時間の残業が当たり前。仕事はまだいくらでも残っている。
席に戻ると、同じチームで仕事をしている先輩社員──榛名(はるな)星夜(せいや)、名前だけはイケメンなポッチャリ男子。アンパンを擬人化したアニメキャラによく似ている──は、パソコンのディスプレイから目を離さないままで器用にカップラーメンをすすっていた。
「長電話めずらしいな、川原。とうとう男ができたか」
「……泥沼寸前で撤退しました」
「修羅場かよ。今のプロジェクト終わるまで刺されんなよ? 死ぬなら二次開発が終わってからにしろ」
「先輩のやさしさが足りない」
珠美は夜間処理の進行状況を確認し、出力された帳票の中身をパラパラ眺めた。今のところ問題なしだ。
「榛名さん、それ夕食ですか?」
「今日の夜間処理コケそうな気がするんだよなー。お前も食っておけば?」
「えー、縁起悪い……」
六年先輩の榛名は有能なシステムエンジニアだ。緻密な設計やコーディングをこなすのはもちろんのこと、ユーザーへの説明も資料化もお手のもの。他の開発メンバーとの調整もうまく、有事の際は誰より迅速にリカバリする。普段はボーッと食べてばかりいるが、社内で指折りの腕の持ち主。その榛名が「コケそう」と言うとき、その勘は大抵当たるのだ。
今のうちにコンビニに行ってきたほうがいいだろうか。いや、終電で帰れることを信じてこのまま頑張ろうか。
迷いながら作業していると、つむじがツンとつつかれた。「タマ、おつかれ」と低い声が降ってくる。同じシステム開発部に所属する同期、笹井(ささい)大樹(だいき)だ。
「……猫みたいに呼ぶのやめてって言ってるでしょ」
横目で睨む珠美に構わず、笹井は隣の席にどっかり座る。
「お前、メシ食わないの?」
「んー、まだいらない」
バタバタしているうちにタイミングを逃し、昼食をとったのが十六時だった。まだお腹は空いていない。でも笹井は、珠美の言葉に眉を寄せる。
イラスト筑谷たか菜
シェアハウス・Cozyの管理人である倫のもとに、戸川湊と名乗るずいぶん高圧的な態度の男がやってくる。住人である珠洲の兄だと言うが、珠洲とは連絡がつかず、また証明するものもないので追い返す。後日、またやってきた湊がそのまま居座ってしまい、奇妙な同居生活がスタート。珠洲とは義兄妹ということだが……そこまで心配するもの? もしかして、二人は背徳関係? とあらぬ妄想を巡らせる倫。最初の印象と打って変わって紳士な奏に踊り始める倫の心臓。とうとう湊とのキスをきっかけに想いが止まらなくなってしまった。だけど珠洲との関係が気になって――シェアハウス・Cozyを舞台にした恋に未熟な倫の物語。