
イラスト逆月酒乱
「あなたに、こうして触れたかった」――魔術師アガイルの妹ネイシャは、人狼一族の若き伯爵ゼヴァンの花嫁となった。ゼヴァンに恋をしていたネイシャには喜ばしい結びつきだったが、婚儀を済ませても彼はネイシャには触れない。しかし新月の夜、ついに寝室を訪れる。ベッドの上でネイシャにキスし、触れてくる手はゼヴァンのもの。けれど、その中身は……。ゼヴァンの中に潜む影との歪な関係と、彼の頑迷さに傷つくネイシャ。彼女はある決意とともに、魔術を用いて城を飛び出してしまう。追いかけてくるのはゼヴァンなのか、それとも――? やがて力強い手に捕らえられ……
プロローグ
白に近い灰色の岩肌を背に、城はひっそりと佇(たたず)んでいた。
城門を中心に左右に伸びる外壁に囲われ、覗く主塔や居館は角張り、石壁も黒ずんでいる。
辺境の地にふさわしく、どこか陰鬱な雰囲気の城だった。
城の手前は下草に覆われた急斜面で、ぽつりぽつりと灌木(かんぼく)が立ち、巨大な岩も転がるその荒地は広々と続き、線を引いたように唐突に現れる森で終わっていた。
森の先は幅広の河に面して町や村が点在していたが、城と森の間にはなにもなく、ただ、城へ向かう蛇行した道が幾筋も刻まれている。城への行き来があるのを知らしめる線だが、頻繁ではないのかどれも細く頼りない。
王の顧問官のひとりであるトリス伯爵の妹ネイシャは、その道のひとつを駆ける屋形付き馬車の細い窓に額を押しつけ、目を凝らしていた。
灰色の雲の縁を輝かせる赤と金の混じった空の下、初めて目にする土地は、どこか超然としている。だが、ともすれば人を寄せつけない寂しげに思える風景も、彼女の青い目からきらめきを奪うことはなかった。
(綺麗(きれい)だわ)
左肩から前に滑らせた、一本に編んだ胡桃色の髪の先を無意識に指に絡めながら、ネイシャは唇をほころばせた。
これまでの道中も、初めて目にする景色は彼女を楽しませてきた。
だが、この地ほどに心を揺り動かされたものはなかった。
湾曲して見える空は低く、夕刻近くの一言では言い表せない複雑な色に染められ、その下にどこまでも続く暗い緑色、転がる灰色の巨岩。
点々と小さく見える白いものは花だろう。根を張る地にふさわしく、可憐で強い花に違いない。
(ここでずっと暮らしていくのね……)
ネイシャは十九歳のいままで、国都から出たことがなかった。
厳密に言えば、その都のさらに中心──宮廷の奥深くから。
兄のトリス伯爵アガイルは高名な魔術師で、ふたりの父や祖父がそうしてきたように、彼も王の顧問官として仕えている。
宮廷内にも当然、自分の部屋を賜っていた。
ネイシャは十歳離れたこの兄の庇護下に置かれていた。魔術師によくある閉鎖的な性質を彼も受け継いでいたので、ほとんど外出さえ許されないままに、身の回りの世話をする侍女や下働きの少女たち、年老いた教師たち──そして兄アガイルとひっそり暮らしてきたのだ。
ネイシャが年頃の娘らしく明るい色のドレスをまとって堂々と部屋を出られるのは、年に二度、魔力を宿した〈外の者〉たちが集い、宮廷で王に謁見するときだけだった。
けれどそのときでさえ魔術師の伝統に則り、凝った装飾のヘッドドレスと、そこから垂れるベールで顔を隠されるのだ。
(お兄様)
ネイシャは、編んで垂らした髪に点々と挿した、ほんのりと紅色が混じる白い花のひとつに触れた。
七日前、宮廷を出る直前にアガイルが寄越したこの花には魔術がほどこされ、たったいま摘んだばかりのような瑞々しさを保っている。
離れていても愛しているよ、小さなネイシャ──そう言って、贈ってくれた。
(林檎の花……)
道中、何度もそうしていたように、ネイシャは兄との思い出を反芻(はんすう)しながら花を撫(な)でた。
母の違うふたりは、ネイシャが九歳のとき引き合わされた。
アガイルの母からその地位を奪った形の女の娘を、兄が最初、どんな気持ちで迎えたのかはわからない。だが無口な若き魔術師に怯(おび)える九歳の少女に、アガイルは林檎の花を差し出し、くせのある胡桃色の髪に挿して歓迎を示してくれた。
大切な、可愛い妹。小さなネイシャ──と。
それから毎年、兄から林檎の花を贈られた。ふたりの父と、それを追うようにネイシャの母が死んだ後も。ネイシャを守る証のように。
イラスト時瀬こん
三枝このみは取引先のエリート営業マンと付き合っており、社内で結婚間近と噂される有名カップルだったのだが、彼の裏切りによりスピード破局してしまった。大失恋を経てこれからは恋をしないで生きていくと誓ったこのみは、心機一転、仕事を辞めて引っ越しをしたのだが……なんと新たな隣人はこのみが以前思いを寄せていた上司・田村課長だった!? 「俺と……付き合ってくれないか」――憧れの人から、突然の告白! 課長はクールでしっかり者なイメージだったのに、意外と放っておけない一面があって、お人よしなこのみは彼のペースに呑み込まれないように必死。そんなこのみに、課長は情熱的にアプローチをかけてきて……?
ご意見・ご感想
編集部
人狼の血を持つ〈外の者〉──
金色の瞳のその人に触れてほしい……けれど、その手は……
人狼のゼヴァン様のもとに嫁いだネイシャちゃん。
以前、宮廷で彼を目にした時から、ひそかに心惹かれていたネイシャちゃんは
婚姻を喜びましたが、お相手のゼヴァン様は複雑な様子…。
ついには「あなたには、触れない」と
ゼヴァン様に言われてしまったネイシャちゃんは戸惑います。
──もしかして彼を不快にさせてしまった?
──私を妻にしたことを後悔している?
寂しさと不安を感じる中で、贈られる青い美しい花……
ネイシャちゃん触れないゼヴァン様、
それにはある理由が隠されていたのです…!
ハイランドの雄大な景色を感じさせるケモノ系ファンタジー、ぜひご覧ください!(∩^o^)⊃━☆
2016年12月21日 2:03 PM