夢中文庫

隠れ初心なOLは強引上司に染められる

  • 作家櫻日ゆら
  • イラスト梓月ちとせ
  • 販売日2019/12/27
  • 販売価格400円

「お前、本当は経験ないんだろ?」――大手製菓会社の営業部で働く美原つぐみは、二十八歳にして恋愛経験はほぼゼロ。それなのに、華やかな顔立ちのせいで、周りからは〝経験豊富〟と誤解されていた。ある日、会社の飲み会で酔ってしまったつぐみは、その場で眠ってしまう。目を覚ますと、そこは部長・佐久間の自宅だった! 高身長で完璧なルックスを持つ佐久間だが、仕事人間で浮いた話は一切ない。そのうえ、目が合うたびに顔をしかめる佐久間に、つぐみは自分は嫌われていると思い込んでいたが……「ずっと好きだった」突然の佐久間からの告白。そして、俺が全部教えてやると言う強引な彼に逆らうことができず、付き合うことになり……?

万が一が起きました
「美原(みはら)さーん!」
 私の名前を呼ぶ大きな声が社員食堂内に響き、ホッケをほぐしていた箸を止めて顔を上げた。ふわふわしたショートカットの髪を振り乱しながら駆け寄ってくるのは、同い年で同期の原田(はらだ)さんだった。私は箸を置き、口もとに人差し指を立てて『静かに』と合図をする。
 すると、ハッとした様子の原田さんは、もともと小柄な身体をさらに遠慮がちに縮めながら、空いていた私の隣の席へと腰掛けた。
「お昼中にごめん。この前は相談に乗ってくれてありがとう。彼氏、浮気じゃなくて仕事だったの。美原さんの言う通りだった」
 机に身を乗り出した原田さんが、小声で言う。
「よかった。彼氏と話したんだね」
「うん。実は、プロポーズされて。計画がバレないように、よそよそしくなってたみたい。彼、顔に出やすいから」
 まん丸な目を嬉しそうに細める彼女の左手の薬指には、ひと粒のダイヤモンドが輝いていた。
「そうだったんだ! おめでとう。指輪、とっても綺麗だね」
 私がそう告げると、原田さんの表情もさらに明るくなる。
「本当に美原さんのおかげだよ。恋愛経験豊富だから、いつも助かる。また相談させてね。美原さんには早く伝えたくて、お昼邪魔しちゃってごめんね。じゃあ」
 可愛らしい仕草で手を振る彼女に手を振り返し、弾むように揺れる背中を見送る。
 経験、豊富……か。
 私、今までそんなことひと言も言っていないんだけどな……。
 だが、そう判断されたのも初めてではなかった。
 女性にしては高めの百七十センチの身長。生まれつき色素が薄めの茶色の髪と瞳に、大きなつり目とぽってりとした厚めの唇。この外見のせいか、昔から『華やかな顔』や『派手な顔』と告げられることも少なくはなかった。
 クールに見られがちな見た目をどうにかしたくて、できるだけメイクは薄づきのナチュラルなものにしているし、髪も巻いたりはせずに胸の下までのストレートヘアを維持しているけれど、あまり効果はないらしい。
 つい先日も、会社から駅に向かっているところで男性に声を掛けられ、誘いを断ると、『しおらしいフリしやがって。どう見ても遊んでるくせに』と吐き捨てられた。
 まぁ、あれは、相手が悪かったような気もするけれど……。
 いつからだっただろう。『つぐみはきっと、モテるからわからないだろうけど』、『つぐみ、経験豊富そうだから』そんなふうに言われるようになったのは。
 もちろん、学生の頃から否定はしていたが、なぜか皆謙遜(けんそん)だと思い本気にしてくれなかった。
 私って、そんなに軽そうに見えるのかな?
 そんな日々が少しずつ積み重なってトラウマのようになり、二十八歳になった今でも男性と手を繋ぐ以上の経験をしたことがない。それなのに相談ばかり受けるせいで、知識だけは入ってきて無駄に耳年増(みみどしま)になってきたような気がする。

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